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第69話 平和の晩餐

「いや、良かった。イリスが元気になってくれて、ほんと……」


 父さんが涙を浮かべながら、ワインをがぶがぶ飲み干す。


 今は夕食の時間。

 久々に家族そろっての団らんだ。

 タヒラ姉さんは、今もザウス方面の対応で戻ってこれないらしいから不在だけど、ヨルス夫妻にトルシュ兄さんも含めるとほぼ家族総出となっている。


「色々、迷惑かけました」


「いや、迷惑はしていないよイリス。心配はしたがね」


 ヨルス兄さんが微笑みながらそう答えてくれる。


「うむ! しかし、その……なんだ。あのインジュインの娘がやってきてから元気になったのが、うぅむ。なんとも複雑だが。イリス、あの娘とはどういう関係なのだ?」


「いいじゃないですか、お義父様。イリスちゃんが元気になるのに敵も味方もありませんわ」


 ヨルス兄さんの妻であるミリエラさんがそう、父さんをたしなめる。

 言ってることは確かにそのとおりなんだけど……やっぱり今もメイド服なんだな。


「でもわしはイリスのことが心配で……」


「まぁまぁ。じゃあトルシュに聞こうじゃないか。トルシュ。彼女――カタリア・インジュインさんはどんな子だい?」


 と、そこでヨルス兄さんがトルシュ兄さんに話を振った。


 正直、このトルシュ兄さんのことはよく分からない。というかあからさまに無視されているようなので、話という話もしたことがないんだけど。

 僕が来る前かららしいから、きっとイリス自身に色々問題があったのだろう。参ったな。


 ただ、この夕食が始まる前に、トルシュ兄さんとは復活して初めて顔を合わせて、その時に、


「生きてたんだ」


 そうぽつりと、そっけないながらも少しは心配してくれていたようで、なんだか心が震えたものだ。


「ふん」


 と、一瞬後には目をそらされてしまったけど。


 そして今も似たような反応だった。


「知らない。学年別だし。こっちに聞けばいいでしょ」


 と言って僕を指し示した。

 これにはヨルス兄さんも嘆息。僕も心の中で嘆息した。

 まだまだ打ち解ける道は険しそうだと。


 そんなこんなで始まった夕食だけど、なんというか、久しぶりの温かい食事はなんとも言えない充足感を与えてくれた。

 温かいご飯というのが、こうも心にしみるなんて思いもよらなかった。

 これまでも同じスープを飲んでいたんだけど、この日は格別で、変な言い方かもしれないけど、ちゃんと味がしたのだ。


 それが嬉しくて、楽しくて、たらふく食べたわけで。このまま安寧とした睡眠をむさぼろうと思ったのだけど、その前にやることがある。


「父さん、状況はどうなったんですか?」


「うむ。実は先日、太守様の肝いりで開かれた、絵画コンクールでな。ついにあの忌まわしきインジュインを差し置いて入選したのだよ、すごかろう?」


「…………は?」


「ヨルス、娘が父親に向けちゃいけない顔で睨んでくる……」


「それは父さんが悪いですよ。そんな空気読まないジョーク言われても」


「うぅ、場を和ます画期的なアイディアだったのに……」


 ジョークだったのかよ。

 けど実際やったことはやったんだろうな。

 国が亡ぶかどうかの瀬戸際なのに、一体何やってんの? 思わず自分の――じゃないけど父親に『馬鹿?』って言いそうになったよ。


「ごほん。分かっておるわ。イリスが戻ってから起こった出来事だろう。まったく、しゃれっ気のない子供たちだ」


「はいはい。分かってますから、さっさと言ってあげてください」


「……ミリエラ。お主の夫がいじめるんだけど」


「いやですわ、お義父様。これがグーシィン家の愛の鞭、叩いて伸ばせ、ですわ」


「そんな家訓聞いたことないんだけど!? このわたしが! トルシュ、助けてくれー」


「あ、ボク学校の用意があるから。それじゃ」


 トルシュ兄さんはそそくさと席を立って2階へと上がっていく。

 この連携プレイ。仲いいなぁ。


 そんな中で孤立するのはあろうことか一家の大黒柱。

 父さんは僕を見て、ヨルス兄さんを見て、ミリエラさんを見て、仲間がいないことを確認。


 さぁ、どうする!?


「…………ごめんよぉ、イリス。ほんの茶目っ気、ジョークだったんだよー」


 ガチの涙の言い訳をし始める50近くのおっさんがいた。

 これが本当の父親だったら、イリスがグレるのも分かる気がした。


「はぁ……分かったから。何があったか素直に言ったら、父親だってことを見損なわないであげるから」


「うん! 分かった! パパ、頑張っちゃう!」


 なんだろう、このテンション。面白いけどめんどくさいぞ。


「ま、結論から言ってしまうとだね。イースは領土を増やすことに成功したんだよ」


 急に真面目な顔で、真面目なトーンで話し始める父親を見て、その落差に違和感しか感じない。

 いや、これが政治家ってやつか。その場その場で切り替えられないと生き抜いていられないという。本当か?


