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挿話28 中沢琴(ゼドラ軍部隊長)

 すさまじい突撃だった。

 呂布が敵に向かった時、左側から離れた一団がこちら歩兵に向かって突撃してきたのだ。


 歩兵に槍を構えさせる暇もない。いや、構えた。だが先頭の男。その気迫に完全に呑まれていた。


「我は張遼!!」


 自分の名前を叫びながら兵をほふっていく。

 源平の武者とも違う。その名乗りに何の意味があるのか。


 だがその姿は間違いなく鬼神と呼べるものであって、名を叫ぶ奇行に裏打ちされた実力が味方の命を奪っていく。


 ボクが向かうべきだ。

 そう風をたゆたう精霊は言っている。


 だがあれを止められるのか。

 全体の指揮をしなければならない状況で、あの男にかかずっていていいのか。


 いや、止める。ボクが。

 月華乱舞疾風陣げっからんぶしっぷうじんならなんとかなる。

 だがそれに躊躇う。ボクの月華乱舞疾風陣げっからんぶしっぷうじんは敵を追い払うことはできるが、それには味方の犠牲も考慮にいれなければ。


 それが致命的な遅れとなる。


りょうらいらいっ!!」


 槍が来た。回避――は間に合わない。ならば受ける。受ける? あの槍を? 片手で何人もの兵を貫いたあれを。

 いや、やられるわけにはいかない。この世界で生きたボクは。また再び、土方殿に、イリスに出会うため。


 迎え撃つ。

 たとえこれで死んでも。


 だがその前に風が来た。


「張遼、貴様かっ!!」


 呂布だ。

 呂布が先頭の敵に向かってそのげきを叩きつけた。常人なら真っ二つどころか粉みじんになるだろう一撃を、敵の将はそれを迎え撃つことで受け止めた。


 それにしても呂布。どこから来たかと思えば、味方の中を突っ込んでくるなんて。

 もちろん眼前の敵を蹴散らしてきたのだから、その分の味方の被害は減ってるけど、中には踏みつぶされた味方もいるだろう。


「まったく、なんて滅茶苦茶」


 だがそれでボクが助かったのも事実。


 それにしても――


「ふはははは! 良いぞ、張遼! 貴様の武がここまで昇華するとは!」


「我が研鑽は常に戦場にあり。いつかは相まみえると願っていた!」


「ならばその武を放ってみろ!」


「望むところ!」


 呂布と敵将が打ちあう。

 それはもはや暴風。破壊と殺戮を周囲にばらまく死の旋風。

 敵も味方もない。近づけば横断され、貫かれ、吹き飛ばされる。

 ただ1騎と1騎が己の全てを賭して互いを潰そうと相争う。その周囲に生者はなく、戦いに正邪もない。己の武をただ相手に叩きつけるがために戦う阿修羅と帝釈天の戦い。

 そこはすでに神々の戦いの場。


 それを取り巻くように、敵と味方がそれを呆然と眺めるだけ。


 ボクもその一員。

 だがすぐに思いなおす。今はそれどころじゃない。


『ケンカの勝ちかた? んなもん決まってる。相手の弱みを突く。それに限るな。卑怯? そんなこと言うのは真実ほんとうのケンカをしたことねぇ臆病者のいうことだ』


 そう土方殿は言った。

 ならばここでの弱点はどこだ。


 考えることは得意ではない。

 けど今は風が、ボクに語り掛ける。

 この状況。味方。敵。それがどういうことになっているか。


「第二隊と三隊は敵の騎馬隊を押し込め! 第一隊は外の歩兵に対し防御の構え!」


 敵の騎馬隊が深く、味方の陣内に入り込んできている。それは危機だった。だが今やそれは反転した。

 止まった騎馬など大きなまとだ。しかも深入りしている。相手はろくな抵抗ができず、歩兵で突き倒せる。


 騎馬隊というものは恐ろしいものだ。

 江戸や京ではお目にかかるものではなかったけど、この世界に来て伝え聞く恐ろしさを実感した。唾を飛ばし迫りくる馬群。それを前にすれば、人間はどうしてもすくむ。その刹那こそ、死神が魂を刈り取る境界なのだと。


 だから今、ここで確実に数を減らす。

 止まった騎兵。それを叩いておく。


 そう考えてそう指示した。


 それはうまくいった。

 未だに打ちあう呂布と敵将。その戦いは途切れることなく続き、その間に敵は着実に数を減らしていく。


 勝てる。

 そう思った。

 勝てなかった自分が勝てる。


 それがなんとも嬉しく。

 そして誇らしくなり。


「――っ!」


 再び、衝撃が味方に走った。

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