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第74話 再登校

 3日後、ようやく包帯の取れた小太郎はイース国から出て行った。


『大丈夫大丈夫っす。これでも鍛えてるんで、もうほぼ完治です。それにホルブ国に戻るだけなんで。あっちの様子を見てすぐ返ってきますよ。往復20日くらいで戻るかと。あ、ただ路銀がどうも……ん、タヒラの姐さん。あざっす。えぇ、もちろん返しますとも。お屋形様のもとで働いて、出世払いで!』


 ホルブ国は、イース国から西、ウェルズ国の向こうのデュエン国のさらに西にある小国で、大きな港がある貿易国として知られているらしい。

 小国ではあるが、貿易による利益で国力は盛ん。デュエン国もうかつに手が出せないほどだという。


 だからせっかくではあるので、イース国と同盟できないか、という探りを入れてもらうことにした。


 デュエン国は数年前、タヒラ姉さんが名をあげたキズバールの戦いの相手国だから、敵対国であることは間違いなく、うまくいけばトンカイ国も牽制してくれると考えてのことだ。

 もちろん、このことを知ってるのは小太郎とタヒラ姉さんだけだし、父さんにもインジュインにも聞かせていないただの私的なもの。だから即同盟、ということにはならないけど、今のうちに感触をつかんでおけば、いずれ役に立つと踏んでのことだ。


 遠交近攻。

 遠くの国と交流し、近くの国を攻めるという外交戦の基本だ。


 ちなみに、会議はまだ続いていて、数日は終わらないだろうみたいなことを、家に帰って来た父さんから聞いた。

 誰が新しい土地を支配するかでもめにもめ、また今も任地にいる将軍たち軍の扱いをどうするか、というまさに泥縄的な展開。まぁ今回は急な話だったから仕方ないとはいえ、この決定の遅さがいずれ致命的な失敗につながらないか不安だった。


 一応、決まったこととしては、将軍たちの処遇。

 それを受けて、タヒラ姉さんはまたザウス方面に出発するらしい。

 すぐとんぼ返りする形になるわけだが、その際に新領地を警備する交代要員と土地の調査のための文官を連れていくためという。


 そんな小間使いみたいなことを姉さんがしなくても、と思ったが、その裏事情は苦い顔をする父さんを見て察しがついた。

 姉さんがザウス方面に着くと同時、将軍とクラーレが軍を率いて戻ってくるのだ。凱旋将軍として。


 そして凱旋パレードを行い、戦勝を高々に祝おうというのだ。

 それに姉さんは外された。考えるまでもない、インジュインの嫌がらせだ。

 これによって今回の戦勝が将軍とインジュインの娘であるクラーレが立役者だと知らしめたいのだろう。

 あの大将軍は、それを見抜いて派遣した自分の慧眼けいがんを自慢していたようだが。もうどうにでもしてくれ。


 ただ、


『ま、しょうがないわよ。あたしとクラーレが争うわけにはいかないしね。御馳走を食べれないのは残念だけど、それは今夜、みんなで食べるので十分だわ』


 そう寂しそうに笑う姉さんが可哀そうだった。

 けど私情を抜きにすればこの方針はあながち間違っていない。

 頑張った兵をいつまでも前線に張り付かせると士気が落ちるから呼び戻して盛大に祝うのは当然だし、その分、国境が手薄になるが、そこに他国にも有名なタヒラ姉さんを置けば、敵もうかうかと手を出してはこないだろう。


