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挿話16 土方歳三(アカシャ帝国所属)

「敵が増えた?」


 西門を守っていたジャンヌ・ダルクかからの報告に眉を顰める。

 こちらは5千もいないが相手は1万弱。それならば守り切れると思っていたが見通しが甘かったようだ。


 いや、増えるのも当然か。

 こちらには皇帝がいる。それを狙うゼドラ軍にとっては、なんとしてでも取りたい首級。幕府の将軍と同じってことだ。


 くそ。高杉の野郎。さっさと援軍に来い。いや、もしかしたらあちらにも軍が行っているのか。なにせゼドラ軍は3万を超えるという話だ。こちらに1万。残り2万が高杉の方に向かうのもありえなくはない。


 そうなればあとはもうじり貧だ。

 1つ希望があるとすれば……いや、やめよう。来るか分からない援軍を待つほど愚かな行為はない。きっとイリスもまた遠く同じ空の下で孤軍奮闘しているんだろうからな。


「分かった。要件はそれだけだな」


「あ、それが。岳飛将軍より、今後を協議するため、西門に集まってほしいと」


「っ、それを先に言えってんだ!」


「ひ、ひぃ!! お、お助けを……!」


 伝令が腰を抜かして後ずさる。

 そんな怖がらなくてもいいだろうよ。今は新選組じゃねぇんだ。まぁ組のやつがこんな醜態さらしたら、腹を斬ってもらうがな。


 南門の守りを部下に任せ、西門に急ぐ。

 敵はすでに退いている。それに敵の本陣があるだろう西門にいれば敵の動きも分かるから少し離れても問題はないだろう。岳飛もそれを分かってるからこそ呼んだのだ。


 西門にはそこの守将であるジャンヌ・ダルクと岳飛がいた。


 ジャンヌ・ダルク。

 あのイリスとそう年も格好も変わらない小娘が、一丁前に鎧に矢傷を受けながらも立っている姿を見るのは、なんとも不可思議なものだ。

 ただ小娘とは侮れない武の雰囲気と、何より実際に部隊を従える統率力はただ者じゃない。


 それから岳飛。

 腕を失いながらも戦い続けるこの男の姿に、闘神とあがめる兵もいるという。

 だが分からないでもない。この男がいるだけで軍に厚みが出る。大昔に国を守るために戦い続けたというが、その信念は今も変わらずにその姿を表し続けているのだろう。

 そのさまは、どうしても勝っつぁん(近藤勇)を思い出させなくもなく、久しぶりに声を聴きたい。そう思った。


「すまんな、遅れた」


「いや、こっちも今来たところだ」


 本気か嘘かはっきりとしない答えを岳飛はした。


「ご無事で安心しております。これも神のご加護でしょう」


 ジャンヌ・ダルクは本気でそう思ってるんだろう。よどみのない顔でそうねぎらいの言葉をかけてきた。


「あいにく、俺に信心なんてないんでね。加護なんて受けたことねぇのさ」


「いえ、天にまします神はどなたも平等に導いてくれるのです」


「そうかい。じゃあ困りもんだな。敵さんにも神の加護とやらがあるんだろうからな」


「いえ、敵は敵です。彼らには神の放ったメギドの火によって必ず滅するのです」


「なんだそりゃ」


 誰にも平等だけど敵は滅ぼす? 滅茶苦茶な道理だ。けど、彼女の中ではそれが正解らしい。

 ま、信心についてを真面目に語るのも阿呆らしいからな。


「で、敵が増えたってんだが、どうするんだ。岳飛?」


「うむ。どうやら増えたのはゼドラ軍ではないようだ」


「ゼドラ軍じゃない? じゃあどこの?」


「分からん。ただ北からやってきた1万ほどの軍が合流したという話だ」


「ってことは敵は2万か。うちの5倍以上だな」


「増援はほとんどが歩兵らしいがな」


「野戦をやろうってんじゃねーんだ。城攻めには歩兵だろ。気休めにはならねーよ」


「違いない」


 まったく。楽にしてくれねぇ相手だ。


「それに敵には為朝とかいう者がいるのも確認した」


「やっこさんかい」


 帝都での戦いを思い出す。

 高杉の野郎と組んでぎりぎり追い返したやつだ。


 その武は伝説に聞く以上のものがあり、何より――


「あの矢が来るか」


「ああ。門を壊しにな」


 今でも思い出す。あの帝都の城門を破壊した一撃。夢だろうと思ったが、そのあとに敵兵がなだれ込んで修羅と化した現実を思い返せば、夢でも何でもない、ただの悪夢のような現実だった。


