挿話33 新島八重(クース国将軍)
敵の突撃は、侵略と言えるようなものだった。
柵をぶち破り、味方を踏みつぶし、躯に躯を重ねる。まるで地獄の悪鬼の軍団がやってきたもように思える。
それ以前に兵たちの苦戦がありありと出ていた。
それも当然か。前衛は鉄砲隊。近接戦闘にはどうしても相手より劣る。だから蹂躙されるのは仕方ない。
――わけじゃない。
「銃剣、抜刀!」
叫ぶ。その声を皮切りに、鉄砲を持った兵たちが銃で敵に打ちかかった。
もちろん鉄砲自体による殴打じゃない。銃の先端につけた突起――刃渡り20センチほどの刃で突くのだ。
兄つぁまから教わった。江戸で学んだ西洋砲術ではそのようにする術があるという。
鉄砲隊にとって近接戦闘は弱点だ。だから柵や地形で2射目の時間を稼ぐことになる。
日本ならそれでもよかった。
けどこの世界はあまりに広い。キタカ国なんて見渡す限りの平原。日本のような山や身を隠す茂みなどほぼなく、敵の得意とする騎馬による突撃に対応するには近接戦も考慮しないといけない。
その果ての銃剣だった。
『ん、なるほど。じゃ、それを取り入れるかね。じゃ、八重ちゃん。教えるのよろしく』
そう孫一殿は私に全部ぶん投げた。
兄つぁまから聞いたけど、私がそれを実践した試しはない。ただ薙刀は習っていたので、それを応用する術はなんとなく分かった。
基本的には突きと薙ぎ。主に前者が採用されることになった。銃剣という性質上、その方法が一番楽だったから。
もちろんそれで敵の歩兵に対抗できるわけがない。それでも一時、敵を抑え込むことはできる。自分の身を守ることはできる。それだけで十分だった。
この事態。河井殿が見逃すはずがない。会津を救おうとしてくれたように、きっと救おうとしてくれる。だから私は待つ。あのいけ好かない薩摩の輩は信じられなくても、河井殿なら信じられる。
引き金を引いた。軽い振動と共に、敵がひっくり返って倒れる。
飛び散る血しぶき。立ち込める死の臭い。
それすらももう慣れた。慣れなければやっていけなかった。死んだ三郎の分まで。戦って、戦って、戦い抜く。それが全て。それはこの世界においても変わらない。
少し待てば勝つ。
敵よりこちらの方が数が多いのだ。最初の一斉射で倒せなかったのは驚いたが、じっくり構えれば数の差は出る。
孫一殿は……。
見れば敵将らしき巨漢と一騎討ちに入っていた。孫一殿の身長に匹敵する大斧を軽々と振り回す敵の巨漢。
離れたここにもその旋風が轟音となって響いてくるように思える。
それを孫一殿は紙一重で回避していた。
獲物を狙うその瞳。飛行する鳥を打ち落とすほどに発達した動体視力が、それが紙一重の見切りを可能にしている。
まるで舞だ。
その動き。その回避の所作。そして攻撃をかわした次の瞬間に反撃に転じる挙動。
そのすべてが洗練されて目を引く。
これが雑賀。これが一流。
自分はまだまだ足りない。
けどそれがなんとも嬉しい。喜ばしい。
あの伝説に聞く雑賀の鉄砲撃ち。それがこうもすさまじいものだったと知って。
「なら、おらもやってやがんね!」
つい方言が出た。
同時に、銃を投げ捨てた。どうせ弾切れ。もう使えん。
けんど銃ならまだある!
「会津魂、百花繚乱!」
叫び、跳ぶ。
そのまま両手を前に。銃を握る。何もない空間。だがそこにあった。確かに銃が。兄つぁまのスペンサー銃と、普段使いのゲペール銃。
片手で使うものじゃない。けど今なら使える。弾切れの心配もない。ただ引き金を引くだけで銃弾が飛び出る。それも何発も。
それがおらの異能。
敵を倒す――いや、会津を守る。そんための力。
引き金を引いた。両手の銃弾が吐き出される。狙いもない乱れ撃ち。それでも前には敵だらけ。外せという方が難しい。
敵の前衛が崩れる。そこにさらに後ろから圧が来た。
「前衛、どきもせ! 抜刀隊、チェストせい!!」
抜刀隊。歩兵の中から剣の扱いに熟達した者を選抜して、あの伊地知が作った部隊。
それが味方を押しのけるようにして、前に出ようとする。
「あんの薩摩もんが!!」
苛立ちと共に銃弾を吐き出す。
この混戦に、さらに混乱を引き起こしてどーする気!
でもこれで一気に戦局が変わった。
まだいける。まだ動ける。戦える。
「新島! 鉄砲隊ばまとめ、後退しもせ!」
「おらに薩摩が命じるな!」
「河井の宰相からの命令でごわ! 後続ん敵ば備えい!」
後続。それなら仕方ない。
まだそこらで戦いを続ける兵を、両手の銃で支援しながら部隊をまとめる。そしてそこから離脱して敵に備えようとした時――
雷光が煌いた。
「唸れ、雷切っ!!」




