第77話 課題発生
「あ、イリス君。君、退学ね」
「は!?」
応接セットの椅子に座らされ、パリピの太守と先々代の太守の対面に座らされたあと。
開口一番、現理事長および先々代太守の爺さんに言われ、一瞬、何を言われたのかよく分からなかった。
一瞬が経っても何を言われたのか理解できなかった。
退学? 何で?
誰が? 僕が?
いつ? いま?
クビ? また?
「そう、イリスは俺様の第3夫人になるんだよなぁー!」
「ばかもーん! イリスちゃんはわしのじゃーい! 婆さんが旅立って寂しかったんだもん!」
バンっと机が鳴った。
僕の平手が苛立ちをあらわに抗議をするために、だ。
「理由を、答えてもらえますか?」
なるべく抑揚をおさえて、問いただす。そちらの方が怒りが伝わるだろうと思ってのことだ。
「ほら、じいちゃんが調子に乗るからめっちゃ怒ってんじゃん! 歳の差いくつだと思ってんの!?」
「何を言うか! 愛に必要なのは年齢じゃないぞ! 真心ってやつよ!」
「い・い・か・ら!」
あやうく『軍神』スキルを発動するところだった。てか一瞬した。机がメキッていった。こんなことで寿命が減るなんて割に合わなすぎだろ。
「あー、それはだね。えっとー……じいちゃん!」
「えぇー、そんなぶん投げある? 孫よ? ……まぁいいわい」
爺さんはポリポリと禿頭を掻くと、少し真剣な表情に戻り、
「とりあえず休みすぎ」
「うっ」
「それと問題起こしすぎ」
「あっ」
「あと成績悪すぎ」
「えっ」
なんか、道理のある普通すぎる理由が来て、何も言い返せなかった。
それから爺さんが何やら書類を取り出し、
「えっと、4月から6月にかけて、全57日の出席日のうち、32日欠席。半分以上来てないってさ。それから花壇の破壊、掃除のさぼり、喧嘩、恐喝、暴行――」
「それはしてない!」
「――疑惑はあったのじゃろう? それに勝手に敵国にいくわ、軍議に出るわ、従軍するわ、何がしたいのかのぅ?」
それは僕のせいじゃないってのに。全部成り行きってのが怖い。
「あと今月の中間考査。5教科500点満点中、合計100点ってなめとる? 5教科で100点満点とかならないからの?」
イリス……そこまで馬鹿の子だったのか……。
確かにそんな問題児だったら、退学と言われても致し方ない。
「それにわしの可愛い孫に手をあげたらしいのぅ」
「ううっ……」
「さっすがじいちゃん! よく言ってくれた、そこに憧れるぅ!」
ヤバい。不利な情報が次々と出てくる。
まさかこれで退学で終わり? 部屋に閉じこもって何もせず縁談相手を断りまくってひたすらに親のすねをかじり倒す不良債権の出来上がり!?
「じゃがわしもそこまで鬼じゃあない。グーシィン家には色々寄付をもらっておるからのぅ。条件次第では退学は取り消そう」
「その条件は!?」
学校なんて、という思いがないわけじゃない。
けど、ほんの数日のことだけど、改善された環境においてはそんなに悪くないところだと思ってる。
なにより今後、僕が生き残るためにはこの学校の生徒たちの力が大事になる、そう考えているのだから、ここで退学はその可能性を摘んでしまうことになるから避けておきたい。
何より、イリスがこの世界に引き続き生き残るとして。
その時に、こんなつまらないことで彼女の未来を邪魔したくない。
だからこちらとすれば真剣。
なのに――
「おっぱい揉ませて――わっ、わっ、嘘! 嘘だから! 机を高々と持ち上げないで! 何する気!? その机高いんだから!」
危うく机でこの2人を叩き潰すところだった。
てかこんなことにスキルを発動して寿命を減らすなんて……もう嫌。
「孫よ、この子、聞く以上にすごいのぅ」
「だべ? マジ、パないのよ。そこが惚れるわー」
「うぅん、机は嫌じゃけど、頭をこうギュッと脇で抑えてくれないかのぅ。あー、でもちと大きさが足りんか」
「馬鹿だなぁ、じいちゃん。それがいいんじゃあないか」
「む、孫よ。お主は小さい派か? 父さんとは逆だな?」
「何言ってるんだ、じいちゃん。大きいも小さいも、色々あって皆いい。それが真理だろう?」
「おぉ孫よ……わしがお主に言うことはもう何もない。卒業じゃ!」
「帰ります」
これ以上、この2人にかかわってたら、頭にうじがわく。
てか時間の無駄すぎるし、さらに寿命が削れる可能性があって近づきたくなかった。
「ま、待った! イリスちゃん! わしが悪かった! てか退学になっていいのか!?」
「そ、そうだぜ? せっかく入ったこの学校を退学になったら、出世の道が閉ざされるぜ? いくらグーシィン家とはいえ、今後に絶対響くぜ!?」
こいつら……人の足元を見やがって。
そしてそれはまさに、イリスの未来を閉ざすという、僕にとっての急所なわけで。
いや、もういい。
とりあえず相手の要求飲んで、さっさと終わらそう。
「で? 条件って? 早くして。ご存じの通り頭悪いから授業に出たいんだよ、僕は」
もう理事長とか太守とかそんな肩書はどうでもよかった。
1秒でも早くこの空間から出たい。その一心で、言葉遣いがぞんざいになる。
「おぉう、そっけない態度もときめくのぅ。うん、そうじゃな。これ以上イリスちゃんにいじめられたら、夜が眠れなくなる。興奮で」
「…………」
「んもぅ、そんな目で見ても……わ、分かった。それじゃあさっそく条件じゃが――」
「今夜俺様の部屋に来ることー、なんつって――はぶっ!」
懲りないバカ孫の額に再び鞄をたたきつけた。
「真面目に、やれ」
「しょうがないのー、まったく遊び心を知らんとろくな大人には――分かった分かった、だからそんな目で、もっとわしを見つめて、もっと罵って……あぁ、目を逸らすなんてひどいのじゃ……」
もういいよね? これ殴っても老人虐待とかにならないよね? てかこっちがセクハラパワハラモラハラ受けているんだから、手を出しても正当防衛だよね? いいよね?
