挿話24 中沢琴(ゼドラ軍部隊長)
前方に熱を感じた。
それは敵の数によるものではない。
その中の少し、いや、おそらくは1人の魂に収縮する激情の鼓動によるものだろう。
「不快な風だ」
隣の呂布がつぶやく。
この男。伝記に聞くあの呂布とは似ても似つかない冷静さを備えている。
だからこの静けさがどことなく不穏で、風をざわつかせるのだ。
「呂将軍。ボクが打って出ようか。その暗黒に染まりし熱情の風。ボクが吹き飛ばそう」
「いや、俺が出る」
「え」
「全軍! あれを潰すぞ、続け!」
喚声と共に軍が動く。その動きに遅れないよう、潰されないよう、ボクも得意ではない馬を走らせる。
「呂将軍!」
「琴、お前は感じないか。あの敵の、不快さを」
「感じるさ! だからこそ、ボクの神意烈風が全てを吹き飛ばす」
必死に馬にしがみつきながら叫ぶ。そうでもしないと、この圧倒的な存在に吹き飛ばされてしまいそうで。
「ふっ。お前のそういうところは嫌いではない」
「っ」
嫌いではない。その言葉がどうも胸の奥に入り込む。
「だが戦場では別だ。戦場は男のもの。男の魂のぶつかり合う場所だ」
「ボクは男じゃない」
「だから好ましいのだ。ならばついてこい。そして見極めよ。あの不快な風。それを吹き飛ばす、呂奉先の武というものを!」
答える間もなく、呂布が加速した。いや、馬だ。あれが噂に聞く赤兎馬。たった1人で、ぐんぐんと味方を、ボクでさえも引き離していく。
追いつけない。
馬が必死に追いつこうとするけど、それをあざ笑うかのように呂布は距離を広げていく。
しかし本気なのか。
いや、だからこそ呂布だ。
この激情。この情念。この情動。
1万もの敵に単騎で正面突破。それが呂布だ。
己の武に全てを捧げ、闇を払う一閃がきらめく。
まさに演義に聞く呂奉先。
武の化身たる呂奉先。
「全軍、将軍に続け!」
部隊指揮なんてがらじゃない。イリスと共にいた時に少しは習ったつもりだが、ここは小手先の指揮でどうにかなるものじゃない。呂布に続く。それだけで敵がはじける。
背後から感じる情熱の炎に背中を焦がされる思いで必死に走る。
敵。イリスではないだろう。イリスであるはずはない。
そして土方殿でもない。
彼らは東にいる。ここは帝都の南。
最初にこちらに呂布と共に派兵となった時、ホッとした自分がいた。土方殿やイリスと戦わなくていい。そう言われたような気がして安堵したのだ。
だがその時のボクを、漆黒の炎で焼き払ってしまいたい。それほどに許せない感情、怒りがボクの全身を駆け巡った。
だってそうだろう。
誰かと戦いたいから。誰かと戦いたくないから。
そんな理由で故郷を飛び出してきたわけじゃない。
すべては義のため。
すべては誠のため。
それが戦場で敵を選ぶなんて。
恥を知れ。中沢琴。
だからその怒りを叩きつけるために走る。
敵はまとまって動かない。呂布に機先を制された形。だから砕け散る。あの呂布の武により、全てが。
だがそれは間違いだった。
「関羽っ!!」
「呂布か!!」
叫びが重なる。
先頭の男。これもまた呂布に劣らぬ巨馬に堂々たる体躯の男。手にした薙刀に似た武器と、何より胸元まで届くあごひげがその存在感を際立たせている。
関羽。
呂布が叫ぶ通り。三國志の英雄。そして呂布の宿敵。
まさか。いや、なぜこの場に。
これも運命の神が定めし宿命なのか。
分からない。
分かるはずもない。
ただ起きていることは事実で。
それによる結果は誰も知ることはできない、まさに神の領域の奇跡。
三国志最強の武と、三國志最強の武が激突した。