「しかし、城門には土方殿が策を講じているではないですか」


「ええ、ジェンヌ殿。しかしあくまで効果は一時しのぎのものです」


「言ってくれるねぇ」


「事実を事実と認めない限り、我々に勝利はない」


「ま、それもそうだ」


 城門に施した策、というか悪戯級の小手先の対処。

 それで時間が稼げるならいい。だが、それをものともせず、奴らが押し寄せてきたら……。


 どうなるか分からない。それに頼り過ぎるのも危険だ。

 だから岳飛の冷静な状況分析は正しい。


「しかし、あの策。そのまま放っておくのももったいないかと。兵たちもある程度の役割を感じて、土木作業に従事したのですから……」


「ふむ……」


 ジャンヌ・ダルクの必死の訴えに、岳飛は鼻を鳴らす。

 ジャンヌ・ダルクの言うことも一理あると考えたようだ。彼女は兵たちのことを考えての言動が多い。甘いという考えもあるが、それが将としての求心力となっているのも侮れないものがある。


「しかしどうする。あんなの子供だましの時間稼ぎだぜ?」


「けど、間違いなく止まると思います。なにせ話を総合すると、最初にかの為朝という者の矢で城門を破壊しに来るのは間違いないのですから」


「来るなら南だな。西は川があり、東は大軍を奥には狭い」


「ですが渡れない川ではありません。神の声を聴くならば、西からも来ると見ていいでしょう」


「う、うむ? と、とにかく敵は西か南から来る」


 神の声とやらを岳飛は無視することに決めたようだ。その方がいい。


「で、為朝がまず矢を打ち、城門を破壊する。それに乗じて兵が乗り込んでくるって単純な戦法だな。単純すぎて逆に何も仕掛けようがねぇ」


「ですが城門の破り方が分かっていて、それが失敗に終わったとなれば。そこは想定外となりませんか?」


「ふむ。確かにな。そこを突けばあるいは……」


 ジャンヌ・ダルクも岳飛も声がしりすぼみになっていく。


 おそらく俺と同じ考えに達したんだろう。


「まだ城内にいる、健康な馬100と兵をもらうぜ」


「土方、何を考えている!?」


「敵の矢が城門を攻めた時が、唯一の隙だ。やつらが信じてやまない城門の破壊。それが不可能だと錯覚するその一瞬の隙を俺が突く」


「ならばそれは私がやろう。その方がいい」


「ダメだ、岳飛。あんたは軍の総大将だ。それがそうやすやすと死にに行くものじゃないぜ」


「土方殿、では私は――」


「ジャンヌ・ダルク。あんたもダメだ。あんたは兵たちの心の拠り所になっている。あんたの旗が倒れるのは今ここじゃない」


「……っ」


 ジャンヌ・ダルクが歯噛みするように下を向く。


 何より女にこんな危険な仕事、させられるわけないだろ。


「なに、俺も昔はこういうことばっかやってきた。相手の隙を突いて、全力でぶん殴って生きてきたんだ。だからこれは俺の仕事だ。おい、例のものを出せ」


 ついてきた小物に合図をする。

 あるいは、と思って持って来させたそれ。浅葱色に映えるだんだらの羽織。(芹沢)鴨の野郎が勝手に作りやがった羽織。どうもこの色合いが気にくわねぇ。

 俺は目立ってるぞ、と馬鹿みたいな自己主張をしている感が強いからだ。勝っつぁんや総司は嬉々として着ていたが俺には合わない。


 だが、これを着ることで一線を引くことができたのも確かだ。

 多摩の土方義豊(よしとよ)ではなく、新選組の副長、土方歳三として生きる。それを定義したのはこの羽織だ。


 それでも変わらないものがある。

 侍より侍らしさを持つという志。夢。そして仲間。


 それらをひっくるめて“誠”という旗の文字として掲げた。

 それを象徴するこの羽織りに、この戦いの行く末を託す。


「岳飛、南門を頼む」


「ああ。だが……いや、500を連れてけ」


「いいのか?」


「どうせ負ける時は全滅しかない。それならお前に賭けるのも悪くはない」


「土方殿、神のご加護を」


 はっ。こんな俺にそんな期待していいのかよ。

 日野の豪農とはいえ、仕事も続かず日々喧嘩に明け暮れたばらがきを。


 それもまた、新選組の仲間を思い出して悪くない。


「いくぜ、これからは戦じゃねぇ。俺の喧嘩だ」

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