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挿話83 高杉晋作(ツァン国大将軍)

 まったく、とんでもない化物だ。

 やはり噂に聞く一騎当千。


 ほんの数十秒で数百の犠牲者が出た。あのまま土方が止めなければ、もっと被害は広がったどころか、軍が壊滅していた可能性がある。8千も率いてきたにもかかわらず、だ。

 さすがは三国志最強の男というべきか。


 ただどこかその動きに鈍さがあるのを見て取った。どこか右脇腹をかばうような動き。負傷しているのだろう。誾千代でないならイリスしかいないが……あの娘がこの男に傷をつける。想像できてしまうのが怖い。

 いやいや、やっぱ手をつけておくべきだったかなぁ。


 それでも今はこの男を討つのに全力を尽くすべきだ。しかも迅速に。

 白起は今、距離を取っている。それで態勢を立て直されればまた激戦となることは必定。

 呂布を生かしておいてもこちらの被害が増えるだけ。


 だからさっさと直八なおはちの銃撃で仕留めたいところだけど、そうもいかないようだ。

 土方もいいように遊ばれているようだし。情けない。


 さて、どうしようか。そう悩んでいると、


 ふらり、と呂布が彼の愛馬の歩を進めさせた。

 だがそれを止めるものはいない。

 委縮しているのか、兵たちはその男の前を開けるように距離をとった。


 おいおい。怖がりすぎだろ。てか大将軍を危険に陥らせるってどういうつもり!? あの師直もろなおが鍛えた兵だってのに、いや、それ以上の恐怖があるのか。あの呂布おとこには。


 なら背後から、と思ったがそれもダメ。というか土方も様子をうかがっているようで動いていない。あの男。僕を見捨てるつもりか!?


 しかたない。


「菊、あの男の動きを止めてやれ!」


 菊のスキルは磁力という力を使ったものらしい。イリスが言うには、鉄を引き寄せたり遠ざけたりする力らしい。

 よくわからないが、とりあえずこちらに来るなら、遠ざける力で相殺できれば鉄砲で狙いやすい。そう思ったんだが。


「はぁーい! 高杉様の命令ならなんとでも! えーい、こっちこーい!」


 と、菊が手を掲げると、


「ばっ! 遠ざけるんだよ!」


「あ、そうなんです!? いっけなーい、菊、しっぱーい」


「まさかわざとじゃないよな?」


「いえいえー。でも神に等しい高杉様なら、あの程度の雑魚は余裕でしょー?」


「一度、キミの僕感を問いただしたいと本気で思ったぞ! てかその言い方辞めて、ムカつく!」


「キク、大したことない」


「むっかー! なに、マシューちゃんなら何ができるっての!」


「あいつを殺す」


「むむむ! なら菊が先にやる!」


「無理。自分がやる」


「ならどっちがやるかで競争ね!」


「キミら、一旦ちゃんと話し合おうか!?」


 と言ってる間にも、呂布はずんずんとこちらに来る。

 乗っている馬があの赤兎馬なら、これくらいの距離も一瞬だろう。だがそれをしないところに逆にどこか恐怖を感じさせる。


 恐怖? この僕が?

 内心苦笑する。


 いつからこんなに弱気になったのか。


 恐怖なんざもう過去に捨てた。(吉田)松陰しょういん先生を失ってから。全ては倒幕のために動いた。思想や主義があったわけじゃない。ただそうせざるを得なかった。その過程で恐怖は不要だった。だから捨てた。


