第88話 VS白起
思えば、白起。この男にずっと僕らは苦しめられてきた。
この男が指揮する項羽、呂布、源為朝。それによって帝都は灰燼に帰して皇帝は住処を失い、僕の全国を回る旅が始まった。
ツァン国、ザウス国、トンカイ国、ゴサ国、エティン国、そして再び帝都へ。
敵対しているゼドラ国と正反対の島国であるクース国以外の八大国のうち6つを回ったことになる。
そう。その旅がなければこうも皆と知り合うこともなかったわけで。
この男がいなければ、こうしてここに立っていることもいなかったわけで。
ただ感謝したいわけじゃない。
そのうえで、数多くの死に向き合った。出会った人との永遠の別れを余儀なくされたこともあった。
それが全て白起のせいではない。
けど。
けれども。
思えば春秋戦国時代。長平の戦いで趙をボコったのは彼が率いる秦軍。
その秦軍を止めたのは、信陵君(戦国四君の魏無忌)率いる各国の連合軍。
歴史は繰り返すというか、きっと彼らも出会いと別れを繰り返して戦い続けたのだろう。
そして白起も自ら軍を発したわけではなく、王に命令されてそうしただけのことと考えれば……そうと思えなくも、なくも、ない、かな?
いや、それはたぶん感傷。
結果として多くの人が死に、多くの涙があり、多くの怒りが生まれた。それは許されるものじゃなく、せっかく平和のうちに暮らしていた帝都を破壊した罪は許されるわけはなく、ここまで多くの人々の命を奪ったその償いはしてもらおうと思っている。
なーんて。
全国統一しないとあと3カ月ほどで死んでしまう僕が言えたことじゃないけど。
もしここで白起を倒せば。項羽と呂布が残るにせよ、ゼドラ国は大きくその力を減じるだろう。
そうなればゼドラ国を帝都から追い出し……あるいは滅ぼすことも可能じゃないのか。そう思ってしまうわけで。
ここで白起にやられればそのまま命を失う。
白起を倒せばゼドラを制し、イリス・グーシィンという人物はこの後も長寿を保って生きていけるかもしれない。けどそのためには、このゼドラ国すらをも超える大きな罪を背負って生きていかなければならないわけだ。
そろそろ、僕もどっちにすべきか。考える時が来たのかもしれない。
「けど、そのためにはここで勝たなきゃなぁ!!」
気合と共に赤煌を白起に突きつける。
「っ!!」
白起の剣が無言の気合とともに僕の赤煌を弾いた。
敵の総大将が前に出てきている。つまり叩くチャンス。
「イリリ、無茶しないで!」
「無茶はしない! 鶴は下がって! 皇帝を守ってくれ!」
「わ、分かったわ!」
スキルを失った鶴姫は、並より少し上の武勇しか持たない。ならこの混戦では危険だった。それ以上の意味はない。
姉さんも僕の横にぴったりついて、僕に近寄って来る敵を打ち払っている。
大丈夫だ。思考は回る。視野も開けている。
白起という歴史的英雄であり、最凶の敵である以上。緊張は隠せないけど体の動きも悪くない。いける。
「はぁぁぁぁぁ!!」
早さに重きを置いた赤煌の乱れ撃ち。
それを白起は剣でいなす。
ちっ。白起のスキルは相手のスキルを打ち消すとかいうトンデモスキル。
ただ逆に言えば、僕の軍神のようなバフ(デバフ)や林冲や為朝のような必殺技と異なり、素の強さには一切影響しない。
なのに。軍神を発動しているのに押し切れない。
つまり素でも項羽、呂布レベルとはいかなくても、僕とタメ張るレベルの武勇は備えているということか。
「なるほど、強い」
焦りなど一切感じたことのないような淡々とした喋りに、逆にこっちが焦る。
「イリリ! 大振りはダメ! 小さく、速く、丁寧に殺しなさい!」
「分かってる!」
いや、分かんないよ。なに、タヒラ姉さん。そのアドバイス。
焦りが出る。
それは軍神により刻一刻と削られていくことに対する恐怖もあるけど、それ以上に感じてしまう。
白起はまだ本気を出していないんじゃないか? と。
そしてもう1つ。
この状況において、気づかれたらすべてが終わる。そのことに――
「その強さ、異能か」
「っ!!」
気づかれた!
僕が白起と対等以上に打ちあえていること。それが素の武勇ではなく、軍神スキルによるものだということに。
スキルの影響。そして白起のスキル。
「ふっ!」
「しま――」
一瞬の動揺。そこを突かれた。赤煌が弾かれ、体が泳ぐ。
そこへ、
「我罪天通」
パリン、と何かが割れる音がした。
物理的なものじゃない。形而上の何か。見ることも触ることもできない、それでも存在する何かが砕けた。
そしてそれは、僕の命を守る全てだ。
「死ね」
白起の感情のない言葉、そして容赦ない斬撃。
赤煌で防ぐ――重い。スキルでバフがかかってない状態だと、確実に反応が遅い。持って歩くだけじゃなく、片手でこんなものをよく振っていた。それもこれも軍神というスキルのおかげ。その加護がなくなった時点で、これはただの重たい金属の棒だ。
完全に出遅れた。そしてそれは、僕の限界となる。
迫る白刃。死神の鎌。
避ける暇も、力もない。
ああ。なんて傲慢な想いを抱いてしまったのか。
白起を倒したらゼドラ国は弱体する? そうなったら全国制覇できる? 冗談じゃない。相手は白起だぞ。あの時代。誰も戦場で倒すことができなかった不敗の将。
それを僕ごときが、ちょっと軍神をかじっただけの僕が。簡単に倒せるだなんて驕慢にもほどがある。
だからこれは罰だ。
敵を軽んじ、己の力量を見誤った。その罰。
そして戦場における罰は、すなわち死と同義でしかない。
ごめん。皆。こんなところでこんなことで終わる僕を許してくれ。
「ごめん――」
謝罪の言葉が口に出た。
その刹那。
「――――」
何かが駆け抜けた。
白起の剣が砕け、即座に彼は馬を返す。
斬撃が彼のいた空間を薙ぎ、そしてそこにいた白い行人包みの人物は続けざまに手近な敵を斬り倒す。
「軍神が謝る時」
そしてその人物はつぶやく。
僕に言っているのか、あるいは自分に言い聞かせているのか。分からない。分かるはずもない。この人のことは、歴史を紐解いても常人には理解できない。だからこそ英雄。だからこそ軍神。
「それはこの世から戦がなくなる時だ」
上杉謙信が、単騎でそこにいた。