「うん、なんか今、あと一歩踏み込んだらあの世の婆さんに会いそうな気がしたんで真面目にやりまーす。条件は簡単、まずはあと少しで一学期が終わるからの。その成果として、我々の出すテストに合格すること」
「テスト?」
「そう。学年末のテストとは別に、な」
テストか……一夜漬けの思い出しかないぞ。
またあの地獄の苦しみを味わうのかと思うと、若返る転生というのもなかなか辛いものがある。
……ま、いっか。算数とか小学校レベルの問題だろうし。
「じゃあそれに合格すれば?」
「いいや。一学期の成果と言ったじゃろう。退学せぬための第一条件じゃ。それをクリアしたうえで、夏期講習を受ければ退学は取り消してやろう」
夏期講習……。
聞きたくもなかった地獄のワード。
あの皆が楽しく遊んでる中、わざわざ学校に来て、暑苦しい教室で先生とマンツーマンのしごきを受けるという、地獄の刑務。
僕の顔があまりに絶望的なものだったのだろう。爺さんはなだめるように、
「まぁそう悲観するでない。簡単にいえば、お主がこの学園にいられる、ということを示せればよい。知力、武力、そして政治力。それが一定以上であることを示せば、退学は取り消そう」
知力体力時の運じゃないところが乱世な感じがするなぁ。
はぁ……やるしかない。
そうでもしないと、家族に――そしてこのイリス・グーシィン自体に迷惑がかかる。
というかこれから色々とこの国の存続のために尽力しようって段階で、退学させられた人間から話をまともに聞こうって人はいなくなるだろうことが問題だ。
特にあのカタリアなど、これみよがしに得意になるに決まってる。
それは、ごめんだ。
「分かりました。テストと、夏期講習を受けます」
「うむ。ではまずテストじゃな。今度、凱旋祭ってのをやるんじゃよな、テベリス?」
「お、おお! さっすがじいちゃん! そう、将軍とインジュインのおかげで、そりゃもうハンパねぇピンチから、バリバリにぶち上げてヴィクトリーみたいな感じじゃん? それもう祝うしかなくね? って感じで、もう国をあげてレッツパーリィな感じなわけ。そうネイコゥに言われちゃってさー。もう、バチ準備してるわ」
「おぉ、ネイコゥちゃんかー。あれもこう、いいよなぁ。ボンキュッボンって!」
「だべ? あれで商人って反則だろ。マジ妾にできねーかなー」
なんか話が脱線してるけど、要は勝ったから祝勝会するってことだろ。もっと端的に言えよ。
てかこいつ、僕の作戦で勝ったってこと、忘れてないよな? タヒラ姉さんの活躍も知らないよな? いや、むしろずっと寝てたから知らないんじゃ……。そこはかとなく残念過ぎる。
「ま、というわけじゃ。そこで行われる3つの行事。それに参加してもらう。さもなければ退学じゃ」
「参加するだけでいいんですか?」
「まぁ、な。あれで1位になれとはわしは言えん」
「いやー、俺様はぜひ1位を取ってほしいけどねー」
「孫よ、それはお主にメリットしかないからのぅ。あー、羨ましい! のぅ、今だけ太守を替わらんか?」
一体、何に盛り上がっているのか。
そこはかとなく嫌な予感がしたので、その内容は気になるけどここで聞くのはやめにした。
「しょうがないですね。その行事に参加します」
「うむ。ではあとは夏休みの夏期講習じゃの」
「何をするんです? まさかひたすら学校で勉強させられるとか?」
「何を言っておる。そんなことしても無駄じゃろ。てか教師を夏休み中に縛り付けるなんて非効率的じゃ。うちはもっと生徒の自主性を重んじる!」
なんかそれっぽいこと言ってるけど、夏期講習の本質だよな。
あれって先生側からしても、地獄以外の何物でもないわけで。
というか、そうじゃん。夏休みじゃん。
さっきは夏期講習という言葉しか聞かなかったからうんざりしたけど、よくよく考えたらそれって夏休みがあるってこと。
夏休み……あぁ、なんて甘美な響きだ。
朝早くから起きる必要もなく、自堕落なゲーム三昧の生活をしてても許される日々。それが1カ月近くも続く。
ヤバい、ちょっとウキウキしてきた。
社会人になって、そんな休みをとったことなんて一度もないわけで。
夏期講習といってもほんの数日だろうから、久しぶりにあの学生のころの自堕落な生活が待っていると思うと、少し心が浮きたつようだ。
もちろんそれを表に出すと、この2人相手だと面倒なことになりそうだったので、ウキウキを押し殺して聞く。
「じゃあなにを?」
「ふむ、それじゃが……お主、来月は暇じゃろ?」
暇、かどうかは分からないけど、夏休みになれば暇だ。
けどなんか暇だと断定されるのは、なんとなくイラっとする。
それにせっかくの自堕落生活を邪魔されるのは嫌だ。
――が、
「ま、暇だろうが暇じゃなかろうが、お主にはやってもらわなければ先がないのじゃが」
「ぐっ……」
そして爺さんはまさかすぎる夏期講習の内容を、言い放った。
「イース国が新しく手にした領地。お主にはそれを統治してもらおう」