第66話 乱世の現実
この世界はどうなっているのか。
中世ヨーロッパを思わせる街並みや風土に、戦国乱世を思わせる群雄割拠のていを成している。
その中で異彩を放つのが、かつて英雄と呼ばれた人間たちだ。
関羽、蘭陵王、小松姫、そして風魔小太郎。
その中で実際出会ったのは、蘭陵王と小松姫と風魔小太郎。
前者の2名は敵としてで、話したのも小松姫だけだから、自称しているだけの痛い奴という見方もできた。
けど。
Q:韮山様について
「はぁ……質問ですか。韮山様? えぇ、お屋形様の祖父、伊勢宗瑞様に間違いないです。直接お会いしたことはもちろんありませんが、とてつもない名君であったとか。元は先代今川当主の叔父として河東(東駿河)を治め、さらに伊豆の大名となられた英傑です。それは戦だけでなく、民に対し優しく真摯だったみたいで、かくいう風魔党も韮山様に救われたとのことで、一族は頭があがりません」
Q:河越夜戦について
「河越の戦っすか。あれは確かに厳しい戦いだったすねぇ。山内上杉と扇谷上杉、さらに関東の反北条勢力に加え、駿河の今川にも攻め込まれ、まさに滅亡の時を迎えてました。それでもお屋形様は家督を継いだばかりにもかかわらず、積極的に打って出、今川と和睦をして両上杉を完膚なきまでに叩き潰したのです。その時は、今川との和睦のために武田晴信(信玄)殿と交渉するため甲斐へ行ったり、河越の孫九郎(綱成)殿に連絡を取るために8万もの包囲網を突破して城に忍び込んだりなど、東奔西走しました」
知識テストしてみたけど、とりあえずパーフェクトだった。
正直、若干ぬけてるところもあって、これが風魔小太郎? という気分もあったからだけど、どうやら風魔小太郎というのは代々受け継がれる名前で、それを先代から受け継いだばかりだという。
「正直、自分はまだまだ未熟なところもありましたからね。ただ先の河越を考えると、嫌だ無理だと言ってられない状況だったっすから。もうなにくそ、と思いながら、お屋形様のために走り回ったわけっすわ」
「なるほど」
Q:上杉謙信について
「上杉……謙信? 誰です? 越後の上杉? あぁ、長尾ですか。守護代の。え? 守護? 関東管領? 小田原が攻められた!? いつ!? どこで!? 勝敗は!? お屋形様は!?」
Q:小松姫について
「本多小松? それも知らないっすね。関羽とかは聞いたことがありますが。ん? 徳川幕府の重鎮? いやいや、いつの幕府ですかそれは!? え、松平? 松平って……あの? 今川の? 確か先代の清康が殺されて、それで今川を頼ったとか。確か当代は広忠。え、その息子? 家康? え、広忠は殺される? ど、ど、ど、どういうことですか!?」
これら受け答えの反応などを見る限り、かの戦国時代にいた人間であることは間違いなさそうだ。
しかも時代的には1500年代中盤。桶狭間の戦いを知らないことから1550年前後の時代だろう。
「いや、つまりイリス殿は自分より500年も未来の人間と……信じられないっすが……。ええ、自分と同じ時代の人間、または唐土の人間とは出会ったことないっす。ちょっと探してみたいですね」
「うん。いずれはそれもお願いすると思う」
もし、そういった英雄が各地に存在しているなら。
何かの意志でそういうことが起きているのなら。
彼らを集めることが、生き延びるうえで、そして全国を制覇するうえで、貴重な戦力になると思う。
だから小太郎にはそれをお願いすることにした。
まぁまだ正式なイース国の家臣ではないから、下手に動かせないけど。
とまぁそんな話があった後だ。
ずっと気になっていたことを聞くターンになった。
「小太郎って、忍術使えるの?」
「忍術っすか? はぁ、多少は。自分、体術にはあまり自信がないので」
「え? じゃあ火を噴いたり、水の上を走ったり、蛙を呼び出したり、一瞬で姿を消したり」
「あー、そういうのはちょっとさすがに。でもそれに近いことはできるっすが……」
「マジで!?」
「あいにく、忍具もなにもないのでそこまで期待されると困るっすが。ここで一から作り直すしかないっすね。今できるのは、水蜘蛛で池の上を走ったり、声帯模写で敵のかく乱をしたりするくらいっすね」
「それでもすごいんだけど!?」
という感じで、一応、打ち解けられたような気がする。
やっぱり好きな歴史トークなら、いくらでも話が広げられるもんだ。
小太郎の言葉遣いも元に戻っていた。
僕が堅苦しいのを嫌ったのもあるし、何より「殿!」「殿!」と呼ばれるのが若干煩わしくなったのだ。
そんなこんなで短いながらも小太郎の話にひと段落をつけ、今後の話をしようとタヒラ姉さんを探す。
僕らの話を異国の言葉(実際異国の話だが)でも聞くようにしていた姉さんは、飽きて部下たちの方へと戻ってしまっていたのだった。
「あ、いた。タヒラ姉さん」
「あ、イリリ――と、まだいたの」
タヒラ姉さんが小太郎を疎ましそうに睨みつける。
「はっ、イリス殿に誠心誠意、一生仕えますので」
一生とか……重いなぁ。
「…………ちっ」
タヒラ姉さんはあからさまに舌打ちをして見せる。
もしかして妹に悪い虫がついたとか、子供みたいなこと思ってないよな。……ないよな?
