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挿話38 立花誾千代(キタカ国将軍)

 何かが起こった。それを感じた。

 それは敵の圧力になって来る。


 もともと、兵数はこちらが少ない。それでもあの馬鹿が突っ込んだことで形勢は変わった。

 鉄砲を多く有するというのは、最強の攻撃力を持つということ。だがそれは遠距離に限る。近づかれれば歩兵にも劣る。鉄砲という最強の武器が一転、足手まといの無用の長物になり下がるからだ。


 だからウェルキンゲトリクスが突っ込んだ時点で、ほぼ勝ち確の状態。

 なのにこの逆流現象はなに?


「どこを見ちょりもすか」


「っ!!」


 斬撃が来る。

 飛びのいてかわす。すでに馬は降りた。この乱戦でぎょせるものじゃない。


 それよりこの斬撃の主である男。その訛り。


「島津ぅ!!」


「生憎、婦女子に恨みを買う、そげなこつした覚えはなか」


「こっちは憾み骨髄だっての!!」


 大友がどうこうなろうとどうでもいい。

 そんなことより立花の兵が、何よりあの人(宗茂)の父親が彼らに殺されたのは許しがたい。

 父親の討ち死にを受けてもあの人は毅然として立っていた。奥に戻って泣くこともない。ただただ、恨みをぶつけるかのように島津に向かっていった。

 その後ろ姿が哀れで孤独で健気で――美しかった。


 その後ろを支えてあげようと思った。

 けどどうも口から出るのは彼を傷つける言葉だった。彼の誇りを、父の名誉を傷つける言葉も吐いた気がする。

 それでも彼は哀し気に笑って許してくれた。「誾千代も立花の兵を失って辛かろう」だなんて逆に労わってもくれた。


 本当は自分の方が辛いはずなのに。

 本当ははらわたが煮えくりかえるほど私を恨んでいるはずなのに。


 口から出るのは私を心配する言葉だけ。

 その優しさが。その思いやりが。逆に彼を追い詰めた。


 なんて不器用。

 なんて不合理。


 いや、お互い様か。

 そんな状態でも悪態をつくことしかできない己と、それを許す、そんな人を愛してしまったという己。


 あるいはあの人は気づいていたのかもしれない。

 私が本当に言いたいことを。だから彼は優しく声をかける。


 うぬぼれだと感じている。

 我田引水だと知っている。

 牽強付会だと分かってる。


 それでも。あの人を見たらそうとしか思えなくて。

 まぁ結局何が言いたいかっていうと――


「あの馬鹿旦那!!」


 雷切を振った。

 島津男はさっと飛びのいて距離を取る。


 左から熱――ピリッとした

 咄嗟に身を投げる。頭上を弾丸が切り裂いた。


 さっきの女。器用に火縄銃を二丁、両手で射撃して狙って来る。


「チェスト!」


 さらに島津男が来る。この2人の連携に手を焼いていた。我ながらそれでよく済むと考えながらも。

 さっきからピリピリと何かを感じる。それが何か。よくは分からないけど、敵の斬撃だったり銃撃だったりしてそれでギリギリ難を逃れているのだから、もうその直観に従おうと決めた。


