挿話32 ウェルキンゲトリクス(キタカ国将軍)
子供のころから力が強かった。
体もデカく、10歳前後の時には大人にも負けない力があった。
首領だった親父は、それを見て『さすがはガリアの男だ』と喜んだ。
俺はそれが自慢だった。
その親父が死んだ。
殺されたのだ。
殺ったのは分かってる。ローマの野郎だ。
ガリアはガリアのもの。
ローマに抑圧されていたガリアを、本来の形に戻すために親父は東奔西走した。あと少しだった。そこを殺された。親父のやろうとしたこと。それがローマは恐ろしかったのだろう。
悔しかった。親父は間違いなく英雄だった。それを無残にも斬って捨てたように殺されたのでは、親父が報われない。
だから待った。
俺がさらに力を蓄えるのを。
他の部族に影響を及ぼす力を得るのを。
そして時は来た。
食料だ、羊だ、果てには女だ。それら全てを巻き上げていったローマの野郎に、すべてのガリアが蜂起した。
ローマに恭順するという軟弱ものは殺した。当然だ。奴らはガリアを売った卑怯者だからだ。
これまで何年も押さえつけられていたガリアの怒りが炎となり、濁流となってローマを、世界を飲み込む。
はずだった。
あの禿のジジイが出てくるまでは。
負けた。
負けに負けた。
初めての屈辱だった。
それでいくつかの部族がローマについた。
勝った。
勝ちに勝った。
当然のことだった。
なのに奴らはジジイの元に集まり続けた。
何が違う。
何かが違う。
けれど何が違うか分からなかった。
分からずに、この世界に来た。
この世界には誰もいなかった。
家族も、友も、仲間も。そしてカエサルの野郎も。
だがそれでもよかった。
俺の心の奥にくすぶる、まだ燃えきっていない炎。それを燃やし尽くす場があったから。
キタカという国の軍に入ってから、俺はすぐに頭角を現した。当然だ。俺が率いてきたのは全てのガリア。このようなちっぽけな国はなんてことはない。
何より、俺に勝てる奴は誰もいなかった。生意気言ってきた部隊長は、半殺しにするとすぐに腰砕けになった。
だがその中で、俺に噛みつく奴もいた。
スキピオ。
あの小理屈ばっかでうるさい男。あのローマ野郎はいつかぶっ殺す。
ギンチヨ。
あれはイイ女だ。いつか絶対ものにしてみせる。
ただあのビリビリはいただけない。ちょっかい出すとすぐビリっと来るから触れない。
異能。だったか。
それはこの世界に来た異国人が持っている力だという。ギンチヨも、ローマ野郎も、伍子胥も、同じだ。
だから俺にもあるらしい。
それが何かは分からなかった。
けど今はっきりと分かった。
鉄砲とかいう武器。
矢よりも強力で、未来にあるべき武器だという。
その一斉射撃を受けた。
体に入ってきた複数の異物。それが引き起こす激痛は、これまで俺が得てきた痛みなんかより何億倍も激しく、熱く、劇的だった。血潮が舞う中、ああ、死ぬんだと思った。
だがその時だ。
心の奥底に残っていた炎の残滓。それが着火した。着火すればすぐに燃え広がるその炎は、俺の在るべき形へと押し上げる。
怒りだ。
親父を殺された怒り。
家族を貶められた怒り。
部族を抑圧された怒り。
禿のジジイに負けた怒り。
それらが混然となって俺の中から解放された時。
俺は生きていた。
先ほどの全身を貫く激痛は瞬時に引き、舞った血潮はなにごともなかったかのように霧散している。
生きている。
ならばやることは1つ。
「この痛み! 奴らにぶちかませ!! 何度虐げられようとも、ガリアは不滅だ!!」
吐き出し、走る。
死んだはずの部下もついてきている。そう感じた。
さらに鉄砲。それが来ない。そう直感もした。
そう。ガリアは不滅だ。
何度やられようと、何度敗けようと。俺は死なず、ローマ人を最後の1人になるまで戦い続ける。それが俺の宿命。
敵。それが迫る。
動揺がありありと見えて、行ける。確信した。
吼えた。
心の奥から沸き上がった炎。それを口からぶちまけるように。全てを燃やし尽くすように。
敵。鉄砲とかいう武器を持つ敵。破裂音がした。撃たれた。だが当たらない。そんなちゃちなものが俺に当たるかよ。なんてったって、俺はガリアの英雄だ。俺を殺せるのは、俺以上に力のある奴だけだ。
柵。敵はその後ろに隠れている。そんな臆病者に、俺は殺せない。だから俺がお前らを殺してやる。俺らを殺そうとするやつ――なにより、イリス。あれはイイ女だ。まだちょっと子供だが関係ない。あの力、何より目。それが気に入った。それが望むなら、こんな奴ら、俺が1人で全員ぶっ殺してやる。そうなれば結婚だ。あいつとなら強ぇ子供がばんばん産める。それが楽しみだ。
そう考えるとにやけしか出てこない。
再び吼えた。
敵の柵。それを引きずり下ろす――なんてことはしない。こんなちんけな柵。ぶっ壊して押しとおるだけだ。
手にした斧は2メートルはあろうかという大きなもの。3人がかりで運ぶ大きなもんだが俺には問題ない。それで柵をぶち壊した。ついでに敵兵も叩き割った。
そのまま座り込んでいた敵を足の裏で踏みつぶして跳んだ。敵のど真ん中に着地して、斧を振る。面白いように敵の体がばらばらになる。
背後で喚声。部下が敵に突っ込んだ。散発した鉄砲の射撃音らしきものが聞こえるが、すでに混戦。馬鹿め。こんな至近距離で飛び道具など。
視線を走らす。
女の匂い。この世界は変だ。女も戦う。イリスといい、ギンチヨといい、女が最前線で戦う。気にくわねぇ。戦は男のもんだ。女は後ろで待っていればいい。
そうしないと安心して戦えない。女は子供を産む。そんな大事なことができるのに、命を賭けて前線で戦う必要はないのだ。
戦は男のもの。
だから死ぬのは男だけでいい。
女は俺たちが勝つのを待って、迎えてくれればいいんだ。
だからこの世界は変だ。
今も、ここに女がいるのはおかしい。だが敵だ。敵なら奪って犯しつくす。それが俺たちのやり方。
だがそれよりも、女よりも神経を刺してくるものに気が付いた。
右手。奥にいる野郎からの視線。目が合った。そして知った。そいつがここの将だと。
あれを殺す。それでこの戦いは勝ちだ。
「てめぇが将かぁ!!」
叫び、走り出す。遮ろうとするやつは、斧で滅多打ちにした。
敵将が何か筒を向けてきた。鉄砲。思った瞬間笑った。銃声。だが外れた。俺に当たるかよ。待ってろ、今すぐぶち殺してやる。
それで俺の勝ちだ。勝ったらギンチヨとイリス、両方を俺のものにする。俺のおかげで勝ったんだ。それくらいいいだろう?




