挿話57 白起(ゼドラ国大将軍)
敵の動きは想定内だった。
敵の動きを制限し、一気に趨勢を決める一撃を放つ。その策はほぼ順調に行っている。
とはいえ諸所で兵数差による優劣はどうしても出てしまう。
ただそれはまぁ必要な犠牲というものだ。戦場である以上はどうしようもない。
本来ならもっと精練された策でもって敵を討つべきだった。味方の犠牲は少なく、敵は多く。それができれば最上だ。
あの長平で行われた趙との戦はまさにそれだった。
だがこの世界ではどうも勝手が違う。
項羽、呂布、鎮西八郎。そのような手駒がいて、それに類するものが敵にもいる。
まさに廉頗が何人もいるようなもの。おいそれと罠に嵌めようがない。
それに後方からのせっつきに、どこか逆らえない自分がいる。早く敵を撃滅せよ。その言葉で持久戦は不可能になった。
だから戦場で、多少犠牲を出してでも撃滅する。
昨日はクース国を使った。それで敵に大きな打撃を与えた。だが鎮西八郎という駒を失った。
それは痛手だったが、それで戦局が圧倒的不利になるかといえばそうではない。敵は烏合の衆。いくら廉頗に類する者たちがいるとしても連携は密にはなりえない。
少し前に燕の楽毅が5か国の軍を率いて斉に討ち入り、2城を残して制圧したという話があったが、それは他国に人がいなかったから。そして斉に人がいなかったからだ。
もし斉に廉頗がいて、軍を操れるのであれば楽毅の功はなかっただろう。あるいは孟嘗君が斉に残っていれば、そもそもそのようなことは起きなかっただろう。
つまり今、敵には才あるものが多すぎて、さらにそれらをまとめ上げるに足る巨星がいない。それによって連携にはどこか齟齬が生じてしまう。
そこを突いた。
項羽と呂布。少し乱暴な使い方だが、あの2人なら十分にこなすと考えて、今現にそうなっている。
だがここで目指すはより確かな勝ち。
敵を破るのはいい。秦で評価されるのは敵の首の数だ。
だから手柄は十分。
あとはこちらの犠牲を少なくするため、完全な勝利を迎えるだけだ。
そう考えたから、本陣から1千率いて離れた。夜が空ける前のことだ。
それから戦場を大きく北に回り、そして開戦を待った。
敵の左翼を抑えるように動いた本陣は、副官に任せただけの空の軍勢。死んだ副官の跡を継いだまだ力量の不確かな男だが、敵を足止めするくらいはできるだろう。できなければ意味はない。
その間に必殺の一撃で皇帝を殺す。
それでこの戦いは終わりだ。
皇帝の名のもとに行われたこの反ゼドラ連合。それが皇帝が死んでなお続くことがあるのか。
だから行く。
皇帝を目指して。敵の左翼のさらに外側から大きく回り込んだ我が軍は、確かに戦場の後方にいる敵軍――皇帝の馬車を捉えた。
「全軍、餓狼となりて皇帝を討つ。他には目をくれるな」
喚声はない。ただ粛々と枚をくわえさせた馬を走らせれば、音もなく皇帝を殺せる。
戦場に音は要らない。ただ結果があればいい。
たださすがに馬蹄の音は消せない。1千騎ともなればなおさらだ。
皇帝の馬車を守る軍、わずか1千が狼狽したように動くのが分かる。この距離になれば今更逃げ出しても遅い。敵が迎撃の構えをとっても不意をうったこちらの有利は変わらない。
1千が防いでいる間に馬車が逃げようにも、馬車に速度はない。追いついて殺すだけだ。
しかも敵は悪手を打った。
兵を半分にして迎撃と皇帝の守備に回したのだ。愚かとしかいうほかはない。
こちらは勢いのついた1千。それに兵を減じるとは。
500は一撃のもとに粉砕した。一瞬の交差だったが、2人斬ったと思う。500はほぼ全滅だ。
その間、わずかでも逃げようとした皇帝の馬車が少し距離を置いてある。
逃がすか。
その想いが馬を走らせる。
あとは残った500を撃滅して、皇帝を馬車から叩き落して首を落とす。
10歳と聞いたが関係はない。この戦場にいる以上、いや、群雄割拠の王として君臨する以上、年齢も性別も何も関係ない。殺すか、殺されるか。ただそれだけのこと。
「皇帝の首には100倍の褒賞を約束するぞ! ただ殺せ」
配下の熱を煽る。それでここは勝ちだ。
配下が我先に突っ込む。護衛の500はその勢いに押され、どんどんと数を減らしていく。
馬車が倒れた。無理に走らせようとしたのか、馬が倒れたようだ。
そこから豪奢な衣服を着た1人の少年と、その脇に女が2人。あの若さで後宮気取りか。
これで詰みだ。
たとえどのような俊足でも、騎兵から逃れることはできない。ましてや10歳の子供と女2人。すべては終わった。
「皇帝陛下、その御首級。頂戴いただく」
腰を抜かした様子の皇帝。その前に女――いや少女が2人出る。
「アイシャちゃん! なんとしてでも守るよ!」
「ワタシに命令しないでくださる! ふん、たとえ最期になっても……」
どうやらあの2人の少女は護衛らしい。確かに剣を握るのは様になっている。だがそれだけだ。
そしてそれは同情するようなものではない。
剣を向けた。ならば兵だ。敵だ。敵ならば殺す。それが戦場での倫理。それほど簡潔なものはない。
「殺せ」
命じた。
1千が動き出す。
あと数秒。それで全ての決着がつく。呆気ないという思いと、この程度という思いが駆け巡る。
皇帝の命が終わる。
――その刹那。
「白起!」
女、いや少女の声。
そして、閃光が来た。




