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挿話66 新島八重(クース国砲術師範)

 ――白起が負傷し撤退する10分前。



 正直、なんでここにいるかわかんながった。


 昨夜。味方のはずのゼドラ軍からの突然の奇襲。それによって河井殿は死んだ。

 孫一殿もその前に死んで、あの薩摩から来た軍師も同じころに死んだ。


 みんな。みんな死んでしまった。


 会津の時と同じだ。


 けどあの時と違うのは、おらが逃げたってことだ。

 敵がいるのに、情けなくみっともなく敵前逃亡。その果てに、孫一殿を殺した敵の陣に助けを求めるなんて。

 情けなくて涙が出る。

 こんなんじゃあ三郎にも顔向けできね。


 それでも。

 それが望みだった。河井殿の最期の願い。

 あの場にいても、ただ死体が1つ増えただけ。それほどまでに、あの白起という男は格が違った。自分の銃でも、容易く攻略されそうなほどの威を、あん男は放っとった。


 だからこれは逃げじゃない。

 あの男に。河井殿を殺し、兵の皆を容赦なく踏みにじったあの男への復讐。それを成すまでは死なねぇ。たとえ降伏して何をされても、あの命の恩人でもあり、義侠の塊のあの人の仇を撃たなきゃなんねぇ。


 そう思って、敵に投降して1日。


 手は縄で縛られている。

 敵の首脳の中に、色々と詳しいがいて、


『異能を使わないと知ってもらうために、ごめん』


 そう言って両手に縄をかけた。

 その対応はおらも妥当だと思うし、何より彼女の気遣いが感じられて少し嬉しく思った。


 何より彼女が昨夜、部隊を率いてクースの軍を助けようとしてくれたことには感謝しかない。

 残念ながら多くの被害を受けて戻ってきたけれど、その中で数十人のクースの兵を拾ってきてくれたのはありがたかった。その兵を使って、今日は逃げ落ちた兵を集めることもできた。

 総勢96名。

 クース国出発の時は2万以上もいた兵がわずか100人足らずになるとは。負傷兵は帝都に送ったという話だから、帝都に行けば数千になるだろうが、それでも大敗北だ。

 クース国に戻れば、僅かに残った責任者として自分が裁かれるだろう。

 それは怖くない……というわけはない。怖い。けど、散っていった命に報いるのは、そうするしかないのだろうとも思う。


 ほんと、ままならなね。


 河井殿の最期の願い。生きることと、責任を取って死ぬこと。それが背反して頭を悩ませる。

 そんな1日が終わり、兵たちが食事の準備をしているのか良い匂いがしてきた。その時だ。


 周囲が突然、慌ただしくなりだした。


 食事の準備、ではない。叫び、駆けまわる音が聞こえる。わずかに「敵襲っ!」と聞こえた。つまりゼドラ軍の奇襲ということか。

 けどこんな中途半端な時間に。とんでもない馬鹿か、あるいは天才か。後者以外はないか。


 自分は動かない。

 というか動けない。手を結ばれてるし、この状態で逃げても行く場所はない。

 ただ96名の兵たちが気になった。彼らとは離されているからどうなってるか。虐待とかされていないか。それがとても不安だった。


 今はこの混乱した中で、何をすればいいかわからなくなっているんじゃないか。

 そう思うと駆けつけたかった。だけんど、どこに彼らがいるか分からない以上、それに自分がここを動くことで、逃げたと思われて彼らがより悪い状況になるのは良くないと思ったから。


 突如として、陣幕を開いて誰かが入って来る。

 完全武装した兵3人ほど。


 その男たちは怒り狂ったような激しい視線を自分に向けて怒鳴る。


「貴様、敵を呼んだな!」


「なんの話だ。おらは知らねぇ」


「敵が来てるんだよ! せっかく今日も生き延びたのに、また死ぬじゃねぇか!」


 兵の怯えが伝わる。それを隠そうとして、無闇にいきり立っているのが。


「おらには分からね」


「うるさい、お前らなんかを助けるから皆死んだんだ!」


「っ!」


 それは否定できない。

 おらたちを助けるためにいっぱい死んだと、話しでは聞いている。昨日の戦いでも、あの川での戦いでもいっぱいいっぱい死んだだろう。

 こっちも孫一殿と、薩摩の伊地知を殺されている。それでおあいこだとは言えないのが、戦いの嫌なところだ。


「もう許さねぇ。こいつ、ここで殺してやる」


「おい、その前にやっちまおうぜ」


「あ? 今かよ」


「今なら敵のせいにできるだろ。その後に口封じすりゃ誰も知らねぇ」


「おう。ならちゃっちゃとやるか」


 なんて下種な。

 会津にはこんなことを考える男は誰もいなかった。

 誰もが会津を守るため、1日でも1秒でも長く戦うために生きてきた。


 こんな奴らがいる。それが悔しい。


 男たちが近づいてくる。


 抵抗しようにも手は塞がれてるし、何より逃げるのはもう嫌だ。

 でもこの男たちのいいようになるのも嫌。


 ならどうする。

 戦う。戦って、戦って、戦い抜く。

 会津は落ちても、おらは落ちねぇ。河井殿も、こんなところで止まることは望んでねぇはず。

 たとえその後にどんな罰が待ってたとしても、生き延びた兵たちがどうなろうとも。


 だから――


 私は――


 両手に感触。兄さのスペンサー銃に、使い慣れたゲペール銃。それがおらの異能。

 ここにいる3人を撃ち殺すのに1秒もいらない。それで逃げよう。このまま。この混乱に乗じて。


「会津魂――」


 銃を握った。それを振り上げようとして――


「なにしてるの、あんたたち!」


 声が、響いた。

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