第73話 イリス、お屋形様になる
僕は会議の場を後にして、小太郎を病院に連れて行った。
本来は先日の戦いについてを色々聞かれるはずだったわけだけど、太守が席を外すし、小太郎のこともうやむやになったので、優先度が下がって追い出された形になった。
そもそも戦いの推移なんてどうでもいいのだろう。大事なのは結果。手に入れた領土と、小太郎をどうするか。
その小太郎がああなった以上、僕に聞くことはもうほとんどないということか。
若干、話が出てイラっと来たのが例の大将軍。
『ふん! わしの到着を待たず、勝手に戦端を開きおって。なぜわしを待たなかったのか。わしがいればザウスもトンカイも全滅させられたというのに。勝ったからよかったものの、あわよくば大戦犯ものだぞ』
要は手柄を横取りしやがって、といういちゃもんだ。
ここまで自分を棚に上げた無能な言葉はないと思う。てか大将軍を待ってたら負け確定だったんだけど。
それについてはタヒラ姉さんの他、インジュインも大将軍をなだめる方向で落ち着いた。
そして会議は父さんとインジュイン、どちらの派閥が新しく手に入れた領地を得るか、という話が主流になるだろう。
兵農分離がされていないこのイース国において、軍権はインジュインの方にあるが、常備兵は少なく、領地から徴兵した兵力を預かっているだけであって、インジュイン家の兵力としては実はそこまで大きくない。
だからこそ、税収があがってくる新領地はどちらの派閥も喉から手が出るほどほしいわけで、今もその所有権について、今も喧々諤々の論議が行われているはずだが……。
「あ、ここにいたー、イリリ」
病院――といっても、白くて清潔で広い待合室に、数多くの医者や看護師のいる病院ではなく、ただの民家を間借りしただけの町の診療所レベルのただの建物だ。
だから正直、そこまで衛生的でもきれいでもない。
とはいえこの国にはこれ以上の病院がないということで、仕方なく小太郎を預けて、傷の手当てが終わるのを待っていると、タヒラ姉さんがやって来たわけだ。
「あれ? もう終わったの?」
「んー? いや、なんか領地がどうとかめんどくさいことやってるからぶっちしてきた」
おいおい、それでいいのかよ。
まぁ、そこは政治的な話だから軍人寄りのタヒラ姉さんには関係ない話なのかもしれないけど。
「あ、でもちゃんとイリリの考えた策は承認得たからね」
「そっか、良かった」
正直、領土がどっち派閥になるとかは、今はどうでもいい。
今は内部分裂している場合じゃないから。
それ以上に問題なのはザウス国だ。
下手をするとザウス国は数か月もしないうちに滅ぼされることになる。
イース国によって? いや、違う。
じゃあトント国とウェルズ? それもノー。
答えはトンカイ国だ。
トンカイ国にとって、ザウス国は同盟国だが、その勢力が半減した今、その関係は微妙になる。
トンカイ国からすれば、近いうちにイース、トントとウェルズはザウスを滅ぼそうと動くかもしれないと考えるからだ。
そうなった時にトンカイ国ならどう動くか。
1つが律儀に援軍を出して3国の侵攻からザウスを守り、ザウスが力を取り戻すに乗じて再び北に攻める。
だが、これは難しい。
ザウスを守り切れるか不明だし、その分の戦費や犠牲も計り知れない。あるいは戦力が拮抗して、泥沼の戦いに引きずり込まれる可能性もある。
ほかに敵を抱えるトンカイ国にとって、それはあまりとりたくない選択肢だろう。
だから次の手。
それが先日、父さんたちと話した時に出た、イース、トント、ウェルズにザウスを滅ぼさせ、その疲弊したところを一気に叩いてザウス全土を手に入れる作戦。
これはローリスクハイリターンの作戦で、うまみしかないわけだから、トンカイ国としてはこれを狙いたいところ。
だがそこでさらに問題が出る。
イース国とウェルズ国が動かないのだ。
