第68話 イリス連合総指揮官
「ちょ、ちょ、ちょっと! 陛下!?」
「なんだイリス。吾輩の決定に逆らうのか」
いや、ワンマンブラック企業の社長レベルの物言いに思わず「はい!」と素直に言いかえそうとしてなんとか思いとどまった。
アカシャ帝国という絶対帝政を敷いている以上、ワンマンブラック企業の社長の命令に従わなければいけない。というかここで僕が皇帝に異議を唱えようものなら、その命令で仲間を集めた名分が消えてしまう。
それは僕のこの半年の努力を、そしてそのために散っていった人たちを侮辱することになる。
それは絶対にできないことだった。
「ふっ、まぁ安心しろイリス。この吾輩もお前だけに任せるほどお人よしじゃない。実際の軍指揮は岳飛将軍が、そして軍師格にヒジカタと、このスキピオという男をつける。まぁ簡単に言えばお前はお飾りだ。吾輩の代理の、皆の尻を叩くだけの暇人だな」
ひどい言われようだった。
けどまぁ確かに岳飛将軍と土方さん、それにスキピオがいてくれるのは素直にありがたい。
「そういうわけだ。お前なら皆をうまくまとめられる。そう思ったからそう陛下に進言した」
岳飛将軍がじっと僕を見つめてそう言った。
そしてその隣で土方さんもニヤリと笑い、
「馬鹿杉……いや、高杉が言うにゃ、俺や岳飛じゃ他国の連中は言うこと聞かん。だがその全てを渡り歩いたお前ならもっと融通聞くだろうって話だ。ま、その通りだからお前にまとめは任せた。俺にはやっぱ副長が似合ってる」
「今馬鹿杉って言った? 公衆の面前で侮辱された? とりあえず狂っていい? 武蔵の野辺に朽ちさせてやろうか?」
岳飛将軍、土方さん、高杉さんがそう言ってくれるのは素直に嬉しかった。
「安心せい。私が夜な夜な軍略のいろはを手取り足取り教えてやろう」
「そのネタはもういいって」
スキピオのセクハラ発言もある意味心強い。
他の人たちも似たり寄ったりの反応だった。
まぁこれまでそういう立ち位置にあったから、土方さんら帝国軍側に異論がなければそうなるのが打倒なんだろう。
はぁ。胃が痛い。
それでも――
「…………」
ラスが希望に満ちた、力強い視線を送ってくる。
そして隣に立つタヒラ姉さんの熱も伝わってくる。
それを感じてしまったら。
もう断れない。
「分かりました。連合軍の指揮を執ります」
「よし。ならばイリスをリューゲルの爵位を与える! 総指揮官としてゼドラ軍を撃滅せよ!」
「はっ!!」
リューゲルが何かは分からなかったけど、爵位というのだから貴族に列せられるというのか。
イース国ではそういったことはなかった……というかあの馬鹿太守が一応貴族的なポジションだったのか。グーシィン家も裕福だけど、貴族というより一地方豪族って感じだしな。
多分偉い地位だというのは、ラスの輝かしい満面の笑みと、アイリーンの決して歓迎していない引きつった表情を見れば分かった。まぁいいや。もらえるものはもらっておこう。
「それではイリス。所信演説を」
所信表明も何もないけど。まぁとりあえず言いたいことだけ言っておこう。
「こんな僕に、あなたたちのような人たちが命令を下すなんて役者不足なことは認識しています。それでも共に戦ってくれること、深く感謝いたします」
皆を見ながら言う。
自分の想いを。
「同時に、この戦いはなんとしてでも勝たなければならない戦いです。帝位についたというゼドラの目的はこの世界の支配。しかも暴力と略奪によって生まれる世界です」
本当は僕にそれを責める権利はない。
だって、僕はこの世界を統一するためにいるのだから。そうしないと死んでしまう。だから僕が言える道理はない。
けど。
それでも。
きっとその目指すものは、あの破壊の化身たちが求める未来とは違う。そうはっきりと確信している。
だから。
「皆さんの命をくれ、とは言いません。ただ力を貸してほしい。“この世界とは本来関係ないあなたたち”であっても。それがきっと、人類の未来に繋がると信じて」
かなりギリギリの発言だったと思う。
それでも皇帝も、アイリーンも、ラスもスルーした。何かの言い間違いだと感じたのかもしれない。あるいは何かの比喩なのかと思ったのかもしれない。
構わない。
もとより僕とは違う世界。
それでも繋がりを持ってしまった。この世界の人たちと。元の世界の過去の人たちと。
そのすべてが丸く収まる大団円。
そんなことを望んでも。
いいんじゃ、ないかな。
「勝ちましょう。自分のために。皆のために」
答えはない。
代わりに静かな熱気が、皇帝の陣幕内に充満した。




