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第94話 軍神2人、覇王1人

 項羽の前に立つ。


 それは「僕を殺してください」と深々と頭を下げるのと似ている。それほどの圧。それほどの脅威。

 白起とも呂布ともまた違った圧倒的な武威。


 白起はその武力もさることながら、何をするか分からないという意外性が恐ろしい。

 呂布は三国志演義にあるような、ただの粗暴な男ではなく、どこか冷静に計算を働かせている感がズレとなって脅威になる。


 では項羽は。

 もう語るまでもない。


 触れれば吹き飛び、風圧でも爆発し、その威だけで敵が逃げ去る。

 歴史上、単体では最強の武を持つ男。策も何もない。真正面から全てを食い破る。まさに暴力、破壊の化身。


 それを相手に平々凡々。軍神というとってつけたようなスキルを手にしただけの僕が、まがりなりにも手をだしていい相手じゃない。そんなことは百も承知。分かりきってる。


 それでも、だ。


 この時。

 このタイミング。


 敵は500ばかり。垓下がいかで負けた後の項羽と似た状況だ。

 いや、上杉謙信との戦いでその数も減らしているから400ちょいか。

 それ以外の味方はいない。白起は撤退し、陣を襲っている連中もこれ以上とどまることもなければ、ここまで助けに来ることもない。つまりこれ以上の敵は来ない状況。


 さらに彼は昼もひたすらに戦い続け、土方さんと高杉さんを相手にしている。いかに超人とはいえ疲労はあるはずだ。


 そこに僕の軍神、そして上杉謙信の軍神のダブル軍神で勝負をかける。


 それで――五分。


 ようやく互角の戦いができるってものだ。


 ほんと冗談じゃないよ。

 これだけ相手にデメリットが重なって、集中砲火した状況でようやく勝ち負けがわからないってレベルなんだから。ほんととんでもないチートだ。やってられなくもなる。


 けどここが分水嶺。天下分け目。

 白起と呂布が負傷し、源為朝が戦死。敵の数も多く減じている。

 大いなる犠牲を払ってそれだけの状況に持ち込んだ。


 ここで項羽を倒せば、一気に勝負は優勢になる。

 なにより“あの策”を仕込む余裕ができてくる。


 だからここだ。

 ここでなんとしてでも項羽を倒す。


 たとえ刺し違えても――


「小娘!!」


「っ!!」


 項羽の槍。今までの矛じゃない。その微妙なずれが、項羽の初撃を受けることを可能にした。

 それでも馬から叩き落されそうになる。力を上に逃がしたものの、その反動はすさまじい。


「死ね、るかっ!!」


 その状態から手綱を引き絞って耐えた。馬から半分落ちた状態。そこから赤煌しゃっこうを上へ突き出す。項羽の顎を。下から狙う。


「っ!」


 項羽がのけぞり、僕の一撃をかわした。そのまますれ違う。

 その隙に馬上に戻り、大きく息を吐く。


 違う。

 そうだ。違う。


 刺し違えてでもなんて、そんなことはあり得ない。


 たった今。僕は命をもらった。

 姉さんに。白起に狙われたところを助けられた。その命。簡単に捨てていいものじゃない。

 姉さんのため。僕のため。

 死んでもいいなんて考えは捨てろ。生きて勝つ。そのために活きる。


 反転した。

 相手も反転する。そのままこっちに、来ない。いや、動きがあった。横に動く動き。それは警戒する動きで、


「イリス!」


「謙信さん!」


 上杉謙信が合流してきた。これでこっちは歩兵と合わせて1000ちょいだ。

 そして、軍神が2人揃った。


 僕らを眺めて項羽が鼻を鳴らす。


「女2人で、俺の首が取れると思ったか?」


「取る」


 即答した。

 それしかない。ただ、1つ懸念はある。


「ふん。くだらんな。これ以上は付き合いきれん」


 やはり逃げを打つか。今はそれをやられれば最悪。彼の愛馬・すいはあの赤兎馬にも勝るとも劣らない名馬。逃げを打たれれば追いつけない。

 そしてここで仕切り直しをされれば、項羽はまた暴れまわり、白起と呂布の復帰を助けることになる。


 ならここでなんとしてでもこちらに引き寄せる。


「逃げるのか、項羽?」


「さっきも言ったが、逃げるんじゃねぇ。見逃してやるんだよ」


「今がチャンスじゃないか。僕たち2人をまとめて叩きつぶすなら今でしょ」


「ないな。貴様らごとき、いつでも潰せる」


 ちっ。意外と冷静だ。

 誰だ、項羽を猪武者とか言ったの。


 けど本気でマズい。ここで逃げられたら……。


「ふぅん。なるほど。イリス、つまりアレを怒らせたいんだな?」


 と、そこで謙信が何かに気づいたかのように聞いてきた。


 あまり多くを語れないから僕は黙ってうなずくだけ。

 ただそれで理解したらしく、謙信はなるほどなるほどと二度ほど頷き、


「おい、そこの豚」


「ぶっ!」


 豚? 項羽が!?

 項羽を豚扱いできるとか……天下の上杉謙信くらいだろう。


「あ? 何を言っている?」


「豚の言葉は分からんな。イリス、あれは何をブヒブヒ鳴いているんだ?」


 ちょっとその問いについてはノーコメント! さすがに僕には恐れ多すぎる。


「あの豚に乗った豚。いやいや、これほど滑稽な様子はない。見たまえ、あれこそたとえ豚が3匹になろうと敵を滅ぼすは豚なりと言った者の末裔だ。ああ、愉快」


「……なんだと?」


 項羽の口調が変わった。


「確かあの乗っている豚は唄にも読まれた伝説の名豚という話だったな。確か名前は……豚だったか? ああ、だからさっきからブーブーとうるさいわけだ。その豚に乗ってどこにでもいくがいい。今のお前にはお似合いだろう。人の中の豚に、馬の中の豚。ブーブー鳴きながら仲良く暮らすがいい」


 うわぁ。なんか謙信、めっちゃイキイキと項羽を、その愛馬をなじってるんだけど!


 ちらと項羽を見ると……。


「てめぇ……死にてぇようだな」


 はいブチギレでした。

 なにこれ。そこなの? 項羽のキレるポイントってそこだったの? ……そういえば帝都で岳飛将軍と戦った時、馬を狙われてブチギレしてたっけか。


「ああ、それと項羽といえばあれだな。豚美人だったか? さっさと帰ってその豚足を広げて交尾でもしてるがいい。ブヒブヒときたらしくけがらわしい汚辱にまみれた汚濁の営みをな」


「虞までも……」


 あああ、なんかヤバい。

 いや、項羽を討たないとって話だけど、これはやりすぎ。ブチギレた項羽を相手に生きて帰れるのか。いや、これはチャンスか。怒りに我を忘れたなら


「ああ、もしかしてあの豚は盛りがついているのか。こちらをものすごい目で見てくるが。ありえないな。豚が人間様、ましてや毘沙門天に対し懸想けそうするなど。人間に生まれ変わってから出直すがいい。いや、豚の次も豚に転生するから無駄か。はっ、いやいや、それにしても凄いな。豚王と呼ばれてなお天道の下で生きているのだからな! 私はごめんだな。こんな豚夫妻など言われようものなら自害もやむなしだ」


「なら俺が殺してやる!!」


「軍神は死なん」


 項羽の怒号。

 謙信の冷静。


 それをもって、項羽との最後の戦いが切って落とされた。

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