挿話19 林冲(アカシャ帝国客将)
「健康な馬100と兵をもらうぜ」
この話を聞いた時。馬鹿だろうと思った。
「これよりこの500で敵1万に攻め込む」
そう兵の前で宣言した時。大馬鹿だろうと思った。
土方歳三。
これまで見たことがなかった。これほどの大馬鹿は。
いや、たった108人の頭領で、大宋帝国に勝とうという俺らも一緒か。
3時間ほど前。北門からこっそりと外に出た。
こちらは山裾になっていて、敵の兵もいない。といっても監視はあるだろうから城門の横にある小さな通行用の扉から外に出るようにした。
それで100人が一斉に出れば時間もかかるし、気づかれる可能性があったが、5人や1人で徐々に出れば気づかれなかった。そのまま東回りに移動して敵の包囲の外に出た。
敵の警戒は緩かった。
というより、今はもう逃げられない状況だし、何より南門に注意がいっているから簡単に移動できた。
そうすればもうあとはすぐだ。ゼドラ軍の南を迂回して合流。敵の背後から襲う絶好の位置を確保する。
「おい、林冲。お前に300を預ける。適当に突っ込んで、かき回してくれ」
敵から1キロもない離れた林の中で、無事に合流できた500を前に土方がそう告げて来る。
「お前はどうする?」
「当然、頭を潰す」
「お前、狂ってるな」
「馬鹿言うな、正気だよ。あの馬鹿杉だからなんだかは『諸君、狂いたまえ』とか言ってやがったけどな」
「はっ、正気でこれをやろうってんだから、その正気が狂ってるんだよ。面白ぇ、どっちが敵将の首を取るか競争だな」
「相手は為朝だ。舐めてかかると死ぬぞ」
「知らんな、そんな名前は。ま、弓であの帝都の門をぶち破ったヤバい奴ってのは分かってる。それだけで充分だろ」
「あの呂布と同格だ」
「……ちっ、めんどくせぇ」
帝都でのあの一戦。
土方ともう1人の死んだ女と共に戦ったあの化け物。呂布。伝記には聞いたが噂以上だったが、それと同格かよ。
だがそれもいい。
あの時のつかなかった決着。今度こそつける。そのための1つ。
自然、笑みがこぼれた。
「笑うか」
「お前もな」
2人。共に息を吐きだす。
あの時からそうだったが、この男とは似ているのかもしれない。身を顧みず、武だけを極めようとするその心意気が。
「そうか。では武運を祈る」
「お前もな」
話はそれだけだった。
それだけで十分だった。
この男。どこか颯爽とした感覚を持つこの男は、まさに好漢という言葉が似合う。あの狭い島に籠って、世界を相手にしようと集まったあの愛すべき愚か者たちのように。
「あの、林冲殿、ですよね?」
土方から少し離れて出撃の時期を待っていると、兵の1人が遠慮がちにそう聞いてきた。
「ああ」
誰だか名前も知らないやつ。それにどう返していいのか分からず自然返答はぶっきらぼうになる。
「やっぱり!」
「おお、あの帝都での敵将との一騎討ちの!」
「帝都の守護神の1人が俺たちについてくれるんだ!」
ざわざわと波紋が広がるように、俺のことが口々にのぼる。
悪い気はしなかったが、どうもこそばゆい感じがする。
ま、そうやって士気が高まるならそれでいい。
――だが。
「静かにしろ」
ぴたり、と兵たちの声が止まる。
「来るぞ」
感じた。
敵の動き。
おそらく為朝とかいう奴が城門を破壊しようとしているのだろう。兵の気配というか、殺気がどこか変わった。
土方を見る。
相手もこちらを見ていた。
同時、駆けだした。兵たちも黙々と続く。
距離は1キロもない。駆ければすぐだ。前方からどでかい破壊音。それも続けて。
奴か。
城門を矢で破壊する。
それだけ聞けば、ばかばかしい限りだが実際に破壊された帝都の城門を見ればそれも分からなくはない。おそらく俺の異能と同じく、その為朝というのにも異能があるのだろう。
4つ目の音。少しして大歓声が起こる。門が倒れたのか。
まったく、あんな小細工でよくもまぁ。
破壊された門。その後ろには山盛りの土が行く手をふさいでいるなんて。悪い冗談だ。少なくとも兵はそう見る。城攻めは城門の攻略が一番難しい。それを簡単に犠牲なくやってのけてくれたのだから、兵の士気は最高潮になる。
そのはずが一転、立ちふさがる土の山に絶望する。
その刹那だ。
狙うのは。
1キロもないとはいえ、到達には10分程度の時間がかかる。
その数分の差。早すぎては城門が破壊される前で敵も緊張感がある。遅すぎては喪失感から立ち直る。
だから緊張感がとけて、喪失感から立ち直るまでのわずか十数秒の間。それをこうも狙ってできるとは。いや、俺もあの時期を見た。つまり土方は同種ということ。それもまた悪くない。
自動で思考を遮断した。
戦略だ戦術だの話から、局地戦へ。すぐ敵が見える。馬蹄にも気づいてこちらに振り返るものもちらほら。
さぁ、ここからだ。ここからが豹子頭の腕の見せ所だ。
槍をしごいて舌なめずりをする。
敵に動揺がはっきりと見えた。
その刹那にあの男が叫んだ。
「新選組、突撃!!」