 それを姉さんも、父さんも分かっているから何も言わない。言えないのだ。


 というわけで会議の呼び出しももうなく、ザウス国もしばらくは大人しくなるだろうということで、暇になった僕は、学校に行くことにした。


 暇だから行く、というのも変な話だけど、一応僕の本分は学生。

 いつまでも休んでられないし、何よりカタリアに会って無事を報告しておきたかった。


 生きていたころは学校なんて、と思っていたけど今は少し違う。


 何より嫌いだった勉強。こんなの社会で何の役に立つのか分からないものだったのが、この世界ではそうではない。

 ここでは僕が天才なのだ。

 文字が書ければ優秀、四則演算ができれば天才。

 まさか一般教養レベルで天才と呼ばれる日が来るとは思わなかった。いやー、役得。


 そんなわけで勉強は問題なし。

 いじめも解決して、少ないけど友達ができたという状況はとても過ごしやすい。


 そして何より。

 学校に行く大きな理由ができた。


 カタリアに喝を入れられてから考え続けたこと。

 それはいかにして、犠牲を少なくしてこの世界を統一に導くか。

 有史以来、人間は戦い続けてきた。それが本能に刻み込まれているかのように、果て無き争乱の果てに一時の平和を得ても、すぐにまた争い始める。

 その輪廻を僕なんかが止めることはできないのだろう。


 けど、やらずに無理だからと最初から諦めるのは良くない。またカタリアに尻を蹴飛ばされる。

 まずやってみる。それから考える。


 不可能でも、実現の見通しがなくても、失敗したとしても、そこから得られる何かがあるなら。次へと続く何かがあるなら。

 それはやってみる価値があるというもので。


 だからそのことをカタリアが来てから今までずっと考えた。


 そして2つのことを考えついた。


 それは調略と吸収。


 調略はもう、ゲームとか歴史ものでおなじみ。

 敵同士を争わせたり、裏切りを誘ったり、騙したり。

 言葉で言うと汚いように思えるけど、これが一番犠牲が少なかったりする。


 そして吸収。

 降伏した敵を味方にそっくりそのまま吸収して次の戦いに備える。

 そうすれば兵数が比例するように増えていくし、敵は減っていくのだからいいことずくめだ。


 もちろん、両方とも思い立ったからといって実現できるものではない。

 他国の情勢を知らなきゃいけないし、タダで動くわけではないから国の金を動かす必要がある。そもそも軍を掌握して圧倒的に勝たなければ、調略も吸収もできるものではない。


 だから今やるのはその前準備。

 せめて他国の動静を探り、誰がどういった立ち位置になっていて、調略に応じてくれそうかなど調べておくべきことは多い。

 小太郎がそれを担う人間になってくれるとは思うけど、その前に僕自身が色々知ってなくちゃ意味がないのだ。


 だからせめて他国のことを知れるものがあれば。

 そう思って、それをなんの気なしにタヒラ姉さんに言ったら――


『それなら学校に行きなさい。あそこの図書館はかなりの蔵書があってね。広いから国の古くなった資料もしまってるって、あんま外に出しちゃいけない情報とかもあるって噂だよ。それと生徒の中には、いいとこのお坊ちゃんお嬢ちゃんがいるんだから、それらと仲良くなって色々情報誌入れるのはいいんじゃない?』


 そんなわけもあって、学校には行くことにしたのだった。


「それでは行ってらっしゃいませ」


 御者さんに見送られ、校門をくぐる。


 よく考えたら、この馬車の送迎ってのもすごいよな。

 相変わらずの乗り心地だったけど、初めよりはマシと感じるようにもなってきた。

 それは昨日までの命がけの日々とはまったく違うもので、あれよりは、と思う気持ちがないわけではない。


 しかし慣れとは恐ろしいもので、こんな異世界での生活も、女の子の体もそれなりにやれると思うのだから不思議だ。


 というわけで久々の学園生活に戻るというものだけど、果たしてどうなっているか。


「おい、あれ……」「え、まさか」「本当?」


 校門をくぐった時、感じたのは視線。

 殺気はない。当然だ。ただの学校の生徒にそんなものがあってたまるか。

 なんか戦場と学校という緊張と緩和の差が激しすぎる。


 ただ、それでも視線は視線を呼び、今では遠巻きに数十人の人間が立ち止まって僕を見るという状況に陥っていた。


 え、なにこれ。怖いんだけど。


 その視線にあるのは戸惑い、疑惑、困惑、不審、あとは――なんだ、奇異と羨望?。


 だがそれが何故かは分からない。


 例のいじめの感じではない。

 学校休みすぎというものではない。


 なんだろう。意味が分からない。

 というかこの言いたいことがあるんだけど、言わずに陰でこそこそ言う感じ。すごい嫌だ。動物園の見世物になったみたいな。

 体がもぞもぞして、言いたいことあるならはっきり言え! と叫びたくなる。


「ねぇ、ちょっと」


 居心地の悪さに、ちょうど見かけたクラスメイト(だよな、たぶん。数日しか顔合わせなかったからうろ覚えだけど)の男子に声をかけてみる。


「え、あの……なに――ですか?」


 男子生徒はうろたえ、けどどこかまんざらでもない様子だ。


 だから「これなに?」そう聞こうとした時、


「イリスちゃ~~~~ん!」


 聞き覚えがある声が響いた。

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