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第69話 皇帝(しょうねん)と少女と

 夜になった。


 僕は姉さんとのテントを抜け出してある場所に向かう。


 そこは僕の寝るテントより大きな宿舎。皇帝のために建てられた宿舎だ。

 僕がそこに行くのは、まぁ当然というかそこの家主が僕を呼んだのだ。


「イリス・グーシィン。入ります」


「うむ。入るがよい」


 少年の声。当然、ここで一番偉いお方。


「うむ。来たなイリス」


 皇帝陛下が待っていた。

 陣幕から運んできたのか、ここでもあの無駄に派手な椅子に座っている。あれ、座りづらくないのかな。絶対硬くて楽になれないと思うんだけど。


「なにか御用でしょうか?」


 何も言われずに、しかもこの時間に呼び出されたのだから少し警戒してしまう。

 ここにはもう誰もいないので、正直言ってクソガキ相手と思ってしまう。


「まぁそう邪険にするな」


「以前に色々やられたからね」


「まぁそういうこともあったな」


 10歳のくせに。やけに老成したように言う。


「しかし吾輩はこれでも改心したつもりだぞ。うむ。これでも色々と頑張ったつもりだ」


「それは、まぁそうかもだけど……」


「というわけだ。お前を総指揮官に推したのは、ガクヒらの言うこともそうだが吾輩もそう思っておった。お前にはなにか違うものを感じた。だから命じた」


「はぁ」


「それにこの者もそれを望んだ」


 そう言って手を打つ皇帝。なにをと思ったが、その音に反応して奥の幕が揺れた。そこから出てきたのは――


「イリスちゃん!!」


 タックルを食らった。


「ああ、イリスちゃんイリスちゃんイリスちゃんイリスちゃんイリスちゃんイリスちゃんイリスちゃんイリスちゃんイリスちゃんイリスちゃんイリスちゃんイリスちゃんイリスちゃんイリスちゃんイリスちゃん!!」


 ラスが僕の腰にタックルをくらわしたかと思いきや、頭をぐりぐりとボディにこすりつけてくる。摩擦で髪の毛が燃えないかってくらいぐりぐりだ。

 そのぐりぐりがどんどん上がって、胸の方にいきそうになってるけどわざとじゃないよな? よな?


「ラス……」


 ただまぁ、相変わらずというか。ある意味安心というか。

 それでも彼女のために頑張ってきたという思いが、抱きしめる温かさが、なんとも心を豊かにしていく。


「大変だったな」


「うん……イリスちゃんも」


 さっきとは違う、本当の声に出しての対話。

 それが心地よく、これまでのことが間違っていなかったんだと僕を納得させる。


「ああ、イリスちゃんのにほひ……はふはふ」


「そろそろええ加減にせい」


 チョップを見舞った。

 これ以上は色々アウトな気がした。


「あうー、ぶったー」


「まったく」


 進歩がないというか、平常運転で安心というか。


「はぁ、情けない。こんなのと対等だなんて、ワタシ……」


「あ、アイシャちゃん!」


 ラスのあとに続いて出てきたのは、アイリーンだ。

 すでに礼服から通常のドレス姿に着替えて、なんともお嬢様な感じ。というかこの戦陣でその格好はどうなんだ。いや、皇帝陛下のお世話係としてはそれでいいのか。


「あのね! この子がイリスちゃんだよ!」


「知ってます。1人で100人をボコった戦闘狂、さらに敵に1人で突っ込む猪武者」


「間違っちゃいないけどムカつくなぁ」


 それはそうとラスはいつまで僕にしがみついているんだ。


「じゅーでんちゅー」


「何の?」


「イリスちゃん成分の」


「意味が解らん!」


「まぁそこだけは貴女に同意してあげる。本当にこの子は分からないわ。いつの間にか距離を詰めてグイグイ来て……」


 ああ、それでこの距離感。


「まぁそれがラスだから」


「分かったようで分からないこと言わないでほしいのだけれど」


 でもそれ以外言いようがないしな。


 あ、そういえばこいつと会ったら話さないといけないことが。


「マシューがよろしくってよ、アイリーン」


 マシューは今、高杉さんのところに入り浸っている。そこで菊と激しい争い(とはいえ殴り合いとかじゃなく言い争いが主だけど)をして、まぁなんというか。彼女からアイリーンのことを聞いたことはない。そう思うと不憫だ。


「っ!」


 と、アイリーンは急にグッと詰まったような顔をして、


「ああ、マシュー。なんでどっか行っちゃったのー、よよよ」


「あ、そこはショックなのね」


「いえ。いつまでもあの子の枷になってはいけません。あの子は自立したのですわ! これは良いとです! ちょっと貴女! 今すぐケーキを持って来なさい! マシューの独立祝いよ!」


「全っ然意味わからないんだけど!」


 こういう人だったっけか。

 こういう人だったな! 初っ端に100人組手やらせて、パーティに遅刻させて嫌がらせして。


「ふっ、あははははは!!」


 その時だ。


 笑い声が聞こえた。


「面白いな、お前たちは!」


 ケタケタと、少年のように笑う皇帝。いや、幼い子供の、まさに、年相応の皇帝陛下の笑い声。

 それが本当の彼の姿。皇帝という皮を脱ぎ捨てた素の少年の在るべき形。


 僕はアイリーンと目を合わせ苦笑する。

 そして僕の腰にいるラスは頭を撫でる。


 今、この瞬間。

 ここにいる。

 それはきっと。幸せなことで。これをこの後も手にし続けられるかどうかは。この後の僕次第だから。


 だから――


 そして、決戦の朝が来る。


切野蓮の残り寿命141日。

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