トントは先の戦いでそれほど戦いらしい戦いをせずに領土を広げたのだから、さらに奥へ侵攻することもいとわない。だがイース国はこのザマだし、ウェルズ国は様子見を決めている模様。
そうなったら苦しいのはトンカイ国だ。
3国が今の状況ならトンカイ国だけで、ザウスを滅ぼした3国に対抗できるだろう。
だがこれから時間が経つにつれて、3国は国力を増してくる。対するザウスは国力を減らしていくのだ。
こうなると、3国が力を増して合同で攻めてきた時に、トンカイ国はザウス国を滅ぼした3国から旧ザウス国を攻め取れるか微妙になる。
一番最悪なのが、軍を出したものの、3国連合に追い払われて、ザウスの領土は一片も手に入らないパターンだろう。
そうなれば隣国に力を得た中くらいの国ができるわけで、絶賛他国と領土を争っているトンカイ国にとっては最悪の想定となる。
ではその最悪のシナリオを回避するにはどうするか。
簡単だ。
“今すぐに難癖をつけてザウス国との同盟を破棄し、そのままザウス国に攻め入り、トンカイ国に併合してしまう”。
そうすればイース、トント、ウェルズの伸張を防げるどころか、トンカイ国の領土が増えて力が増すのだからいいことずくめ。
そして逆に、それが敵国のベストなやり方であれば、それに敵対する僕らにとっては最悪のシナリオだ。
これまではザウス国が防波堤になっていたからトンカイ国の圧力を受けづらかったわけで、それが国境を接するようになれば、トンカイ国の侵攻が現実味を帯びる。
つまり関羽、蘭陵王、張良、小松姫の圧力をもろに受けることになる。
だからなんとしてでもトンカイ国によるザウス国の同盟破棄は阻止しないといけない。
そこで僕が一計を案じたのだ。
いわく『トンカイ国は盟友ザウス国の敗北を重く見て、ザウス国に軍事・経済の援助を行う』という噂を流すというもの。
要はトンカイ国とザウス国は仲良しだよ、という風に人々に思わせることで、同盟破棄という裏切りに対する躊躇をトンカイ国に植え付けようというのだ。
先ほどの作戦、うまみしかないと言ったが、一番大事な要素が抜けている。
他国の評判というものだ。
そんなのどうでもいい、とはならないのが乱世。
ひとたび、友好国を裏切って攻め滅ぼせば、周辺諸国はどう思うか。
『実は危ない奴だったんじゃないか?』『あんなのと手を組んでも、また滅ぼされるかもしれない』『他の犠牲が出る前に、奴が大きくなり過ぎないように、今のうちにみんなで叩いておいた方がいいんじゃないか?』
そうなっても仕方がないのだ。
そうなれば、まだ四方に敵を抱えるトンカイ国としては慎重にならざるを得ない。
もちろん、それを振り切ってまでザウスを攻め滅ぼす方が利益になると判断するかもしれない。
だからこれは時間稼ぎの策。
そうやってトンカイが動けない間に、イース国が国力を高めてザウスをいただこうというための策なのだ。
それを考えたのが僕でも、それを言ってあの太守やインジュインに認めさせるのは難しい。
だから父さんやタヒラ姉さんらを使って、それを議題にあげてもらったのだ。
それで承認されれば、国としてその対応がなされるから、ひとまずは安心してよいという感じだったが、
「明日にでも各地に人が行くわ。それでどうなるかは分からないけど」
「いや、十分だよ」
正直、ホッとしている。
やっぱりトンカイ国という大国に、先手を取られるのは避けたかったから。
「任務ですか」
と、不意に声をかけられた。
振り向けば、そこには包帯で体をぐるぐる巻きにされた小太郎が立っていた。
「小太郎!? なんでここに!?」
今、絶賛治療を受けてたはずなのに。
というか絶賛大けが中だろうに。見てて痛々しい。
「このようなもの、怪我のうちにも入らない、って医者には無断で出てきたっす」
「だからって……」
耳をすませば「あの患者はどこ行った!?」「そんな! あの体で動けるわけがない!」とか聞こえてくる。いいのか。