 相手より先んじて動き、一刀両断しようと斬り下ろすその一撃を辛くも避けた私は、だが反撃に移ることはできなかった。


「敵将、討ち取った!! ゼドラの将兵よ! 敵を討て!」


 一瞬、何を言われたか分からなかった。

 敵を討った? ウェルキンゲトリクスが。さすが。やるじゃない。


 そう思ったけど違った。

 ゼドラの将兵って言った。ならつまり討たれたのは――


「全軍、後退する!」


 咄嗟に声が出た。

 あいつが討たれたならこの戦いは負けだ。だから傷口が広がり切らないうちに一旦退く。

 それが最良。そう判断した。……相手が許してくれるならだけど。


 それにしても、あの馬鹿が死んだ。

 ありえないと思った。あの男の強さは近くにいた私が一番知っている。

 それなのに勝手に突っ込んで、勝手に死んだ。殺された。誰に。この目の前の敵たちに。


 怒りが湧いてくる。

 スキピオもきっと同じ気持ちになってくれるだろう。あの2人。なんだかんだいって罵り合いながらもそれをよしとしていた空気がある。

 それが死んだ。

 あの罵り合いももう聞けない。


 なにやってんのよ。本当。本当。


「本当……バカ」


 声が出た。


「逃がしもはん」


 薩摩男が迫る。本当にうっとおしい。

 雷を落とすか。


 いや、それより皆を助ける方が先決。

 だから雷切を天ではなく、横に掲げるようにして、


「雷切よ、皆を助けよ!!」


 閃光が満ちる。敵を倒すいかづちではない。

 すべてを吹き飛ばすような閃光。それが戦場を覆う。


「ぬぅぅ!!」


「今だ、退け!」


 叫び、自分も走る。敵に背を向けて後ろへ。


 どれだけそれで助かるだろうか。

 ただの目くらまし。相手の動きを一瞬止めるだけだ。

 この身の非力を嘆くしかない。


「逃がすかっ!」


 銃声。当たらない。当たってたまるものか。

 そう念じた


 左肩に爆発するような衝撃。続く痛みにうめきをあげる。


 撃たれた。

 当たった。


 痛い。涙が出てくる。左肩。血がどくどくと流れ出るのが分かる。

 死。

 それが不意に頭をよぎる。


 情けない。

 もしこんな時、宗茂あのひとなら……。


「…………何人か、私に続いて」


「将軍!? なにを!?」


「敵の足止めをする。ナオグ、500メートルのところで皆を集めて、あとは守りに徹して」


 副官だったナオグに告げる。

 守りに徹したところで無駄だろう。なにせ相手は鉄砲がまだ残っている。この平地。外から撃たれまくれば全滅する。

 それでもあの男なら――スキピオなら。そしてイリスなら、この状況をひっくり返してくれる。そのための時間稼ぎ。

 酷いことを言ってると分かってる。反撃に転じるためにあんたたちは死んで、と言っているのだ。けど、きっとあの人も同じことをするはず。そして自分は最前線に立つとも。


 それが立花。それが豪勇鎮西一。

 だからそれを継ぐ者として命じるしかなかった。


「いけません! ウェルキンゲトリクス将軍が討たれたというなら、タチバナ将軍こそ我が軍の中心! 将軍ではなく我々がやります!」


「あんたらじゃ無理。私がやらないと」


「しかし、その傷では……」


「問答してる場合じゃないの! 行って!!」


 私の威に屈したのか、本当に時間がないと思ったのか、それで部下は下がっていった。

 残ったのは十余名。

 対する敵は2万以上。


 勝ち目はない。

 生き残る道もない。

 たとえそれでも。やらなければならないことがある。

 岩屋に籠って死んだ、あの人の父のように。


「ここを死地とする! 全軍、続け!!」


 喚声があがる。たった十数人の軍。一気に飲まれて終わりだろう。

 けど私には雷切がある。父の想いが詰まった刀が。


「停止しもせ! 鉄砲隊、前へ!」


 あの薩摩男が命じた。

 ぎりっ。歯が鳴った。


 あくまで冷静。なんだあの男は。

 このまま突っ込んで来れば、雷切で足止めできたはずなのに。

 私の異能を警戒して、あくまで遠距離戦で仕留める。私を欠いたキタカ軍は、スキピオが手を打つまで守りを固めるしかない。そうなればその間にまた鉄砲でじっくり料理できる。

 あるいは部隊を分けて中央の味方に横やりを入れることもできる。


 完敗ね。

 それでもやることはもう変わらない。


「全軍突撃!」


 走り出す。


 おそらくその前に体中を無数の弾丸が貫くだろう。

 何も成せぬまま、この身を大地に散らすことになるだろう。それでもよかった。一歩でも、あの人に近づける。そう思えば怖くなかった。


 だから――


「新選組、突撃!」


 突如として響いた号令に、敵陣が揺らいだ。

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