挿話60 呂布(ゼドラ国将軍)
「遼、来、来!」
張遼が槍を振り上げ迫る。
ただの槍の構え。だがそれが異形に映る。張遼のその体。それが2倍にも3倍にもなったように見えるのだ。
錯覚か。
いや、それ以前に。
気おされている? 俺が?
その異形の姿に、後光がさすかのように煌いている。その姿はまさに守護神。あるいは帝釈天とでも言うのか。
失望したぞ。張遼。
神だなど、幻惑に満ちた虚像にすぎん。人は人でしかない。そして人が勝ち取ることができるのも、人の範疇でしかなく、それを実現できるのは力だけだ。
その力を、くらえ。
「跳べ――いや、飛べ、赤兎!!」
叫ぶ。その声に応えるように、赤兎がいななき、地面を蹴った。
それだけに終わらない。跳躍の跡に来る落下。それがなく、視界がどんどんと押しあがる。
落下することのない跳躍はすなわち飛翔。
我が渾名である飛将とすなわち同じ。
「駆けよ、天馬飛将赤兎!」
赤兎は飛ぶ。皆の頭上を。まるで見えない翼でもあるように。空を蹴り、天を疾る。
この異能を使えば、敵軍を撃滅できる。
そう白起は言っていたが、そんなつまらないことに使うつもりはない。そもそも滞空できる時間は1分に満たないのだ。
だからこれは自分が望む場所にたどり着くための異能。大軍の中に縮こまって出てこない、曹操を殺すための異能。
だが今は違う。
赤兎を旋回させ、向かう先にあるのは我が敵。張遼。
上空から流星のごとく駆け抜ける赤兎と俺の一撃。たとえ相手がどんな異能を持とうが、一撃のもとに粉砕する技。
「喰らえ」
張遼の視線。こちらをしっかりと見定めた視線だ。
その視線を真正面からぶち抜く。
駆けた。
空を疾走する赤兎に身を任せ戟を構える。
張遼。その体は別段大きくなったわけではない。だがその武威はこれまでにないほどに膨らんでいる。
それに呼応するように、奴の周囲に何か光のようなものが滞空し、それが槍に集まっていくように見えた。
何か危険。
それが頭によぎるが、だからどうしたという思いがある。
危険ごと吹き飛ばし、敵を破壊する。
俺と赤兎はいつもそうだった。それでよかった。
「おぉぉぉぉぉ!!」
口から咆哮がほとばしる。
これほどの危機を感じたのはいつ以来か。あの関羽とやり合った時以来か。さすがだ。張遼。俺にその意識を抱かせるところまで来たか。俺の眼に狂いはなかった。
だから行く。
全身全霊でぶちのめす。
張遼はこちらから目を離さない。そしてその槍を、きつく握りしめた状態から一直線に放った。
こちらも戟を振るう。
「遼、来、遼、……雷!!」
光が放たれた。
いや、張遼の槍が光を放っている。淡く光る何か。それが危険の正体。
「赤兎、お前の力を貸せ!」
咄嗟に叫んだ。俺とお前。一体になれば奴を倒せると思った。そうしなければ勝てないとも思った。
赤兎が小さくいななく。伝わった。それだけで十分だった。
戟が行く。
槍が来る。
ぶつかった。
瞬間、何かが爆発した。俺の戟がぶつかった地点に生まれた。
そして全身を貫く鋭い痛み。痺れ。体全体を振動させるような衝撃。そして視界が白に染まる。何も見えない。
それがどうした。
そんなもので俺が、呂奉先が、負けを認めるとでも思ったか!
「ああああああぁぁぁぁぁ!!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
激突した戟の先。重みが伝わる。張遼の槍。それがこちらを貫かんと力を増す。それを叩き潰さんと、こちらも力で応える。
だが膠着した。
力と力は互角。
いや、押す。ただ押す。
なぜならこちらは赤兎と共にあるからだ。何よりこの呂奉先の力に敵う者はいない。
「死ね、張遼!!」
「っっ!!」
押し切った。
そのまま張遼の胸を貫く。それで終わりだ。
「まだだ!!」
張遼の叫び。
だが弾いた。張遼の槍は天を向いている。その体に守るものは何もない。
そのまま刺し貫く。
――刹那。
痛みが走った。
そして手ごたえを感じた。
一瞬の暗転。
体に衝撃。ドカラっ、と赤兎が地面に降り立ったのだ。
交錯していた。張遼は背後。互いに背中を向け合う。
通常ならそんなことはありえない。だが今やこの戦場には、俺と張遼にはありえた。
周囲に、すくなくとも10メートルには誰もいない。その外では兵たちが殺し合っている。それが遠くのように聞こえた。
「相打ち……」
張遼がつぶやく。俺は赤兎を振り向かせ、張遼も同時にこちらに馬首を向けた。
「いや」
つぶやく。
そして生前は二度と吐かなかった言葉を、
「俺の負けだ、張遼」
吐いた。
俺の脇腹。そこに深々と刺さった独鈷のようなもの。それを引き抜くと、血が噴き出た。
深手だ。
人生でここまでの深手は負ったことがない。
しかも全力と全力を出し合っての果て。
「強くなったな、張遼」
先ほどは小手調べでの言葉。
だが今は、心の底からそう言えた。気がした。