「いーんじゃない? あたし、そーゆー根性論、好きよ?」
「いや、根性というか……」
無茶苦茶だろ。
「問題ないです。こんなの風魔秘伝の傷薬なら秒で回復ですから。で、任務っすか?」
「いや、任務っすかじゃなく……」
「あぁ! しまった! この世界には秘伝の傷薬がない!」
「いや、だからぁ!」
話を聞けよ。
「怪我してるんだから大人しくしててよ」
「国の有事に怪我だなんだ言って滅んでは元も子もないっすよね?」
「それはそうだけど……」
「安心してください。部下の中には右手を失いながらも3日3晩の潜入に耐えたのもいるんで」
「いや、それはすごいのかもしれないけど……てか命は大事にね?」
え、なに? 風魔ってそんなバリバリの体育会系なの? 話し合わなさそう。
「とにかく! 御用とあらば風魔の小太郎にお任せあれ。潜入、諜報、流言、暗殺、なんでもござれっすよ」
「ほほぅ、それはすごい」
「姉さん、食いつかない!」
「とにかく、この拾われた命。すべてイリスのお屋形様に捧げるっす。だから、なんでもします。使ってくださいっす!」
「お屋形様ぁ?」
まさか自分がそんな風に呼ばれるとは思ってもみなかった。
殿でもだいぶ困惑したってのに、まさかお屋形様とは……。
「いーじゃん、イリリ。これだけ優秀なげぼ――こほん。どれ――部下、じゃなかった、舎弟はレアよ!」
優秀な下僕って言おうとして奴隷って言い変えようとして、部下って言いなおして、さらに舎弟に落ち着いたよ。
確かにあの風魔小太郎が味方についてくれるなら心強い。
けど、引っかかるのは数日前。謎の襲撃者による言葉。
『フウマコタローヲシンジルナ』
結局誰だったのかは分からない。
それでもああ言って来るのは、何か理由があるからか。
風魔小太郎。
彼とはまだ出会って数日しか経っていない。
それで思うのは、悪い奴じゃなさそうだってこと。
確かに他国の諜報活動をしていたけど、色々教えてくれたし、傷を負った僕を治療してくれたし、何より彼の機転がなければ負けていた。
だから彼のことを信じないというのは選択肢として存在しない。信じたい。
ならあの暗殺者の言葉は、僕らを混乱させるための離間の計ってことか。
……軍師のスキルをもってしても分からない。
分からないなら、もうあとは直感に頼るだけ。
「分かった、小太郎。改めてこの国のために働いてくれないか」
「それはもう。もちろんです! この国、というより、イリス殿のためという方が大きいっすが」
「そ、そうか。まぁせっかく助かったんだし。もし僕の力になりたいって言うなら、傷をちゃんと癒してそれから働いてほしい。まずはそこからだよ」
「そんな、もったいないお言葉……。怪我による休養など弱者のたわごと、むしろ怪我人として潜入ができるのだから、任地にて治すのが鉄則だったというのに」
どこまでブラック企業だったんだ、北条家……。
「だから、こうして怪我をしたうえで何もしないというのは……!」
小太郎が真剣な表情で訴えかけてくる。
うーん、どうしたものか。このままだとこの状態で勝手に飛び出していきそうだ。
はぁ、仕方ない。
「分かった。じゃあこれから人を使うから、彼らに潜入とか流言のやりやすいやり方とか教えてあげてほしい。きっと風魔党ってのも、そうやって教えながら人数を増やしていったんだろう? それと同じやり方を、この国でやってほしい」
そしてゆくゆくは国の諜報機関に……なれたらいいな。
「承知! ではまず骨を操って身長を変えるやり方と、声の波長を変えた声帯模写に、人の皮を剥いで作った変装術などを」
「頼むから万人ができるようなやり方で!」
もしかしたらとんでもない男を助けてしまったのかもしれない。
そう思うと肩が重くなるけど、ま、いっか。優秀なのは間違いないだろうし。
切野蓮の残り寿命221日。
※軍神スキルの発動により、5日のマイナス。