挿話69 項羽(ゼドラ国将軍)
上杉謙信とかいう女の言葉に、これ以上ないほどの屈辱を覚えた。
俺を馬鹿にしたことはいい。だが騅と虞に吐いた暴言は看過できない。その命をもって償わせるべきだ。
いや、それ以上に。この上杉謙信というそれなりの武を持つ者が、そのようなくだらないことで俺を怒らせようとしていることに失望した。
せっかくあの腐れ亭長(劉邦)らとは違った、骨のあるやつらと戦えることが楽しみになってきたのに。このようなくだらないやり口。あの韓の負け犬(張良)のようなことをする。はなはだ不快だった。
ただその後は少し良かった。
前に上杉謙信。
後ろにイリス。
その挟撃は少し愉快だった。押せば引き、引けば押す。その戦い方は真正面からぶち破りがいがある良い戦術だ。
だがそれだけ。
麾下がいくら倒されようが、俺は項羽だ。たとえ数千に囲まれても、上杉謙信とイリスをひねりつぶして脱出することはわけない。
なら何だ。
何をしようとしている。
そこで上杉謙信が右に方向を転換した。それに半歩遅れて相手の軍も動く。良い動きだ。
このまま陣に突っ込むのかと思いきや、何か狙いがあるのか。
はん。どうでもいい。
いつまでもこうして鬼ごっこをしているわけはない。奴が速度を落とした時。騅と虞を貶めた償いを払ってもらうだけだ。
相手の動き。それが少し歪む。
何が。そう思う前に、左手方向。何かを感じた。
茂み。伏兵か。
しゃらくさい。いくら来ようが無駄だ。弓ならば打ち払い、歩兵ならひと薙ぎにしてやる。
来る。
だが茂みから来たのは、弓でも刃でもなかった。
激しい爆発音。そして血煙が舞う。銃だ。鉄の球を飛ばすという、未来の兵器。
それと分かったのは、この身に銃弾を受けたから――ではない。
「騅!!」
銃声がする直前、突如として騅が大きく跳躍した。俺の意志とは無関係に、ただただその身を空に躍らせた。
その騅の下を銃弾がかすめていく。
ただその下は地獄だった。
後ろに続いた兵たちは、真横から銃弾を食らいバタバタと倒れていく。
だがそんなことはどうでもいい。弱者に興味はなかったし、なにより俺の着地を狙った大馬鹿がいる。謙信だ。騅が地面を踏みしめると同時に、上杉謙信が単騎、こちらに刀を振って来た。
「斬り裂け、三鳥毛」
「しゃらくさい!」
槍を逆さにして斬撃を防ぐ。だがいつもの矛じゃない分、勝手が違った。右肩に鋭痛。斬られた。この俺が。首を刎ね飛ばしてやりたかったが、相手はすでにすれ違って距離を取られた。
さらに攻撃は続く。
「奇兵隊、次弾装填! その間に抜刀隊は突撃!」
この声。そして奇兵隊とかいう奴。
高杉といった。今日、散々に蹴散らしてやった奴らを率いていた敵だ。それがここに潜んでいたのか。
「ふはははっ! この僕にかかれば、このような奇襲はお手の物だ!」
「決めたのはスキピオと土方だろう。しかもおびき寄せる奴がいればの保険だ」
「高杉さん!? なんでここに!?」
舌打ちする。
前を上杉謙信、左を高杉、後ろにイリス。なるほど3方向からの包囲というわけか。しかも兵の数は圧倒的。
こちらが残り100もないのに対し、敵は高杉の部隊を入れて1000は余裕で越えている。
ならばどうする。
右は空いている。
逃げるか。
愚問だな。
「この項羽に、貴様ら雑魚が敵うか!」
最初の獲物に騅を向ける。左。高杉とやらだ。
同時に槍を振った。地面に叩きつけ、救い上げるように。そこから生まれるのは爆発。そして地面が大量の土の塊となって敵に襲い掛かる。地を割る覇王の力。
だが浅い。
いつもの矛なら敵を覆いつくすほどの巨大な土塊が、今では敵の先鋒を潰すくらいにしかならない。
左をひるませればあとは前後。
先に面倒な方を片付ける。前。上杉謙信だ。
単騎、上杉謙信に躍りかかる。
槍と刀がぶつかり合う。
「天以外に俺を殺せるか!」
「我は天上より降りた毘沙門天の化身。ならば殺せるな」
「ほざけっ!!」
弾いた。いくら強かろうが女の力。その技はあっても力は俺に及ばない。さらに距離も。相手の刀。その刃渡りは1メートルもない。それを小柄な上杉謙信が使うのだから、こちらに長さで敵うわけがない。
相手の距離外から数度、槍を叩き込む。
のんびりしてられない。今も後ろにいるイリスが迫っているだろう。
「項羽!」
予想通りすぎて笑いたくなる。敵なのにこの息の合いよう。いかんな。こんなことでは虞に叱られる。
「うぉ!!」
渾身の力で前の上杉謙信に一撃を叩き込み、返す刀で背後に横なぎを振るう。
どちらも金属音に阻まれたが、相手をわずかにひるませたのが分かる。
「騅!」
同時、騅に呼びかける。その前に騅は動いていた。本当に利口な奴だ。
直後に背後を銃弾が過ぎ去る。高杉だ。
ああいう奴のやることは分かる。こちらが隙を見せた時に噛みつく臆病者のやることだ。ならばわざと隙を作ってやれば、そこに嬉しそうに噛みついてくる。ゆえに外すのは容易い。
そのまま騅を走らせる。その先にいた上杉の雑兵を数人叩き潰す。
「退け! お前らの敵う相手ではない!」
上杉謙信が叫ぶ。
ふん。その通りだが、若干引っかかるな。
「貴様なら敵うと!?」
「それをやると言っている!」
心地よい返答だ。
それはイリス、そして高杉も同様だろう。
3対1か。
しゃらくさい。
だが面白い。
そう感じ、自然と頬が緩むのを感じていた。




