挿話17 源為朝(ゼドラ国将軍)
敵城を臨む。距離にしておよそ200メートル。
そこならば鉄砲でも当たらない、当たっても致命傷になりづらいということでこの距離が選ばれた。
城の南門。そこが昨日は激戦区だった。
というよりこの城。西に川があり、北は山、東も山裾と比較的緩やかだがな丘が続き大軍が展開しづらい以上、この平地が続く南門辺りに軍が展開するのは当然。
それゆえに、こちらにゼドラ軍が布陣し、その先頭に自分がいる。
西にはクースの奴らがいて、それらも距離はあるもののジッとこちらを見ているに違いない。
敵味方に注目される。
それは悪いものじゃないね。
いや、それこそが武士の晴れ舞台。あのクソ兄貴(源義朝)との戦い(保元の乱)。あれは兄貴と、何より(藤原)頼長の阿呆のせいで負けたが、それでも俺の一世一代の晴れ舞台だった。
あれに勝るものはないと思ってたけど、まさかこの別世界でそれを再び体験できるとは。
「感謝しなきゃいけないのかなー、あのこっわい大将軍様に」
味方の2万の視線。そして敵の数千の視線を受けて前に出る。
馬には乗らない。さすがに門を射落とすのに馬の踏ん張りでは持たない。
弓は俺の背丈くらいの大弓。といっても“ちょっと”大きいくらいだろう。
本当は竹弓を使ってたけど、巴に教わった重藤弓とかいうのがかなり使い勝手がいいので、それを作らせた。
確かに藤を巻いて弓の強度を高めていた奴もいたが、のちの時代ではそれが主流になっていったみたいだ。
だが確かに良い弓だ。腕にしっくりくるし、何より“少し強め”に引いても壊れない。しかもこれはまさしく十人張り。つまり俺のためにある弓じゃん。
「さって、いっちょやりますか」
弓をつがえて停止する。
弓は力じゃない。技で引く。
どれだけ大きかろうが、どれだけ硬かろうが、弓は力で引いても応えてくれない。弓がたわむ。その刹那の柔らかい場所。それを見切って一気に引くのだ。
「――ふっ!!」
一息に矢を引いた。
ぎしぎしときしむ弓幹が手の中で暴れる。まるで己のあるべき場所はそこではないと抗議するかのように。
それをここは力でねじ伏せる。引いた後は力。それを固定して、気が充実した瞬間に放つ。それが正しい射撃の姿勢だが、それを言っても誰も理解してくれない。
別にいいし。分かってもらおうと思っていることじゃない。
俺と弓の間にある約束事のように思えればそれでいい。
左手の中で暴れる弓幹を握りつぶすようにして固定し、今すぐ飛んでいきそうなほどに抵抗を示す矢じりを右手でねじ伏せる。
まだだ。
まだ定まらない。
右手、左手、そして瞳。
それら3つが合わさって、そして最後の気を発する呼吸が定まって初めて矢を射ることができる。
そしてその3つ全てが混然と混ざり合い、昇華して虚空へと消えていく。
そこに体の奥底に巣食う竜が、歓喜の産声を上げて咆哮を天へと昇りつめる。
その刹那――
タァン!
銃声。
聞こえた。いや、聞こえなかった。
すでに解放されていた。矢が。腕の中から消えて飛んでいく。
離れていった。
放たれていった。
自分からぽっかりと何かが抜け落ちたような。消え去ってしまったような喪失感。
それでも沸き上がるのは達成感。今日もまたあの強大な弓をねじ伏せてやったという安堵からくる充実感。
それらが渾然一体となって自分を満たす。その次の瞬間。
ドォン
矢が門に刺さった音だ。
それからは全て同じだった。
同じことを3度。
それで門の四隅に正確に撃ち込まれた。
その間、抵抗らしい抵抗はない。
むしろ敵が出て来れば、俺の弓で10人は貫けるし、後ろに待機している連中もただぼうっとしているわけじゃないから、どのみち無理な話なのだ。
奴らは閉じこもってぶるぶると震えて俺たちが押し入るのを待つしかない。哀れな子羊ということ。
「命中っと、じゃあ中を拝ませて……」
そこで違和感。
門。それがまだきつ然とした様子でそこに鎮座している。
矢が突き刺さった門。本来なら、矢を起点にひびが入って蝶番ごと跳ね飛ばす威力を込めたのに。
補強されている? いや、だからといって俺の矢が貫けないわけがない。4発もくらえば、門は吹っ飛んで中身がどばどばと出てくるはず。
なのにそれがない。
いや、数秒の沈黙。その後に門がぐらりと動く。
だがそれは奥側に向かってではなく、こちら側に向かって。
ありえない。
こっち側から放った矢が突き刺さったんだ。物体はすべからく、向こう側に倒れるべきだ。門も、人も、これまでずっとそうだった。
なのにこちら側に倒れる。それはまるで、門の向こうに矢では動かし得ない何かがあるようで――
「なに、あれ」
倒れた門。その向こうに城に通じる空間はなかった。
あるのは巨大な壁。しかも岩とかじゃない。おそらく土壁。
岩なら砕ける。
だが土は砕けてもその後ろからどんどんと溢れてくる。岩を動かすのは大変だが、土は運んで固めれば何重にも防壁は作れる。
なんて騙しだ。
いや、それだけ俺の弓を警戒したということか。
そしてそれだけの準備をしたということは……。
「お、おい。どういうことだ。なぜ突入せん!」
ライトーンが顔を真っ赤にして最前線までやってくる。最前線といっても敵との距離は200メートルもある。打って出て来ればすぐさま後ろに下がる気だろう。
まぁ今は最前線もなにもないだろう。
この感覚は。
「さぁね。けど準備しといた方がいいよ」
「なに?」
察し悪いなー。本当に総大将の副官?
「敵は門を捨てて完璧な守りを手に入れた。ってことは、中にいる人数はそういらないんだよ。ってことは? 何が起きる?」
「な、なにが、だと……」
「はい、遅い。至急部隊をまとめて。迎撃態勢。敵が来るよ!」
叫んだ。
というか自分の反応も遅い。こんな状況の分析とかやるような人間じゃないでしょ、俺は。
危険を感じたら退く。いけると思ったら食らいついてでも前に出る。そんな感覚が俺を作って来た。
なのにこうも理論がましいことを言うとは。
俺も多分、動揺してるんだろうな。くそったれ。
周囲が事情が呑み込めずに右往左往するばかり。
ちっ、こいつら何もわかっちゃいない。
こうなったら俺が先に動くしかない。
だがどこからだ。なぜあんな門を。あれじゃあ出入りができないのに。くそ。雑念が。どこだ。あんなことをしやがった奴は。俺の敵。俺が殺す相手。
どっちだ。東はない。ゼドラ軍とクース軍。その2つに挟まれるからだ。そこに向かう1千や2千の軍を見逃すはずがない。北は南門。200メートルなにもない空間。そこから来るなら、兵は鎮まれる。俺が前に出れば兵は戦う気を取り戻す。最本命は東。丘の向こうに兵を隠して一気に攻め寄せる。来るなら東。そう、東だ。
だがその期待は裏切られる。
それは、予想外の方向。東から来た。
「新選組、突撃!!」




