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第83話 失意のうちに

 失意の中、僕は戦場を離脱して本陣へと戻った。


 唯一の明るい要素としては、500ほどの部隊が2つ。外側に敵を追っていたので、為朝の最期の攻撃の射程範囲外にいたらしく生き残っていたことだった。

 それでも1千人。

 5千500で攻撃して、生き残ったのが1千と1人だなんて。本当に悪い冗談みたいだ。


 敵の為朝は倒したとはいえ、こちらも岳飛将軍にジャンヌ・ダルクを失っている。

 損失ではこちらの方が圧倒的に多い。


 いや、失ったものを数字で考えちゃいけない。

 そしてそれに引きずられてもいけない。託された者として、失敗は次につなげないと。


 ただ、その結果を皆に知らせるのは辛かった。

 本陣には出かけていったときと同じメンツが残っていた。さすがにこの奇襲の結果次第で今後の対応が変わるとなれば、おちおち休んでいられなかったのだろう。


「岳飛が……」


 土方さんが愕然としたようにつぶやき、うなだれた。

 その様子を高杉さんが複雑な表情で眺めている。


「そう、あの子。死んでしまったのね……」


 そうジャンヌの死を悼んだのは鶴姫だった。

 信仰を持つ者同士、何か惹かれ合っていたのだろうか。


 誰もが沈痛の表情でいる中、朗々とした声を出すのはスキピオだ。


「承知した。2人のことは残念だったが、敵将を討ったのは大きい。何よりイリス、お前を含めて1千もの兵が戻ったのだ。今宵はこれにて散会して、明日に備えよう」


 そのそっけなさすぎる言葉に、座がさらに静まり返った。


 一体誰のせいでこうなったんだ!


 少し前の僕ならそうスキピオをなじっていただろう。

 けど岳飛将軍から受け継いだもの。そしてスキピオがどういった心持でそれを言っているのかを考えると、下手な追及はこの場を壊すと考えてしまう。


 そう。スキピオだって辛い。何より一番。

 彼がこの奇襲を立案した。それを受けたのは岳飛将軍とはいえ、それを気にしない軍略家はいないだろう。

 しかも自分が出撃するわけでもなく、ここで(言い方は悪いが)ぬくぬくと勝報を待っているだけの身分だったわけで、それを彼が恥じているのは言葉にしなくても分かった。


 だが、だが、だ。

 だからこそ彼は、立案した軍師の立場として、何より今ではキタカ軍をまとめる者として、決して失敗だったとか自分のせいだとかを表に表してはいけない。

 それをしたが最後。彼の言うことを今後誰も聞かなくなるし、何をしても響かなくなる。


 だから彼は強がりだとしても、ああ言うしかなかった。それが軍略家としての辛さだろう。

 幸いなのは、ここにいる誰もがそれを知っていて、本心で彼のせいではないと分かって何も言わずに席を立ったことだった。


 僕もそれに倣った。

 陣幕を出て、3歩歩いたところで突然背後から覆いかぶさられた。

 振り向かなくても誰かは分かる。背中に当たる感触――いや、こんなことをする人間は1人しかいない。


「姉さん……」


「ごめん。もう我慢できなかった……よく、よく戻ったね、イリリ」


「…………うん」


 いつもならセクハラだとかでどついているところだったけど、それが姉さんの本心から出た言葉で、これ以上ないほどに深い苦しみと悲しみと安堵に彩られたものだったから。何も文句は言えなかった。


「イリス」


 と、そこに土方さんが声をかけてきた。彼も追い出されたらしい。


「ちょっと歩かないか」


 そう誘ってきたのは、なんとも珍しく感じた。

 僕も彼と話をしたかったので文句はない。


「ええ、いいですよ」


「あー、それは」


 と、僕の背後の地縛霊ねえさんを指して戸惑ったように言う。


「いえ、これは今は気にしないでください。感情が爆発しておかしくなってるだけなんで」


「酷いイリリ! でもそれがイリリが生きてる証……うぅ」


「そ、そうか……お前がいいならならいい」


 若干引いてる土方さんが先に行く。


 その時、背後からダァンと激しく何かを打ち付ける音。


 そして聞いてしまった。


「……何が天才だ。何が救国の英雄だ。こんな、愚かなことを……私は……」


 スキピオだ。

 誰もいなくなって、まだ僕らがここにいるのに気づかず――いや、知っていても感情を抑えきれなかったのだろう。その心を思うといたたまれなくなってくる。


「あまり聞いてやるな。お前も、な」


 土方さんが先に行きながら僕にアドバイスしてくる。

 僕もその後ろ姿に遅れないよう、姉さんを引きずりながらついていく。


「……気にしてませんよ。いえ、一杯気にします」


「おい」


「でもぐじぐじしてられないです。僕は、受け継いだんですから」


「……お前、変わったな」


「そうでしょうか」


「なんつーか、こう。うん、ぐじぐじしなくなったっつーか」


「吹っ切れたんでしょうね。岳飛将軍のおかげで」


「あいつ、か……。どうだった?」


「何がです?」


「あいつの死にざまは」


「…………英雄でした。最期は僕を守って」


 英雄の中の英雄。

 中国史で英雄を挙げろと言えば、まず候補に出るのが岳飛の名だという。

 死の寸前まで、祖国のために孤軍奮闘した英雄。この世界での最期は僕という1人の少女を守って消えていった。


 国を守るのも、1人の少女を守るのも、きっと彼にとっては変わらないことだったのだろう。

 だからこそ、彼は英雄の中の英雄なのだ。


「そうか」


 土方さんは少し寂しそうにポツリとそう言った後に、


「それなら……いい」


 そう何かを確認するようにつぶやいた。


「土方さん……」


「俺も、きっと……」


 その後に何を続けようとしたのか。僕にはわからなかった。

 いや、分からないようにしていたのかもしれない。彼の最期を知る者としては。


 岳飛は滅びを背中に戦った。

 土方歳三は滅びの中で戦った。


 2人は似た者同士なのかもしれない。

 だからこそ通じ合うものが、きっとあったんだろう。


 ただそれを聞いてはいけない。

 そんな雰囲気が、今の土方さんにまとわりついていた。


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