挿話61 本多小松(トンカイ軍将軍)
巴御前。
その名を聞くと信幸様を思い出す。
『今巴とな。はは、ならば私は源義仲公か。私が旭将軍などおこがましいな。どちらかというと弟(信繁。幸村)の方が似ている……その危なっかしさも含めてな』
父はよく私のことを今巴、現代の巴御前だと褒めてくれた。
それほどに槍を振るうのが好きで、薙刀では負けなしだったから、それは嬉しく、同時に誇らしかった。
『かつてこの信州(信濃。現長野県)のために戦った英雄の現身を妻に迎えるなど、この源三郎は果報者だ。私は義仲公にはなれんが、お前を想う、その気持ちだけは負けないと思いたい。想いは人を強くする。だから……なんだ、その。末永く、よろしく頼むぞ』
信幸様に、それを褒められたのも何よりも喜ばしかった。
だから私は本当の巴御前、いや、それを越えるものとなるため、武を鍛え、政を学び、奥を仕切る仁を練った。
そのはずだった。
だが今。
「飛び散れぇ!!」
薙刀が空を切る。
いや、それは薙刀といってよいのか。巨大な鉄の塊が横切った。そんな迫力。そして危機。
「これが、一人当千の兵者!」
薙刀が再び来る。
斬るというより叩きつけるという暴力の極み。ただその鋭利な刃に切り裂かれれば、斬るとかいう以前に真っ二つになるだろう。
近づけない。
彼女の半径2メートルに入れず、なんとか後退しながら相手にするのがやっと。
周囲も押されている。
そもそも兵力差もあった。義父上と軍を割ってこちらが3千ほど。対する相手は5千以上はいる。
その上にこの巴の暴勇に圧倒的に劣勢になっている。
やはり、私には荷が重かったのか。
思えばここに集まる面子の中に、どうして私が入っているのか。
義父上をはじめとして、張遼殿、岳飛殿、大祝鶴姫殿、高師直殿。
敵の白起、項羽、呂布、源為朝も見れば史書の中に圧倒的な力を持って暴れまわる猛者たちだ。
さらに上杉謙信殿は軍神として、徳川は直接戦ってはいないが当代最強の武田と互角に戦っていた相手。誾千代殿は遠く九州だと聞いたが、名門・立花家の当主だったこともある。
そして巴御前。
その中でなぜ私が。
取り立てて武勇伝もない。ただ本多平八郎の娘として生まれ、政略結婚として真田家に嫁いだだけの小娘が。戦場に一度も立ったことのないこの私が。なぜ。
思考がまとまらない。
ただ、それがゆえに思考が鈍る。ゆえに、隙が生まれた。
格上の敵。それと一対一にもかかわらず。その隙は致命的。
「隙ありっ!!」
巴御前の薙刀が突きに変化した。
胴体の真ん中に食らう。
刺された。いや、石突き。まだ生きてる。
けど、
「ぐっ……ふ」
痛みが全身を駆け巡る。呼吸が止まり、体が止まった。
それはもうただの木偶。動きを止めた藁人形。
「義仲様のため! 白起様のため! ぶっ潰れろぉ!!」
巴御前の叫び。そして放たれるのはとどめの一撃。
けど。思う。
白起? 義仲はまだしも、白起ってあの白起?
何が起きているのかは分からない。
けど感じた。彼女の想いを。その真剣な純粋な恋慕を。
ああ、きっと。だから彼女は強い。想いは、人を強くする。それは信幸様がおっしゃったこと。きっとあの人は私を守るためにそう言ってくれた。
けどそれは私も同じだ。
あの人を守りたいから。
あの人と共に痛いから。
あの人と添い遂げたいから。
だから想う。
そして、戦う。
それが私。
本多小松という女の生きる道。
必殺の薙刀が横に振られる。避けられない。
それほどに想いのこもった一撃。
避けられずに、胴体が真っ二つにされる。
父が褒めてくれたこの体。信幸様が愛してくれたこの四肢。
それを失い、命をも失う。
それは許されるはずがない。
それが叶うはずもない。
「できるわけ、ない!!」
薙刀を振るう。
負ける。とは思わない。
勝つ。とも思わない。
ただ生きる。
生きて、再び信幸様と再会する。
それのために、ただ戦う。
逃げて逃げて逃げ延びるなど、父上(本多忠勝)にも義父上(徳川家康)にも義父殿(真田幸隆)にも義父上(関羽)にも申し訳が立たない!
金属音。
薙刀で受けた。受けた。耐えれた。
「私の薙刀を受ける……!? 馬鹿な!」
「……そうだ」
「なに」
「私は、信幸様のため、負けられない!」
力を込める。受け止めるだけじゃない。むしろ押す。押し返す。
「くっ、私が!」
「消えろぉ!!」
「くっ、義仲さま!」
その言葉。一瞬。手もとが狂った。
両断するはずの刃。それがずれた。刃先が相手の肩口、鎧に覆われた部分を叩く。それでもバキッという音がしたから骨は砕けたのかもしれない。
「ぐぅぅぅ!!」
「その想いがあるなら、どっか行っちゃってよ!」
「なに、を……」
ここで首を刎ねるべきだ。そう思った。思ったけど、それ以上は考えられなかった。実行すらできなかった。
ああ。私はつくづく甘い。戦場を知らない。
いや、あるいは。それが嫌なら打ちのめして捕虜とすべきか。
そう思ったが遅かった。
右手で爆発。いや、人が、兵が爆ぜた。
代わって来るのは恐ろしいほどの大きな馬とそれに乗る体躯の男。義父上(関羽)よりも巨体だ。
その男が巴を見て言った。
「巴か。よく耐えた」
「項羽、殿」
「退くぞ。白起の命だ」
「っ! 白起様!?」
と、戸惑う巴に近づいた男は巴の肩を抱くと、力づくで馬ごと方向を転換。そして彼女の馬の尻を槍の柄で叩いて走らせた。
「項羽殿!」
「全軍、退却だ。くそ忌々しいが、ここは退く!」
巨躯の男――項羽の眼がこちらに向く。
これが項羽か。
その射抜くような瞳。それで見据えられただけで体が動かない。あるいは相手がその槍を突き出しても抵抗する意志が封印されてしまっているかのようで、動悸が激しくなっていく。
「その女」
項羽が口を開く。
名前を呼ばれたわけではないのに、体が自分のものではないようにびくりと震えた。
「巴に勝つかよ。イイ女だ」
それだけ言い捨てて、項羽は軍と共に去っていく。
なんだかわけがわからない。何が起きたかよくわからない。
それでもあったのは勝ったでも助かったでもなんでもなく。
信幸様に会いたい。
その想いだけだった。




