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第91話 襲来

「敵が来る! 全員、武器をとって迎撃!」


 声をからして叫ぶ。

 敵の馬蹄。まだ遠い。だが引っかかる。


「他の方向からも来るぞ! 柵を盾に敵を防いで!」


 咄嗟に叫んだ。

 前から来る敵。数が少ない。多くても1千。それでいくら油断があるとはいえ4万もの兵が籠る陣に突っ込んでくるはずがない。

 それが違和感。だから他からも来ると読んで指示を出す。


「私は中央で指揮を執る。ここは任せていいか、イリス!」


「当然! 行って!」


 スキピオを送り出すと、赤煌しゃっこうを手にして柵から身を乗り出す。


「イリリ、このままここで待つ?」


「……いや、打って出る。相手はこちらが混乱していると思ってるはず。ならあれを叩き潰して、外から他のところを援護しよう」


 それが一番確実。ここにいる味方は1500ほどと少ないが、少なくとも襲って来る敵よりは多い。

 ならば先に出て相手の出鼻をくじくのが良策。


「ん、分かった」


 タヒラ姉さんは快活に頷くと、息を大きく吸い込み、


「イースの全員、集まれ!」


 タヒラ姉さんが号令を下すと、武具を着こんだ兵たちが集まって来る。

 その動きは完璧に統率されて鍛え抜かれていると分かる。旧ノスルのパーシィの下で鍛えられた以上に、ここに来るまでの戦いの経験を積み、さらに時折姉さんにしごかれれば短期間で精鋭になる。


「よし、これから打って出る! 敵は少ないといっても気を抜くな。しっかりイリリ、それからあたしの指示に従うこと! それが一番の生きる道だから! いいわね!」


 タヒラ姉さんの檄に苦笑する。

 僕がこれらの命を預かるという重荷と、それを分かち合ってくれる身内の情に情緒が不安定にもなろう。


 いや、今は迷うな。受け継がれたものを、皆にも広げていく。それがこの戦い、ひいては戦後のことになる。そう信じて。


「イース軍、出撃!」


 号令のもと、イース軍が出撃する。全員が騎兵ではない。騎兵は約600。

 対する敵。皆騎兵だ。

 少ない、いや、1千弱。勝てるか。歩兵を利用して、まず僕が出て相手を一気に――


 その時。

 見た。


 敵の戦闘。そこにいる、線の細い長身の男。そしてそこから放たれる冷ややかな視線の主。

 ついさっきも殺し合いをした相手。見間違うわけがない。


「白起!!」


 まさかの相手に体が凍る。

 そうだ。馬鹿か。出てきてしかるべき名前。いや、馬鹿な、だ。なんで敵の総大将が、こんな博打に近い強襲の指揮を取る!? 一体何が起きてる1?


「はぁ!!」


 僕の迷いを見てか、タヒラ姉さんが前に出る。

 このままぶつかったら負ける。そう思ったんだろう。


 ダメだ。姉さん!

 相手は白起だけじゃない!


 けど声にならない。あまりに突然すぎるのと、意味の分からなさに頭が混乱する。

 その間にタヒラ姉さんは先頭の白起との距離を詰める。そしてその槍を繰り出そうとして、


 ギィィン!!


 弾き飛ばされた。馬ごと。


 宙を飛んだ馬は、数メートルを横に飛んでたたらを踏んで着地した。姉さんもうまく手綱を捌いて落馬を逃れる。


「へぇ、やるね」


「女のくせに、死なぬか」


 白起の後ろから現れたのは、どこに隠れていたのかというほどの巨体。


 項羽だ。


 楚漢戦争において覇王と呼ばれ、敵ならず味方からも恐れられた暴勇の王。


 それを真正面から受けて無事だってのは、タヒラ姉さんの実力か運の良さか。とにかく無事でホッとする。


「姉さん!」


 タヒラ姉さんの方に馬を向ける。後続もそれに続く。

 とにかく今は姉さんを放っておくのは危険だ。敵に呑まれれば命はないし、勝手に突っ込まれても困る。


 だからタヒラ姉さんを馬群で飲み込むように動き、その動きを嫌ったらしい敵軍とすれ違う。


 それから円を描くように馬を走らせる。敵と味方。互いに距離を取ったまま、何かを見極めるかのようにぐるぐると。


 こちらは迂闊に攻めれない。

 相手は白起に項羽。兵数はこちらが有利とはいえ倍あるわけじゃない。この2人がいることを踏まえると互角、いや劣勢だ。


 対するあちらも動けない。

 陣に向かって走れば、少なからず損害を与えられるけど、それは僕らに後ろを見せるということ。追撃されて陣の味方と挟み撃ちにできればかなりの敵を倒せるだろう。

 かといって僕らと距離を取ってしまえば、せっかくの強襲が無駄になる。まだ味方が攻めているところもあるのに、何もせず総大将が逃げれば兵は誰もついてこなくなる。

 それに僕らを視界から外せば、他を攻めているところの後ろから襲い掛かるようになり、この強襲も敗北に終わってしまう。


 だから互いに動けない。

 いつまで続くか分からない状態で疾駆はできない。かといって停止すれば敵に付け込む隙を与える。


 互いに同じ距離を取りながら膠着を維持する。まるで尻を喰う竜――ウロボロスのようにぐるぐると回り続けるしかない。


「イリリ、どうする?」


「姉さん、もう少しで状況は変わるよ」


「?」


 姉さんが首をかしげるが、それに答える余裕まではなかった。


 けど事態はこちらに有利になりつつあるのは間違いない。

 ここ、僕らと白起と項羽の場面では劣勢なのは間違いない。


 けど敵は様々な場所から強襲しているということは、兵が分散しているということ。

 対するこちらは陣にまとまっていて、そこからそれほど離れていない。


 つまりこちらには援軍が来る可能性があるのに対し、相手はそれがないということだ。


「……来たっ!」


 馬蹄の音。

 それも陣の方から来る。味方だ。


 さぁどうする白起。退くか。それとも一か八か来るか。


 その動く瞬間。それを僕は捕まえる。

 それがこの戦い。それに勝つための一番の手。


 だからその瞬間を見極めようと、神経をとがらせている。


 そして馬蹄が来る。


 同時、


「軍神である!」


「なっ!」


 呆気にとられるとはこのことか。

 背後から現れた騎馬隊は、僕らを颯爽と追い抜かして、そのまま一直線に。


 上杉謙信が、一直線に白起へと向かっていった。

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