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第65話 連合軍結成!

 ショックを受けていた。


 なにがということもない。

 琴さんのことだ。


「それは本当ですか、関将軍?」


「ああ。自ら琴と名乗っていた。見慣れぬ羽織を着て、さらに風の異能を使っていたな」


「風を……」


 それを聞けばもう間違いない。

 琴という別のイレギュラーがいるかもしれないが、そこにさらに着物と風の異能となれば琴さん――中沢琴なかざわこと以外にいない。


 正直、複雑だった。

 呂布と共に戦ったということは、ゼドラ軍としているということ。つまり僕たちの敵。

 あれだけ凱旋祭でのテロに対してから、様々な場所に共にいた彼女を思うと、この敵対は運命の悪戯以外の何物でもなくて。そうなってしまった運命を呪いたくもなる。


 同時、嬉しかった。

 彼女は帝都からの撤退の時に、僕と土方さんを守って殿軍に残り……死んだ。死んだ、はずだった。


 けど生きていた。

 生きていてくれた。


 たとえ敵に降ってでも生き延びてくれた。それが何よりも嬉しい。


 敵として倒さなくちゃいけない立場なのに、そう思ってしまうのは、とにかく生きていてくれればきっとまた再び共に戦うこともできる。そう思ったからで。


 そしてそれを体現する人との再会もあった。


「久しぶりね、イリス」


「ああ、小松」


 思えば彼女が最初のイレギュラーだった。彼女との戦い。そこでこの世界での僕の立ち位置が決まったのだ。


「不思議ね。あなたとは敵だった。そしてあの長尾景春の時に手を組んだ。そして今はこうして共に肩を並べる」


「移り変わるんだろう。立場ってのは。それでもいいじゃないか、知ってる相手と殺し合うより」


「……そうね」


 そう。こういう出会いもある。

 だから琴さんともまた、仲間になれる。そんな日が来ると信じている。


「けどこれで6万でしょ? ヤバくない? もうゼドラだろうがなんだろうがぶっつぶしてやりますよ状態じゃない?」


 夜。帝国との合流を前に増えたトンカイ軍編入のために、1日野営することになったテントの中で、姉さんが少し浮かれ調子で呑気なセリフを吐く。


「6万といっても混成軍だよ」


 そう。6万が一塊の軍だったらいいんだけど、うちらは6か国による混成軍なのだ。


「それがどうかした? イリリ、あたしの異名忘れた? キズバールの英雄よ?」


 そういえばあの時はデュエン国に対してイース国周辺の国がまとまって対抗したんだっけ。

 けどそれと今とは事情が違う。


「そうじゃないんだ姉さん。あの時は全ての国がデュエン国に滅ぼされそうだったから必死だっただけで、今は違うんだ」


「むっ、必死じゃないところがいるっていうの?」


「いる。エティン国とキタカ国だよ」


「なんで? あのケンちゃんはやる気だし、何よりイリリが号令すれば言うこと聞いてくれるって」


「違うんだって。確かにケンちゃ……上杉謙信は意欲的かもしれないけど、兵はどうかな」


「ん? 兵?」


「そう、兵だよ。戦うのは兵だ。けど彼らのやる気は低い。というのもこの戦いに彼らは関係ないから」


「関係なくないじゃない。帝国のため、ゼドラ軍をぶっ飛ばすんでしょ?」


「建前上はそうかもしれない。けどそこに熱はあるかどうかってことだよ。キズバールの時は、どこも負ければ滅ぼされるという恐怖があったから必死に戦った。けど今、エティン国とキタカ国は。負ければ即滅亡というわけじゃない」


「でもでも。あたしらが踏みつぶされたら今度はあいつらよ? なら今のうちに必死に戦った方がいいじゃない」


「そうはいってもそう判断できないのが人間なんだよ。もしかしたら自分が必死に戦わなくても勝てるかもしれない。ゼドラが途中でミスして衰退するかもしれない。まだ講和の道が残ってるかもしれない。人間、いざ自分の番が来るまでは、危険なんてどこか他人事の世界の話でしかないんだよ」