「国境から5キロほどの領土だけどね。それでもこれまで一片たりとも増えなかったことを考えると、大きな飛躍だ。それに今はそこに拠点を作って、周囲の制圧を急いでいるから、もう少し広がるかもね。うん、これもイリス、そしてタヒラのおかげだよ。どうもありがとう」


「お、おおお」


 急に褒められて、挙動不審の返答をしてしまった。


「タヒラはまだ現場にいるんだったね。戻りはいつになるのやら」


「ああ、明日か明後日には戻るという報告は受けているが。ヨルス、タヒラがどうかしたのか?」


「そうではありませんわ、義父様。この人はタヒラさんが心配なのですよ」


「ミリエラ、それは分かってても言わないお約束だろ……」


「はっは! なるほど。さすが我が長男だ」


 父さんが豪快に笑い、ヨルス兄さんが恥ずかし気に戸惑い、ミリエラさんがころころと笑う。

 やっぱり仲いいよな。

 そういった親子間の会話のなかった身としては、少し羨ましくもあり――――うっとおしくも思う。


「ちなみにトントとウェルズも順調に領土を増やしたらしい。国都から遠い分、我々より支配地域は多いがね。まぁそこは治める文官の量、すなわち国力差にもなるから仕方ない。我々は我々で、じっくりやっていくしかないのだからな」


「そっか……。じゃあ当初の予定通りって感じなんだ」


「うむ。だがどうもトントがはやっているようでな。トンカイ国の援軍が帰国したのを待ち、近くザウスの国都まで攻めないか、と我々に要請が来ている。おそらくウェルズにも行っているだろう」


「要請? 国都を攻めるって……」


 思い出す。この世界に来てすぐ、潜入したのが国都だった。

 父さんの弟、イリスにとっての叔父さんが亡くなった場所でもある。


「正直、個人的には賛成したい。我が弟をだまし討ちした報いは受けてしかるべきなのだ。だが――」


「勝てない、よね」


「うむ。軍部でもその意見だ」


「そうなのですか父さん? 大きく領土を減らしたザウス軍に対し、我々とトント、ウェルズが一斉にかかれば、いくらザウス国といえど防ぎきれないのでは?」


 ヨルス兄さんが不思議そうに聞いてくる。

 彼はどちらかというと内政に手腕を発揮するタイプなのだろう。だからこんな簡単な問題も分かりえない。


 まぁ、そのことを誰も分かってなさそうなトント国も大概だけど。


「ヨルス兄さん。ことはザウス国だけの問題じゃないんだ。トンカイ国はザウスと同盟を結んでいる。彼らが同盟国を攻められて黙っているわけがない」


「ん? だがトンカイ国の援軍はもう帰国しているのだろう? わざわざ助けに行くのか?」


「ヨルス。これは軍事のこともそうだが、政治的な判断もあるのだよ。良いか? もしザウス国がトンカイ国に援軍を要請すれば、それをトンカイ国は断れない。いくら出来立てほやほやの同盟だからといって、同盟国を見殺しにするのは外聞が悪すぎるからな。八雄にも数えられる大国のトンカイ国にとって、見栄も大事な力なのだよ」


「それにもし、トンカイ国で先を読める人間がいれば、これ幸いにイース、トント、ウェルズの軍をせん滅する方策を考えるはずだよ。その3か国の主力が壊滅すればあとはここら一帯は草刈り場になる。飛び地とはいえ、そのままトンカイ国の領土になる可能性だってあるんだ」


「そんなことが……」


「いや、もしかしたら援軍は出すかもしれない。出して、なおザウスを見殺しにする可能性はあるんだ。ザウス国都が僕らに落とされた後に、傷ついた兵と国都を持つ僕らを一気にせん滅してザウス国を手に入れるって方法もある」


 そしてそれをやれる人間がトンカイにはいる。

 張良と本多小松が呼んでいた男。

 仮にそれが偽物だったとしても、僕の策を見破ったり、ザウス敗北の危険性を予知したりするほどの知恵者だということ。


 そんな人間が、これくらいのことを考えつかないわけがない。


「馬鹿な、そんな非道。まかり通るわけがない」


「いや、イリスの言う通りだ。非道だろうが勝った者が正義。騙された方が悪いのだ。それがこの乱世という時代なのだよ」


「…………」


「ま、だから今すぐどうということはない。まずは支配地域を安定させること。それができれば、そう簡単に他国が攻めてくるような状況にはならないだろう。しばらくは平和だよ」


「そうですねぇ。皆、仲良く平和が一番大事ですから」


 ミリエラさんののんびりとした発言に、なんとなくほっこりした気分になる。


 そう、戦いなんてない方がいい。みんな仲良く、平和が一番。


 だけど、それを聞かないような相手が出てきた時。

 その時はきっと僕としても、立ち上がらないわけにはいかないだろう。


 そう思うと、この一時の平和が、ただの仮初の平和でない証拠は、どこにもないのだった。

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