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第86話 奇策

 作戦はあった。


 兵力がこちらが多い以上、こちらの方が動かせる駒は多くなる。

 敵が3つにわかれるなら、その2つにこちらの軍を当て、残った部隊で敵の本陣を突く。簡単といえば簡単だが、こちらは混成軍。だからそこの動きはある程度決めが必要で、それゆえに不測の事態に対応しきれない。


 まさにそこを突かれた形だ。


 こちらの右翼。高杉さんと土方さんのいるツァン軍と、張遼率いるエティン軍に対し、1万ほどの敵がつっかかってきた。方向的には外回りになるため、一番外側に配置されていたエティン軍が迎撃に入った。

 そうなると残る高杉さんらツァン軍が、その敵の横腹を突くないし、素通りして敵の本陣を狙ってもいい。


 そして対する左翼は、スキピオと誾千代のキタカ軍が、関羽と小松のトンカイ軍の補助を得て、敵の1万とぶつかる――そのはずだった。


 だが敵の動きはそれを裏切った。


 敵の右翼は真正面からキタカ軍にぶつかると見せかけて、そのまま回れ左。何を、とスキピオたちが困惑に止まる中、ゼドラ軍の右翼はそのまま戦場を横切る。

 なにを、と考えた時には遅かった。

 敵右翼にそのまま当たろうとしたキタカ軍とトンカイ軍は一時、動きを止める。予想外の動きすぎて、何が起こるか分からなかいからその動きは正しい。


 ただそれをあざ笑うかのように、敵右翼は彼らの前を通り過ぎる。

 そして気づいた時にはもう遅い。


 敵右翼はそのまま戦場を縦断し、高杉さんら率いるツァン軍に突っ込んでいった。

 正面からではなく、完全にそんな方向から来るはずもない攻撃、奇襲だ。

 ツァン軍が半ばから、猛獣に食いちぎられるようにボロボロになっていく。


 その敵右翼を相手にしようとしていたキタカ軍とトンカイ軍は、後手に回ってその右翼を追おうと軍を右に向ける。そこになんと敵の本陣が突っ込んでいった。

 軍の向きを変える一瞬。そこを狙われれば、敵の方が少ないとはいえ受けに回らざるを得ない。

 さらにそこへ戦場を縦断していた敵右翼の後ろが分かれて方向転換、トンカイ軍に襲い掛かったのだからその混乱は拡大していく。


 つまり鶴翼はフェイク。最初の布陣でこちらに疑念を抱かせ、その後の動きで戸惑い止める。そのための偽計。

 完全に相手の動きに惑わされてこちらが一気に劣勢になった。


「くそ、どうなってる!」


 それを後方から見ている僕には何もかもが克明に映った。何が起き、何が起きなかったのか。


 ただそれも全て後方から見ていて分かったこと。

 前線にいれば、めぐるめく変わる軍の位置に翻弄され、何もわからずまま戦いを始めるしかないのだろう。


 すでに戦場は劣勢。

 全軍が敵とぶつかり合ってどうにもならない状態。


 なら残るは僕と、上杉謙信の遊軍。それをぶつけるしかないわけだけど、この混沌とした戦場のどこに……。


「とにかく前に出よう! どこかを助ければ数で勝ってるから逆転できる!」


 即断する。けど、そこに待ったが入った。


「イリリ、待って!」


「姉さん、なんで!」


「いいから待って!」


「いいからって……」


「嫌な感じがする」


「嫌な?」


 正直、何の確証もない姉の戯言に付き合う暇はない。刻一刻と悪化していく。さっさと手を打たないとどうしようもなくなるぞ。


「とにかく動く。それから――」


 途端、グイっと襟首をつかまれた。そのまま後ろに体が飛ぶ。

 そして何か硬いものが体に当たった。金属、いや、鎧だ。甲冑に僕は包まれて、前にも後ろにも行けない状況に追いやられている。


「イリリ、落ちついて」


「姉さん……」


「イリリが落ち着かなきゃ、どうにもならないでしょ。大丈夫、イリリならできる。だから一旦落ち着いて。それから行こう。あたしはどこまでだってついていくから」


「…………分かったよ」


 鎧をつけている以上、体温は伝わらない。けど姉さんの熱は僕の心を温めているのは確実。凍った心では、柔軟な動きはできず、すぐに割れてしまう。

 氷が溶けて、柔軟さを取り戻したのならやれる。

 そうだよな。一番落ち着きのない人にそれを言われちゃ、敵わない。


 よし。改めて考えよう。

 相手の目標。それはこちらの右翼、高杉さんと土方さんのツァン軍と張遼と上杉謙信のエティン軍。

 それを敵の左右で一気に狙い撃ちした。

 一撃目はともかく、二撃目は確実に奇襲になった。あちらは今、大激戦だろう。


 だが考えろ。そもそも敵は数で劣っていた。

 それが全体的に圧倒する。そんなことあるわけがない。


 つまりそこが偏り。この戦いの隙。

 敵はこちらの右翼に全兵力を集中した。つまりそれはこちらの左翼は無傷ということ。

 敵本陣が突っ込み、戦場を縦断した敵右翼の後方が残ったものの、数の上では左翼はこちらが圧倒的有利だ。


 そうなれば後は時間の問題。

 こちらの左翼が敵を突破して右翼の危機を助けるか、敵がこちらの右翼を徹底的に撃破するか。どちらが先か。


 ただこちらの左翼は、それ以上の手を打ってきた。


 スキピオの軍は1万6千。その半分を離脱させた。半分になっても敵と互角の兵力なのだから、それも可能だ。

 問題はその半分をどこに向けるか。

 自分たちの戦場を有利にするため挟撃をさせるか、あるいは敵本陣がいるならそこを徹底的に狙って白起を叩くか。

 あるいは――


「さすがスキピオ」


 スキピオは3つ目の選択肢を取った。

 今戦っている敵は完全無視。そのうえで軍を南下させ、ツァン軍を攻める敵右翼の後ろに噛みつかせた。


 さらに逆方向でも別の動きがあった。

 上杉謙信が率いる2千の騎兵。元は敵を抑えたうえで、僕らと共に敵の本陣に襲い掛かる手はずだった彼らが、大外から敵の左翼に横やりを入れたのだ。

 それで互角の左翼は安定した。


 完全に総力戦。ただ形勢は徐々に好転する。


 なら、あとは僕がどうするかだ。

 このまま本陣に居座っていてもいい。けどせっかくの兵力だ。ここで一気に勝負をつけるためにどこかへと急行すべきなんだろうけど……。


「姉さん、嫌な感じってのばまだある?」


 それが気になる。

 本能のおもむくままに戦うタヒラ姉さんにとって、その勘は無視していいものじゃない。


 何かがある。だからこそ、ここで留まろうと思うわけで。


「あるよ。けど何かは分からない。けど嫌な感じ。このままだと多分、負けるような。そんな感じ」


 鶴姫を見る。けどポカンとしている。

 分からない。当然だろう。形勢は変わる。けど何が……。


 その時、閃いた。

 相手の戦術を悟ったわけじゃない。


 ただ白起が、こうも愚策を打つか。

 そう愚策だ。見た目が派手で最初は劣勢だったから分からなかったけど、これは愚策。

 兵力差が出る以上、こうなるのは自明の理で白起にそれが分からなかったわけがない。


 なら何が。


 だがその疑問は。


「て、敵襲!」


 突如舞い降りた報告によってもたらされた。


「敵襲! 狙いは……皇帝陛下です!」

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