「ふーん。なんかイリリ、面白い考え方するのね」


 それはそうだろう。

 僕の考えは心理学的な考え方。いわば孫子に似た考え。この時代、この世界にそういった考えが広く広まっているようには思えない。だから異端に思えるんだろう。


 けどそれはある意味、過去の歴史にも現実にあった話。だからこそ、僕はそうなると見ているわけで。


 それはまさに関羽と呂布にちなんだ、三國志の反董卓連合だろう。(正史では虎牢関ころうかんの戦いはなかったとされるが)


 呂布のあるじである董卓とうたくに対し、10か国以上、総勢十数万もの軍勢を得た連合だが、実際に戦ったのは曹操そうそう孫堅そんけんといった一部だけ。誰もが兵の損耗を惜しんで積極的に戦わなかった。

 次第に厭戦えんせん気分が高まって、董卓が洛陽から長安に遷都したことを戦果として連合は解散してしまったというもの。


 これがエティンとキタカが積極的に戦わないだろう、歴史上からの理由だ。


「じゃあどうする? ケンちゃんたちを最前線に置いて、あたしたちが後ろからさっさと攻めろってやる?」


「姉さん、頼むからそんなこと絶対に外では言うなよ? それやったら終わりだから。今、この軍で一番大きいのはエティンとキタカの軍勢なんだよ。それが人柱にされるんだったらって、敵に向けてた槍をこっちに向けてくるかもしれないんだから」


「うー、なんか色々考えるのめんどい!」


 いや、あんたは一応将軍格なんだからそれくらい考えなさいよ。


 ま、今みたいな特殊な例はそうあるもんじゃないけど。


「けどそういった意味ではトンカイ軍の参戦はありがたいんだよ。トンカイ国も手に入れた旧デュエン領を侵略されてるから、ゼドラに勝たないといけない理由があるわけだし」


「あ、なるほど」


「それで6万のうち半数近くが本気で戦う軍になった。そうなればどうなると思う?」


「ん……? そりゃあ、もう。一撃でゼドラのあんちくしょうをぶっ倒してあたしたちの天下じゃって!」


「そうなればいいんだけどね。その前段階。皆の意識が『勝てないかもしれない』から『勝てるかもしれない』になるんだよ」


「ん? それが何か?」


「いいかい、姉さん。この『勝てるかもしれない』って考えは重要なんだ。勝てるかもしれないって前向きな考えは、兵の動きに顕著に出てくる。勝てるかもしれないから、もっと頑張ればいっぱい恩賞をもらえる。だから頑張る。やる気が出る。そうすれば動きがよくなってより勝率が上がるんだ。正のスパイラルだね。逆に負けるかもしれないって考えれば、少しでも不利を感じたら兵は逃げ出す。そうなればその瞬間に負けは確定する。負けるかもだから劣勢になって、劣勢になったから負け確定と兵たちは逃げ出す。そうすれば本当に負け確定ってことさ」


「ふーん。つまり勝ち馬に乗れってこと?」


「まさにその通り。だからトンカイ軍が本気で戦ってくれれば、きっとエティンとキタカもそれに倣うってことさ」


 それに呂布や項羽に匹敵する関羽というイレギュラーを得たのがこの上なく大きい。

 2人同時に相手は無理だろうけど呂布に関羽を当てて、項羽を残りの複数人で抑え込むといった戦術が描けるわけで。


「ま、全ては明日だね。帝国軍と合流して、どう戦うかは決めるわけだし」


「あ、そっか。じゃあいよいよラスちゃんとも会えるのね」


 姉さんの何気ない一言に心が動く。


 そうだ。彼女がいる。この世界に来て初めての友人。そこからずっと、いつも一緒にいた。ほんの数か月だけど、出会ってからの濃度を考えると、彼女がいない時間としても長い長い離別だった。


 ぽむっ


 不意に何か柔らかい感触に包まれた。

 誰かが僕の背中から腕を胸元に回して抱きしめている。いや、誰かって1人しかこのテントの中にはいないけど。


「姉さん、何してるの?」


「いやー、なんかアンニュイな感じのイリリが可愛いなーって」


「なんか背中に当たってるんだけど」


「当・て・る・の」


「バカ!! なに!? 姉さんはいつも見境がなさすぎじゃない!? 年中発情してんの!?」


「ちっちっち。ちゃんとイリリの前だけって決めてるから」


「なおたち悪い!!」


 温かい、というか暑いんだよ! こんな7月のクソ暑いのにやってられるか!!



 切野蓮の残り寿命142日。

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