第89話 2日目が終わり
2日目が終わった。
互いにそれぞれ軍を退いて、味方は昨日の陣地まで下がっている。
今日は特段大きな犠牲は……いや、ないわけじゃない。
張遼が呂布と相打ちになって負傷した。結構酷い傷だったようで、緊急治療の上に後方の街へと輸送することになったらしい。つまり張遼は完全に戦線を離脱することになった。
エティン軍1万は上杉謙信が引き継ぐことになる。
「まったく、めんどくさいことを」
そうつぶやくが彼――いや、彼女が一番に張遼のことを心配して最後まで見送っていたから、きっと強がりだと思う。
なんとなく傍若無人な彼女だけど、こういう義の想いは厚いような気もする。
それ以外には将軍クラスの戦死報告はなかったが、それは1日目があまりに激戦過ぎて本当は比べ物にならない状態のはずだったわけで。将軍クラスの戦死はなかったけど、それ未満の部隊長や兵たちの犠牲はかなり大きくなった。
名もなく死んでいくというものの、彼らにだって本当は名前はある。ただこういう時にはただの戦闘単位として消えていくだけ。それは今も昔も、この世界も元の世界も変わらない。
本当になんというか。気が重いというか、やってられないというか。
それでも味方は約4万。敵は3万ほどで有利ではある。
開戦前はそれぞれ5、6万はいたのだから、合わせて4、5万ほどがいなくなったということ。もちろんその全てが戦死したわけじゃなく、張遼みたく怪我により戦線を離脱することになったとしても、この数はいかにも多すぎる。
もっと犠牲を少なくできなかったのか。そう思ってしまうわけで。
公立の高校が1クラス40人で、それがだいたい5クラス。そして3学年あるとすると、高校1つで600人くらい。
5万という数になると、それが80校の全員がいなくなったと同じことで……やめよう。気分が悪くて意味のない仮定は。
「イリリ」
姉さんに呼ばれた。
何か軍の再編で何かあったのだろう。
とにかく犠牲が多い。特に帝国軍が今日の白起の強襲でほとんど討ち取られてしまった。ましてや皇帝が危機に陥ったということが、兵たちの心に暗い影を落としている。
この反ゼドラ国連合というのは、皇帝がゼドラ国によって帝都を追い出されたことに対する連合だ。
もしここで皇帝が死んだら、その意義はかなり薄くなる。
特にゼドラ国と国境を接していない北の2国。そしてゴサ国の戦意が下がる。彼らは皇帝不在のまま帝都を奪い返しても利益になることはあまりない。帝都付近の飛び地を報酬としてもらっても、維持に余計な手間暇がかかるからだ。
だから皇帝の命が危ないというのは、象徴以上にこの連合軍を繋ぎとめるくさびとして大きな意味を持つのだ。
その皇帝を守る兵力が本当になくなったのと、その守りをどうするか。それが今、土方さんやスキピオらの悩みどころだった。
だからそれ関連での土方さんらの呼び出しだろうと思った。だが、
「ん、そっち行くから」
と姉さんがそう告げてきた。
そう言われては仕方ない。少し待っていると、姉さんは2人の人物を連れてきていた。その人物は――
「土方さんにスキピオ……」
「よぉ、元気そうだな」
「ふっ、それがイリスの良いところだろ。てかなんで私は呼び捨てなの?」
「いや、なんとなく」
「なんとなくってしどい! いや、呼び捨てで呼び合う仲ってことだな! いやぁ、さすがローマっ子はモテる」
どうやらスキピオも回復したようだった。……ちょっと酷くなってる気がするけど。
そういう意味も含めて一発どついた方がいいかな。いやいや、これでもローマ救国の英雄だって。
「で、なんでここに?」
「別にそこまで意味はねぇよ。ただ、どこも損耗が激しくて兵の編成でてんやわんやでな。だからお前のところで少し野外軍議でもしようかと」
「うちも同じだな。誾千代に全部ぶん投げてきた。私は軍議があるから、と言ったら、あとでビリビリの刑だって……ガクガク」
「はは……」
少し自分が恥ずかしくなった。
この人たちは犠牲を受け入れながらも、次につなげようとしている。犠牲は多い。だからこそ次は負けるわけにはいかない。
その想いがあるから、泣き言も言わずに次の準備につなげようとしている。そういう風に思えた。
「こっちは張遼を失った。死んでないとはいえ、今回はもう無理だろう。ただ相手も呂布を負傷させたというぞ。張遼と関羽による協力だな」
「その2人がかりで負傷ってのもね……」
どんだけチートだよ、呂布。
「それより皇帝をどうするかじゃないかな。これ以上、あの白起相手に戦場に出したままは辛い気がする」
「しかしそれで兵の戦う意義を薄めないか?」
「今の危険な状況。白起という相手。万が一討ち取られた時のデメリット。全てを総合すると、いてもらった方がうちらが不利になる」
「はっきり言うねぇ、イリス」
土方さんがニヤニヤとしながら揶揄する。
「事実だよ。隠しても仕方ない」
「ま、それはそうか」
やけに聞き分けがいいな。と思ったけど、土方さんとスキピオはうなずいて、
「んじゃあ、皇帝陛下にも後方に下がってもらうか」
「いいの? それで?」
「いいも悪いもねぇだろ。今日だって、下手すりゃ壊滅の一歩手前だったんだぞ。イリスと謙信が向かわなきゃ、確実に終わってた。そしてお前らが動けなかったから、今日は勝ちきれなかった。ぶっちゃけ言うと、邪魔なんだよ。戦場で戦うわけでもない。お飾りがいるだけじゃあよ」
ぶっちゃけすぎだろ、土方さん。
まぁでも土方さんも戊辰戦争で苦労するからなぁ。慶喜公の行動とかに。
「ま、そこは私も賛成だ。日が暮れる前にすぐ経ってもらおうと考えている」
そうスキピオが口を挟んできた。
「すぐに? 明日の朝にでも……」
「理由は2つ。1つは張遼ら負傷者を送る中に紛れ込ませたい。重傷者はさっさとこんなところじゃなく、きちんとした場所で治療を受けてほしいからな。そこに皇帝を一緒に送れば、護衛も一緒だから負傷者の護衛にもなって一石二鳥だ」
「なるほど。で、もう1つは?」
「それは……まぁ、なんだ。ただの勘だ」
「へ?」
「なんとなくな。2日連続でこんな死闘をしたんだ。私としてはさっさと軍を休ませて、明日も警戒だけにしてしばらく兵を回復させたい」
「それは分かるけど」
「だが、あの白起という男。これまでもとんでもないことをしてきた。初日のガリア野郎を狙ったところといい、昨夜の味方の奇襲、そして今日だ。その後に何があっても私は驚かんよ」
「まさか、夜襲があるとか!?」
「俺も信じたくはねぇがな。なんとなくあるんじゃないかと思ってる」
土方さんまで。
だって昨日の朝からずっと戦いっぱなしだぞ。そんな状態で夜襲なんて、疲れ切った部隊でどうこうなるはずもない。
スキピオが言う通り、敵と目の前でにらみ合っているわけじゃない。ここで休憩できるならしたいところなのに。
「警戒網は敷いている。一応な。だがそれを上回ることをされると……」
ごくり、と唾をのむ音がした。
それは僕のものだったのかもしれないし、スキピオか土方さんのものだったのかもしれない。
けどどこか暗澹たるものが胸の中に広がる。それは間違いのないことだった。




