表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

793/811

挿話62 呂布(ゼドラ国将軍)

「呂布殿、傷は」


 琴が馬を寄せ聞いてくる。心配そうにしているのは、真心からか、あるいはざまをみろと考えているのか。


 どちらでもいい。


「かすり傷だ」


「しかし……」


「俺がかすり傷と言えばそうなる」


「……分かった」


 それきり琴は黙りこくってしまった。

 それでいい。

 今は戦いの余韻よいんに浸らせてほしい。それ以外は邪魔だった。


 張遼。

 強くなっていた。


 次に相まみえる時は、本気でどちらかが死ぬまで戦うことになるだろう。


 次か。


「次は……あればな」


「? ……あ!」


 前方。人の群れがこちらに近づいてくる。

 明確な意思を持った軍。敵だ。数は3千ほど。

 対してこちらは1万はいないが、兵数的には圧倒的に上回っている。


 だがこちらはさっきまで戦い続けて疲弊している。

 俺自身は特に問題ないが、兵たちの連戦への疲弊は隠せない。兵数差を差し引いても、やや有利と言えるか。あとは俺がどれだけ叩き潰せるか。


 ……いや、そうはならないか。


 敵の先頭。

 そこに立つのは赤い肌をした巨馬。赤兎と同じくらい……いや、あれは同じ。

 そしてそれに乗る人物。目障りなほどに長い髭、地面につくほど長い偃月刀。あの頃と変わらない。いや、こいつも少し歳がいってるか。張遼と同じように。


 赤兎を止めた。背後の全軍が止まる。

 相手も同じく馬を、軍を止めた。


「関羽」


「呂布か……」


 まさかこいつともここで出会うとは。

 運命というものがあるというなら、どこまでもこの俺を惑わそうとする。


 最悪だ。

 こいつがいるなら、完全に兵力差はないといってもいい。この傷を差し引けばそうなる。


 ……最悪?


 はっ。戦いを前にそんなことを思うなんざ、呂奉先が落ちたものだ。


「全軍、俺の合図と共に各個に駆け抜けてローカーク門へと駆けろ。ただあの髭の男は無視しろ、いいな」


「呂布殿」


「お前は黙ってろ」


 琴を黙らせて赤兎を数歩前に出す。すると、相手も同じだけ赤兎を歩かせた。


「かつて傷ついた曹操を見逃したが、あれは恩を返しただけのこと。お前には兄者が受けた恨みはあれど恩はない」


「はっ、またあの男か。しかも恩だと? お前も降伏した口か?」


「私はあの男に降伏したつもりはない。漢王朝に降伏したのだ」


「帝を囲ったあの男が漢王朝そのものだ。哀れだな、関羽」


「お前にそれを言われる筋合いはない」


「それほどに俺の最期は悲惨だったか関羽? 死は悲惨か? 戦場で死ぬこと、寝台の上で死ぬこと、どちらも同じ死だ。そこに善悪も優劣もあるわけではない。あるのは負けた。その結果だけだ」


