挿話27 呂布(ゼドラ国将軍)
戦闘は前触れなく始まった。
味方は左右3つに別れ、自分は左翼を命じられた。
この軍の総司令である白起にだ。
「敵もおそらく部隊を割るだろう。我らの部隊は中央に本隊を置き、右翼にクース軍を置く。クースの鉄砲隊は待ちの戦。そちらで敵を引き付け壊滅させ、中央の部隊に横やりを入れさせる。だがそれが敵わなかった時に、お前の部隊が突破し、本陣を叩け。いいな、呂布」
つまり敵を右翼――クース国に引きつけて、その間に俺には左翼を駆けあがって本陣を討てという。
望むところだった。
同時、どこか違和感を覚えた。
あの白起という男のやり方は徹底的に敵の隙を突く戦だ。だがもちろんそれだけではない。奴も正面突破が立派な策だと分かっている。それだからこそ、俺や項羽といった連中を相手に指示が出せるのだ。
だが今の奴にそういった巧緻な部分はない。
どことなく動きが硬い。そうとも感じる。
その違和感の答えを教えてくれたのは項羽だった。
「どうやらクース国とやらを警戒しているようだ」
「ほぅ?」
「同盟を結んだといっても口約束も同然だ。戦が始まって、横から鉄砲を撃たれたらかなわんってことだ」
「なるほど。中央がやや右に寄るのはそういうことか」
「ああ。こちらを狙えばただでは済まない。そう奴らに思い知らせる。それが狙いだ」
「よくわかったな」
「ふん。巴が教えてくれた。やつも懸念を感じて直に聞いたんだろう」
「そういうことか」
少しホッとした。
俺が分からず、項羽が分かることに劣等感を抱いたからかもしれない。
だがどうでもいいことだった。
戦が始まれば敵を潰す。それだけのことなのだ。
そして戦が始まった。
こちらは待つ戦。鉄砲とやらを活かすためにはそれが十全だった。
気にくわなかったが、別に苦ではなかった。
巴や琴から先頭に立って突っ込むだけの猪武者と思われていたが、後世の人間にとって自分はどんな男だと思われていたのだ。まったくもってけしからんにも程がある。
自分はそんな考えなしに突っ込むほど愚かではない。
……まぁたまに苛立って突っ込むこともあるが。
そういうわけで仕掛けたのは敵の方だ。
だがそれは少し意外だった。
敵が来るのはこちらの右翼、クース国の方だと思ったからだ。
鉄砲はなるほど。凶悪な武器だ。
自分でも見切れる自信はあまりない。
だから相手は左翼――こちらの右翼から攻めて来るものだと思っていた。
だが違った。
あろうことか敵はこちら――俺の方に来た。
それは屈辱だった。
つまり俺なら先に潰せる。
そう言っているのと同じだからだ。
それは許せることではない。
「琴、出るぞ」
隣にいる琴に話しかける。
彼女には歩兵を任せていた。それくらいのことはできる。それは認めていた。何よりあの風を操る力。それが有用なのは分かっている。
「白起将軍の命を破るのかい?」
「奴らは俺たちを舐めた。その報いは受けなければならない」
「ならばボクから言うことはない。その天をも焦がす轟轟たる義憤の炎、たたきつけるといい」
「ふっ」
この物言いは意味は分からないが、彼女なりに俺の心を理解していると思うと胸が躍る。血が滾る。
ならばあとは解放するだけだ。
「呂布軍の精鋭よ! 舐めた敵を皆殺しにするぞ!」
喚声が起きる。同時に走り出していた。
赤兎。走れ。この怒り。この憤り。全てをぶちまける場に。
敵の歩兵。来る。ぶつかった。薙ぎ飛ばした。人が、人間が、肉の塊となって宙に舞う。ほとばしる血が周囲を朱に染める。これが戦場。これが戦い。
そのまま敵の指揮官をぶちまけてやろう。
そう思った時だ。
「我は張遼!!」
声が聞こえた。
どこかで聞いたことがある声。
自分が知っているものよりも少し太い。
「我は張遼!!」
間違いなく聞こえた。
名前も聞こえた。
俺が知っているあいつなのか。
それとも別人か。
いや、どうでもいい。
その声の主は、味方の歩兵にぶつかって切り裂こうとしている。それは俺がやろうとしていたこと。
いや、もしあの声の主があいつなら、俺のやり方を十二分に心得ているはずだ。
「遼、来、来っ!!」
興が乗った。
赤兎を翻させて、敵の歩兵を斜めに切り裂いていく。
そこで敵の中から飛び出て、敵の騎馬隊に食いちぎられそうな味方の方へと向かう。
その男は、華美な鎧を朱に染めて歩兵をなぶっているように見えた。
だがそれはまさに俺だ。
俺の生き写し。
剣を一振りすれば首が飛び、槍を突き出せば2人が貫かれる。
一撃一殺。
それを体現するあの男。
遠目でも分かった。あの体躯、あの身のこなし。
懐かしい。
だがやはり自分が知っている奴の顔より少し更けていた。精悍になったというべきか。
あるいは俺が知っている時代より後から来たのかもしれない。
1千年以上未来の人間がすぐそこにいるんだ。十数年の年月など、あってないようなものだろう。
だから笑った。
体が熱くなる。心が燃える。
あの髭(関羽)を見た時以上の興奮。
まさか俺の肩腕以下だった男が、まさに俺と同じ領域に立とうとしているとは。
それがたまらなく愉快で、たまらなく癪にさわった。
だから突っ込む。味方の歩兵の中へ。
それが一番早かった。回り込んでいればそれだけ犠牲が増える。だからこちらの方が犠牲は少ない。それだけのこと。
男が気づいた。
すぐそこだ。だから戟を振って飛び出した。
「張遼、貴様かっ!!」
振った戟。それを剣で受けた。折れなかった。それだけでも相手の力量が並みでないことが分かる。
「奉先殿……!」
張遼が左の槍を構え直し、突きだそうとする。だが遅い。
「ふんっ!」
蹴りを見舞った。赤兎が察知して、体当たりをするようにしたからその蹴りも相手の左腕に当たった。
突き出された槍が見当違いの方向を突く。
それで張遼の態勢は崩れた。だから右手の剣も弾き飛ばした。取り落とすくらいの衝撃はあったはずだが、それを相手は堪えた。だがそれで死に体だ。
「死ね」
問答無用の一撃。
相手が知り合いだろうが、旧友だろうが関係ない。今は敵。それだけで殺す理由になる。
「っ!!」
咄嗟に張遼は馬を棹立ちにさせた。馬が能動的にそうした節もある。
戟が馬の前足をかすって地面をたたき割った。
そこを張遼が逃すはずもない。
空を切った槍、弾かれた剣。それを左右から叩きつけるよう振るう。
赤兎がそれを感知して、地面を蹴った。一度距離を取る。
なるほど。やはり俺が知っている張遼より一回りも二回りも上だ。
だが、だからといって負けるとは思わない。
そう。まだ楽しみは始まったばかりなのだから。