 そしてもう1つ。


 この体をむしばむ病魔。

 それを得た時にはもう。恐怖とは無縁だった。


 だからこそ、ここで恐怖を感じたなど認めるわけにはいかないな。


「呂布」


 刀を抜く。右手にピストル、左手に刀。それで呂布を討つ。


 だが呂布は首を横に振り、


「お前には興味はない。そこの娘に用がある」


「え、もしかして菊!? もー、情熱的ね。でも残念。あんた好みじゃないから。え? 菊の好み? 聞く? 聞いちゃう? えっとねーやっぱ高杉――」


「そっちの年増ではない」


「てめ、ごちゃごちゃぬかすとタマ引っこ抜いて串刺しにすっぞ!」


 菊、怖いよ。


 けど呂布はそんな菊の暴言を聞き流し、僕の横にちょこんと立つマシューに目を向けた。


「お前も見た顔だ。皇帝を守っていた」


「カイヤと、オルトナの……パパの仇」


「そうか。あの時の少女か。生きていたのか」


 呂布は感慨深そうに黙りこくる。


「呂布、悪いがこちらには時間がない。さっさと押し切らせてもらう。そちらの傷も浅くはないだろうしな」


「この俺をそんなもので討てるとでも?」


「撃つさ。これで残るは白起1人だ」


「その引き金とやらを引いた瞬間。ここにいるお前らは皆殺しだ」


「やってみればいいさ……直八!」


 叫ぶ。同時、別の方向から銃声が響いた。


 スキルの直八を出して今喋っている間に移動させていた。呂布を遠巻きにしているから潜り込ませるのは簡単だ。


 完全に相手の隙を突いた完璧な射撃。

 だがそれを呂布は避けた。体をわずかに反らすことで、頭部への直撃を避けたのだ。くそ。やっぱり胴体を狙っておけばよかったかと思ったが後の祭り。

 さすがに呂布と一騎討ちで勝てるとは思わない。ただここで逃すわけにもいかない。犠牲は承知で攻めるしかなかった。


「そいつを討て! 討てば100倍の褒賞だ!」


 100倍の数字に兵たちは一瞬戸惑ったものの、すぐに目の色を変えて呂布に殺到する。

 やれやれ。いつの時代もどの世界も恩賞目当てというのは本当なんだな。


 正義派の僕にはそこらへんは割とどうでもいいとこだが。


 呂布1騎に数百の兵が群がる。だがそれを呂布はこともなげに、矛を振り回して次々と屠っていく。


「菊、ここからあの男の槍を狙って動きを鈍らせろ」


「はい! やります!」


「タカスギ」


「分かってる、マシュー。だが機を見るんだ」


「…………」


 小さくうなずくマシュー。


 呂布は兵たちをこともなげに屠りながらも、次第にその動きが鈍っていく。菊の妨害や、馬を走らせるのもできないのもあるが、それより疲労、というより傷が響いているのかもしれない。所詮呂布も人の子か。

 だがこれ以上は兵の損耗が激しすぎる。兵たちも100倍の褒賞よりわが身大事と思いはじめたら面倒だ。


「呂布っ!」


 その時、土方が飛び出して呂布に躍りかかった。


 あの馬鹿。声で位置をばらしてどうする。


 そう感じた次の瞬間、土方は呂布の一撃を受けて後方に吹き飛ばされた。幻じゃない。実体だ。何がしたかったんだ、あいつ。

 ただ、その吹き飛ばされる直前。土方はこちらに視線を向けた。そんな気がした。


 なるほど。


 意味は分からない。けどやろうとしていることはなんとなくわかった。


「マシュー、行くよ」


「ん」


「えー、ずるいー!」


「菊、お前の働きに僕の命はかかってる。だから頼む」


「おおおおっけぇぇぇ! 菊、いつもの5割増しで頑張る!」


 これでいい。

 僕はうなずくと呂布に向かってかける。


「呂布!」


 声を放ち、銃も放った。


 弾丸が呂布の胴体目掛けて飛ぶ。さすがの呂布も弾丸に当たれば致命だ。項羽もそうだった。


 だが最前に呼ばれたからか、


「愚かな。攻撃の前に位置をばらすとは」


「生憎、僕たちは日の本の武士の末裔でね。やぁやぁ我こそはと名乗りをあげて戦うのが礼儀なのさ」


「礼儀など戦場では邪魔だろう」


「そうでもないさ。まぁそれなりにね」


「そうか。ならその不要の礼儀と共に散れ!」


「そうかな!」


 呂布がこちらに向かう。対する僕は銃を呂布に向けながら動く。

 狙いをつける。だが呂布の方が速い。


「ふっ!!」


 呂布の横なぎの矛が走る。身を引く。だが右手が遅れた。

 金属音。そして衝撃。

 右手に持ったピストルが手を離れて飛んでいった。


 よくもまぁここまで精密に。狙ってやったなら大したものだ。


「これで銃はないな」


「なんの。まだ一振りの武士の魂がある」


「そんな小刀で何をするつもりか」


 途端、斬撃が来た。それを両手に持ち直した刀で受ける。

 ずんっと、体重が倍化したような衝撃を受けた。


 つぅー、これが呂布。これが飛将。

 こんなのを何回も受けるなんてありえない。なんせ病弱だからな、僕は!


「この!」


 マシューが前に出る。よせ、という声は出なかった。


「ふんっ!」


 こちらに叩きつけてきた矛を横なぎにした。それでマシューの小さな体が吹き飛ぶ。

 幸か不幸か。刃の部分ではなく柄にあたったために即死はまぬがれたもののマシューは吹っ飛んだ先の兵に激突して止まった。


 馬鹿力め。

 というか菊は本気でやってるのか? こんな軽々と矛を自在に操っている以上、菊の妨害が効いているようには見えない。

 あるいはそれをもってしても、これが呂布だというのか。だとしたら想定外すぎる。


「もう貴様を守護する者はいない。お前と先ほどの男。その2人の命をもって、この俺の最期の戦としてやる」


 呂布もやはり傷の重さを知っているのか。命を捨てた猛将となると厄介この上ない。

 しかも僕と土方を道連れにするなんて。ごめんだ。僕にはまだやりたいことがたくさんある。


「最後まで足掻あがかせてもらうさ」


「できるかな? その腕で」


「ああ。勘違いさせたらすまないが、僕は陣頭に立って武技でなんとかするガラじゃない。勘違いさせてしまったら詫びよう」


「詫びる必要はない。お前はもう死ぬ」


「そうかな?」


「分からないのなら教えてやろう。お前の目の前にいるのがどういう男か」


「こちらこそ教えてやろう。僕らの時代には天誅というのが流行っていてね。夜の京を歩くのは自殺行為とまで言われていたんだ」


 呂布が怪訝な顔をする。

 分からないか。分からないだろう。


 だがそれをハッタリと思ったのか、呂布は鼻を鳴らし、矛を大きく振り上げる。


「死ね」


 呂布が矛を叩きつける。

 僕の脳天を狙って。僕の刀ごと叩き斬るつもりで。


 その直前。


 一発の銃声が戦場に響いた。

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