「そ、そういえば仕事はどう? てか何しているの?」
空気を変えるために、僕はわざと少し明るい声を出す。
それにしても気になっていたのだ。
タヒラ姉さんだけが後方でやる仕事というのはなんだろう? まさか僕の看病というわけはないだろうから、他に何かあるのだろう。
兵たちが忙しそうに歩き回っているから何かの作業なのだろうけど。砦づくり? ザウスの脅威もなくなって、国境の位置も変わろうとしている時期に、こんな手前に作る意味があるのか?
そんなことを考える僕は、なんというか呑気者というか、世間知らずというか――結局は現実を見ていなかったのだろう。
現実とゲームを混同して、自らの知と力に酔い、人の心をなくしたろくでなしということなのだろう。
その日、僕は希望と同時に地獄を知った。
「ん、まぁね。さすがにほったらかしは良くないというか」
「ほったらかし?」
何の話だろう。
タヒラ姉さんは、どこか言いにくそうに、少し困った様子なのもおかしい。
みんなが立ち働く理由。
それがなんとなく気になって、そちらの方へ足を進める。
「あ、イリリ!」
「大丈夫だって」
タヒラ姉さんの制止を振り切って、僕は忙しく動き回る兵たちのところに行く。
はじめは土嚢でも運んでいるのだと思った。
次に負傷者を手当てしているのだと思った。
最後に穴を掘って砦を作ってるのだと思った。
そのどれも違った。
あまりにも能天気で、平和ボケして、温室育ちの思考だろう。
そんなはずがなかった。
そんなわけがなかった。
ここは乱世。血で血をぬぐう戦乱の世の中に、そんな生ぬるいものがあっていいはずがない。
死体だった。
運んでいるのは、血まみれで、体の一部が損壊して、二度と動くことも喋ることも許されない、物体と化した元人間。
それを林の方から運んで、地に並べていくのを、黙々と兵たちはこなしている。
「一応、ね。敵がほとんどだけど、味方もいるし。あのまま放置して野犬の餌にするってのも悪いし。それに妙な疫病とかになったら困るから。しっかり供養して、埋めてあげるの」
タヒラ姉さんが静かな声で説明してくれた。
「うんうん、他国の死者にもきちんと弔いの心を忘れない。これぞ韮山様の掲げる仁の心っすなぁ」
「なにそれ、意味わかんないし」
タヒラ姉さんと小太郎の話を聞いて、なるほど、と理解を示す自分がいた。
この埋葬には多くの利点があるんだぁ、と。
けどそれは、いわば思考の逃げであり、現実からの逃避であり、この現実を直視しない、したくない僕の弱い心が生み出した安全地帯なのだろう。
「僕が……殺した」
声に出た。
もちろん僕は手を下していない。
けどここで死んだ人たち、つまり林にいたザウス軍の人たち。
それを殺したのは、間違いなく僕だ。
手を下していないが、策は出した。勝てる、つまり殺せる策を示した。
何が追い払えばいいだ、撃退すればいいだ。
ハエとか羽虫程度に考えていたのか?
得意のゲームみたいに数字を減らせばそれでいいと思ってたのか?
軍を追い払う、ということは、兵を『殺して』撤退に持ち込むということ。
そんな単純なことを忘れていたのか、あるいは意識したくなかったのか。
度し難い愚か者だ、僕は。
しかも考えてみれば国を亡ぼすとか考えた僕は、この何倍もの死者を量産するつもりだったのだ。
その無意識な罪悪が、僕の心に重しのようにのしかかってくる。
「イリリ、あなたが気に病むことはない。だって、こうしなかったら、こうなってたのはあたしたちの方。もっと罪のない人たちや、父さんやヨル兄、トルシュたちもこうなってたかもしれない。だからしょうがないの」
言いたいことは分かる。
けどしょうがないで済ませたくない。それで済ませてしまったら、もうそれは修羅の道。獣と同様。つまり人ではない何か。
その中でも僕はまだ、人間でいたい。
だからこそ――
「ごめんなさい」
「イリリ?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
誰に対する贖罪なのか。
何に対する謝罪なのか。
分からない。
分からないけど、その時の僕はその言葉と、どうしても涙があふれて止まらなかった。
タヒラ姉さんと小太郎は、そんな僕をいつまでも、黙って見守ってくれていた。
切野蓮の残り寿命251日。
※軍神スキルの発動により、13日のマイナス。