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挿話55 上杉謙信(エティン国将軍)

 不穏な空気が流れていた。

 戦場における、なんとも言い難い空気。あのクソ坊主(武田信玄)の放つ、計略のにおいというべきか。


 自分は今、張遼らエティン軍と高杉とやらのツァン軍の後方にいる。彼らが敵を受け止めたらその合間を縫って敵本陣に躍り込み、白起の首を挙げる。

 あの史記に出てくる白起と手合わせを願えるなど、光栄の極みだった。


 だがそれ以上にこの戦場の空気が気になった。

 それが何かを感じ取る前に敵が来た。


 正面から来る敵。それは張遼がまず止める。おそらく敵は呂布。張遼とは因縁があるというが、昨日は決着がつかなかった。その結末も気になるが、それ以上にこの謎めいた空気が後ろ髪を引いてならない。


 と、突風がきた。


 向かい風にもなる方向から、目も明けられぬほどの突風。

 風はほぼ薙いでいたのに、突然。しかも激突の直前に起こるこの突風に違和感を覚えるまでもない。1つの顔が浮かんだ。


 琴と言った。あの娘。

 呂布と共に向かってきたが、武技においては常人より少し秀でたくらい。うちの鬼小島(弥太郎貞興)や柿崎のジジイよりはるかに劣るだろう。

 だから受けて立つとはいえ、半ば手抜きで勝てる相手だ。そう思った。


 だが違った。

 彼女の放つ薙刀。その一刀一刀に風が乗った。


 それがこちらの勢いを削ぎ、相手に勢いを与えた。


 結果、我が異能による不外はずれずの槍も目標を過り地面を穿うがっただけで、決着はつかずに物別れした。


 そして今。突風により始まるこの戦い。あの琴と名乗った娘が関与しているのは自明の理だ。


 張遼の軍がそれを抑えるが、勢いは敵にある。

 さらに先頭を呂布が行けば、その力は倍になる。


 あれを張遼が抑えられるか。

 疑問に思ったが、行けばおそらく彼の誇りを傷つけるだろう。そもそもが隣の高杉らと合わせれば兵数的には勝てる。ここで我が無理に出て、勝利の陣形を崩すわけにはいかなかった。


 だがその思いもすぐに途切れた。

 戦場に異変が起きた。それは敵の右翼が戦場を左から右へと横切り、高杉らの軍に横やりをくれたのだ。


 完全にやられていた。

 こちらの右翼を完全に叩き潰すつもりでの策略だろう。こちらの左翼が気づいて追撃しようとするが、それを敵の本陣と右翼の後衛が防ぎにかかる。


 まさにあのクソ坊主(武田信玄)との戦いと同じだ。

 我らの右翼はあのクソ坊主(武田信玄)の本陣。戦場を横切った右翼は我ら上杉の本隊。切り離した後衛は甘粕総七郎(景継)の殿軍。そして追いに追う我が左翼は、騙されて怒り心頭の妻女山の別動隊(高坂昌信、馬場信房ら)ということか。


 ……我らがあの山猿たちの側というのが気にくわんがな。


 敵の右翼がツァン軍を切り裂いていく。おそらくその先頭は覇王・項羽。

 それと単純に武を張り合うには、おそらくあの2人では不足。いや、それに対抗できるのはこちらでは2人。張遼はおそらく一歩及ばないし、呂布にかかりきりだ。あとはウェルキンゲトリクスがいい線だったがもういない。

 つまり我とイリス。

 そしてイリスが本陣についているのだから、ここではあの覇王を止めるのは自分しかいない。


 ――そのはずなのだが。


 体が動かない。

 別段、恐怖に竦んでいるわけではない。

 ただおかしい。

 そう思っただけだ。


 それは全くの勘。

 だが、毘沙門天のささやく勘だ。


 この我の天才的で芸術的な川中島での戦闘を模したこの戦術。

 そこには奇妙な点がある。


 すなわち、項羽が狙ったのが敵の右翼ということ。

 この策が生み出す最上の結果は、敵の頭を討つこと。すなわち総大将。一番、肉薄しづらい相手に肉薄するからこその奇襲。なのにこちらの総大将である皇帝を狙わずに右翼を潰すことに疑問を感じた。

 もし右翼が持ちこたえれば、左翼によって挟撃される。そうなれば敵に逃げ場はない。


 そう。川中島あのときは越後に帰ることが第一義だった。あのクソ坊主の首はついでだ。

 だがここでのゼドラ軍に退路はない。いや、こちらを撃滅しない限りは勝ちにはならない。その主目的は皇帝の首。


 なのになぜ皇帝を狙わないのか。

 わざわざ危険をおかして、右翼の撃滅という些事にこだわるのか。


 何かが違う。


 だから動けない。

 いや、動き必要はない。


 戦場を流れる空気。

 回転する頭脳。

 それらが1つの解を見つけ出し、そして我をここにとどめ置いたのだ。


 つまり敵の狙いは――


「全軍反転、これより皇帝の軍に合流する!」


 そうだ。ここまで派手にやっていること。それそのものが陽動。

 派手な陽動に紛れて頭を潰す。あのクソ坊主がやっていたようなことと同じ。


 つまりそれが敵の狙い。

 そしてあの男がそこに来るのは間違いない。


「白起!」


 叫び、そして駆ける。

 後続など気にしない。したことがない。ただただ、単騎で駆ける。それが我の戦。我の生き方。


 そしてたぎる。

 体が、心が。


 敵を倒せと。撃滅しろと。

 敵の名は白起。史記における最凶の将。


 相手にとって不足は、ない。

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