挿話37 白起(ゼドラ国大将軍)
各地は膠着していた。
どこもかしこも、無駄な接戦を演じている。
敵がそこまでというべきか。
味方がふがいないというべきか。
……思考は一瞬だ。
「為朝、ここは頼んだ」
「頼んだって、どこいくのさ」
「当然、戦場だ」
「ちぇ、俺には留守番させておいて」
「その傷で無茶されては困る」
「……へ、へー。まさか大将軍からそんな言葉をかけてもらえるなんてね」」
「そうではない。足手まといになるから邪魔だと言っている」
「むっかー、大将軍とはいえ言っていいことと悪いことがあると思うんだけど!」
「今のは言ってよいことだ。手負いは邪魔だ。ここにいろ」
「ちぇ! 素直に休めって言えばいいんだよ」
「ふっ」
「え? まさか大将軍、笑った?」
「気のせいだ。では頼むぞ」
「あ、ちょ!! もう!」
為朝を置いて本陣から離れる。
率いるのは1千。自分にはちょうどいい数だ。
向かうのは南。
狙い目は単純だ。
項羽と呂布。2人が負けるとは考えていない。
むしろ下手に手助けすれば敵に向けていた刃はこちらに向く可能性がある。
兵数も同等ならなおさらだ。
となれば残るは右翼。クース国の軍だ。
その軍は鉄砲による守りに長けていると言っていたが、何が起きたのか、今では乱戦に持ち込まれている。そうなれば鉄砲は不利。鉄砲というものをあまり知らなくても、弓兵に置き換えれば十分に理解は可能だった。
狙いは単純。
敵の将を討つ。
探すまでもない。敵は所かまわず暴れ、多くの兵を死傷させている。
感情は動かない。他国の兵だ。いや、仮に自国の兵でもどうでもいい。死ぬのは弱いからだ。そして死ねば二度と自分の役に立つことはない。ゆえに無意味。
1千が混戦となる戦場に突入した。
できるだけ間違わずに目につく敵兵を斬り捨てた。そのまま中へ。敵の攻勢が続いている、そこに横撃が入れば敵の動きも鈍る。だがそれだけを求めてはいない。
向かう先は巨大な斧を片手で振り回す男。蛮族か。はっきりそう思った。ならば罠にかけるは簡単。
敵の攻撃をいなし、偽装の退却で敵を孤立させれば簡単に討ち果たせた。
蛮勇というべき愚かな行為だったが、その散り際は王とも呼べるどこか神々しさを放っていた。
まさか武器も腕もなくして立ち向かってくるとは。
その姿に一瞬、目を奪われた。あるいは男が単独でなければ、死んでいたのは自分かもしれない。そう思うほどに、その男の最期の行動は神がかっていた。
だから自らと私の血にまみれた男の首を自ら斬った。それが礼儀だと感じたからだ。
「将軍! 傷を!」
部下がかけよってくる。
ようやく痛みが来た。右肩。そこが肩あてごと噛み切られていた。とんでもない力だった。
そこから溢れる。どくどくと。自分の血が流れる。赤い。赤い血。
部下が白い布を取り出して自分の肩にまき始めた。すぐにその布も赤に染まる。
それを呆然と眺めていると、
「白起将軍か」
声をかけられた。
鉄砲という兵器を肩に担いだ男。先日顔を合わせた。確か鈴木とか言ったか。
「まさかあんたがここに来るとは……」
「将を討った。あとは兵を皆殺しにしろ」
「っ! 分かった」
相手が何を感じて言葉に詰まったか。分からない。分かる必要もない。
今はこのまま敵の左翼を潰す。
それが成ればこの戦い。自分たちの勝ちだ。
呆気ないとは思わない。
この敵も違った。自分を止めることのできる相手ではなかった。
一抹の寂しさを感じながらも、すぐにその寂寥を消して残敵の掃討に移った。