「ここは問答の場ではない。その傷は文遠によるものだろう。だが憐れみはかけん」


 来るか。

 戟を構える。相手も偃月刀を構えた。


「全軍、俺に続け!」


「迎撃せよ!」


 馬鹿が。この勝負。馬を止めた時点でお前の負けだ。

 あのまま突っ込んできたなら勝負は分からなかっただろう。だが馬を止めたお前は、その最大の攻撃力を捨てた。


 ならあとは突破するだけのこと。


「琴、お前は突破した部隊を率いて門に兵を戻せ!」


「しかし、呂布殿は!」


「忘れ物を取ってくる! 援護などすれば殺す」


「……承知!」


 忘れ物。


 目の前にいる男との決着。それ以外に何もない。


「死ねっ!!」


「ふっ!!」


 関羽に戟を叩きつけた。関羽はそれを偃月刀で迎撃する。

 金属音。火花が散った。


 受け止められた。

 だがそれで終わらない。戟を次々に繰り出し、上から右から左から下から斜めから関羽に必殺の一撃を叩き込む。

 それを関羽はこともなげにさばいていく。この。忌々しいほどの男だ。


「ふっ」


 息継ぎの合間を縫って関羽が反撃に転じてきた。

 基本は左右の横なぎ。だが時に変化して頭上からの、と見せかけてやはり横なぎを狙って来る。馬上では横が一番避けづらい。小癪な。その合理主義が鼻に突いていたんだ。

 当然、そのような奴に負けるわけもなく、ことごとくをはじき返した。


 関羽の息切れを待って、今度はこちらが反撃に転ずる。それをしのがれると、再び相手の番になる。


「うぉぉぉぉ!!」


「ぬぅぅぅぅ!!」


 いつ終わるかも判別しない死闘。

 張遼の時にあった高揚感はない。おそらく互いに心底憎み合って、何故殺せないという怒りとわだかまりが渦巻いているだけだ。


「っ、関将軍! 敵に突破されました!」


「手出し無用!」


 部下が突破したか。だがこの男の今の言葉。手出し無用だと。その律義さが、その自分で勝てるという傲慢さが、


「イラつくんだよ!」


「舐めるな!」


 ふたたび剣戟が舞う世界に突入する。


「てめぇ、いつになったらくたばる!」


「兄者が天を駆ける。その時まで我が命は兄者の敵を滅するのみ!」


「兄者、兄者、兄者、兄者! 男色ホモか、てめぇは!」


「否! 父を、母を、兄を慕う。それすなわち中華の心!」


「ほざくな! 父だろうと兄だろうと、俺を殺そうとすれば殺す。俺の邪魔をするなら殺す。それが正義だろうが」


「貴様が正義を語るな!」


「てめぇこそ! くだらねぇ義を語るな髭野郎!」


 いつとも知れぬ戦い。終わりはなく、永遠にこの男と面を合わせ続けるのかと思うと吐き気がする。


 だが均衡はすぐに破れた。


「っ!」


 右のわき腹。激痛だ。

 張遼によってついた傷。それがこの髭野郎との均衡を崩した。


「勝機!」


 関羽がかさにかかって攻めてくる。

 くそ。負けるのか。俺が。

 張遼に負けるのはいい。曹操に負けるのも、よくはない負けた気がしないからいい。


 だがこの男にだけは。

 俺と武を張るこの男にだけは。絶対に負けるわけにはいかない。


 だがこの痛み。これはこの男の前では致命的。


 ああ。くそ。

 この男との打ちあいに付き合わず、さっさと切り抜ければよかったものを。


 俺は死ぬ。

 だがタダでは死なない。

 ならせめて奴の馬でも……。


 ――違う。

 ダメだ。

 この男の馬は赤兎。なぜこの男が乗っているのか分からんが、俺の赤兎の生き写し。まさか同じではないだろうが、完全に見た目も何もかも同じだ。

 そんな赤兎を俺が殺せるわけがない。


 負けか。

 完全な。敗北。


 関羽の偃月刀が、真横に、俺の首に迫る。



 その刹那。



「呂布殿!」


 突風が吹いた。


 その風にあおられ、赤兎が姿勢を崩す。俺と関羽。両方共だ。


 それによって生まれた隙。

 関羽の横なぎを体を横にずらすことでギリギリ避けた。死ぬだなんだ言っても、完全に無意識に動いていた。


 そこへ聞き覚えのある声が響く。


「関羽!!」


 女のくせに男らしい声を出すやつ。

 琴だ。


「馬鹿、来るな!」


「ぬぅ!!」


 関羽が馬上で体を駒のように回して、背後から迫る琴を迎撃する。

 琴は反応できない。遅い。


 その体が宙に跳んだ。


 斬られた。

 胴体を真っ二つにされ、飛び散った――わけではなかった。


「法神流……新・神心真空烈風撃しんしんしんしんくうれっぷうげき!!」


 琴は空中で一回転すると、関羽の持つ偃月刀に似た刀を縦に振るう。


 次の瞬間、血が舞った。


「ぐっ!!」


 関羽。肩が斬られている。


 何が起こったか分からない。

 ただ好機であることは確か。そしてその好機は2つ。


 関羽を斬るか。

 ここから離れるか。


 いや、もう1つ――


「呂布殿!」


 琴の叫び。

 あの馬鹿。

 くるくると宙を舞う彼女は、そのまま着地すれば敵のど真ん中。次の瞬間にはなます切りにされる。


「赤兎!」


 赤兎が声に応えて走る。

 雑兵が阻もうと赤兎の前に出てくる。


「よせ! お前らでは!」


 関羽の忠告の声も遅い。

 突き出した戟で数人を血祭にすると、琴の落下地点にたどり着く。


「来い!!」


「っ!」


 琴がこちらを睨みつけるように、その視線をまっすぐに向けてくる。

 ああ。その目。


『奉先様。私の命を、あなたに預けます』


 貂蝉ちょうせん

 董卓を討つと決めた時と同じ。あの目に俺は惹かれたんだ。


 それと同じ瞳を持つこの女。


 琴の手を掴む。その小さな手。これがあの関羽を斬った者の手かというくらいにか細い。それを一気に引き戻し、彼女の体を抱きしめる。


「ほっ、呂布殿の黎明たる助力に感謝を」


「この馬鹿野郎! なんで来た!」


 赤兎を走らせ、戟で進行の邪魔をする雑兵を斬り捨てながら怒鳴る。


 だが琴はケロリとして、


「ボクの生死の境はキミに預けた。その虚無の向こうにあるきらめく星がボクを救った。だからこれはその恩返しさ」


「わけのわからんことを……」


 恩返しだと。

 あの髭と同じことを言いやがって。


 だがそれをそのまま糾弾するのは、なんとなく格好がつかない気がした。


「赤兎に乗せる女は1人と決めていた」


「それは魂魄こんぱくにかけて申し訳ない。だがそれは気にしなくていい。ボクは男だ。だから赤火隆々、疾神行の赤兎馬には女性は乗せていない。そうだろう?」


 そう言って小さく笑う。その表情が、なんとなく緊張を解く。

 貂蝉の代わりとか言ったら突き落としてやるところだった。


 くそ、調子が狂う。なんだこいつは。

 数か月一緒にいるが、まったくわからない。


 ただあの髭に一発かましてやった。

 そのことがなんとなく愉快ではあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