第62話 終息の戦況
その日。戦の終わりにぶっ倒れた僕は、キョウシュの街の宿に移された。
記憶はなかったけど、目覚めたのが知らない民家っぽいところだったので、またか、と思ったくらいだ。
「はい、できましたー。林檎ちゃんです。ウサギっぽくしてみたけどどうでしょう!」
ベッドの横で林檎を剥いてくれているのは菊。僕を担いでここに運んできたのは彼女で、なんというかパワフルすぎた。
けどこうやって繊細な感じで看病してくれるのは、やっぱり女の子なんだなと思ってありがたい。
僕はウサギ(?)の形に切られた林檎をひとつほおばる。甘ったるさの中にシャキシャキとした食感が生きている喜びを全身に巡らせるようで、心の奥がじーんと震えた。
「あ、だ、大丈夫ですか!? どこか痛いです!? もしかして致命傷!?」
「いや、致命傷だったらやばいから……。ん、大丈夫。ただ、林檎だなぁと思っただけで」
感極まっていた、なんてちょっと恥ずかしくて言えなかった。
「そうですか……でもイリス様にはちょっと申し訳ないんですけど」
「ん? どうしたの?」
「ああいうのはやめた方がいいと思います」
「ああいうの?」
「はい。ああいう、命を捨てるような、そんな戦い方は」
命を捨てる? そんなことをしたっけか。
まるで見当違いのことを言われているようで、からかわれているのかと思ったけど、菊は真剣で、
「あの戦い方は殺されても相手を殺すという獣の戦い方です。イリス様が亡くなられたら、菊は……もう、生きがいが高杉様しかなくなってしまうのです!」
それはそれでいいのでは? と思ったけど、一旦スルー。その場合、僕死んじゃってるし。
「でも、ああしなきゃ、もっと多くの被害が出てたし」
「だからって、その被害がイリス様である必要もないんです!」
「それは……」
「戦いだから犠牲が出るのは当然です。自分もそのつもりでいます。けど、イリス様は、なんというか……自分を捨てて勝とうというか。どこか人間を超えたところで、命を犠牲にして戦おうとしてるみたいで……」
その言葉に、どこか胸の奥でちくりと痛みがした。
人間を越えた。
あのえせ死神の言葉が脳裏をかすめる。
『別に。ただアレを人だと思ってるってことは、蓮くんって能天気だなぁって。あるいは何も分かってないなぁって』
上杉謙信――もとい軍神のことを評したあの男の言葉。
僕のスキルも軍神。それに頼る僕も、あるいは人ではないということ?
分からない。
分かりたくもない。
菊もそういうつもりで言ったわけじゃないだろう。
けど、今の彼女から感じられるのは、心底僕のことを心配してくれているということ。それが分からないほど、人間をやめてるつもりはないわけで。
「それはその通り」
唐突に、菊ではない声が室内に響いた。
見ればドアを開けたところに小柄な巫女服姿。
「千代女、戻ったのか」
「ん……まぁとりあえず輸送隊を1つ潰しただけだけど」
「いや、十分だよ……って、その通りってのは?」
「ああ。それ。それは、この菊って女が言った通り」
名指しされた菊が、呼び方にむっと千代女を睨む。
「イリス。イリスはいつも自分を犠牲にする。それは正しいのかもしれない。けど、見てると怖い。1つ、どこかで間違えて、取り返しのつかないことになりそうで」
「なんか納得いかないけどその通りです、イリス様! イリス様の体はイリス様だけのものじゃないってこと、分かってください!」
「それはそう。けど、あなたのものじゃないのは確かだけど」
「むむ! なによ、このー!」
「真実だけど」
やれやれ、結局揉めるのか。この2人。
仲がいいんだか悪いんだか。
けど千代女も僕のことを心配して言っているわけで。
それをNOと言えるほど強くはないし、そうありたいとも思わない。
「分かったよ。明日には姉さんたちも合流する。少し甘えさせてもらうよ」
「それがいい」
「はい! イリス様のためなら、この菊は火の中森の中!」
話が収まった(?)ところで、一番気になっていたことを口にする。
「そういえば戦況は?」
そう、項羽たちがどうなったのか。はっきり僕は意識があったとは言えないのでどうなったか分からない。
それには当然というか、千代女が答えた。
「今、軍は3つに別れた。ツァンとキタカ。ツァンは砦に寄って、キタカはこの街と野営に別れてる」
なるほど。キタカは兵を分けたのか。
てっきり全軍で砦に籠るか、砦とこっちの街に分断かと思ったけど、より慎重な方法できたものだ。
戦いの時にも思ったけど、援軍に来たといってもキタカ国は外国の軍なのだ。しかも帝国のために援軍に来たのであって、ツァン国と仲良しこよしというわけではない。
だからいきなり全軍を砦に入れたり、逆に街に入れたりすると、そこで反逆された場合に結構な確率で詰む。
それを避けるための分断だ。
2方向から砦を攻撃されると辛いけど、一か所にまとまっていられるより何かあった時の対処がしやすい。もとい、何かを起こすにも距離は連絡の時間を潰させることになる。
「うん、味方は分かった。で、敵は?」
「10キロ下がった。そこで野営みたい。一応、夜襲の警戒はしてるけど、多分動かないだろうって。高杉が」
「高杉様でしょ!」
「うるさい。というわけで今夜は、警備だけ出してぐっすり」
菊の文句をさらりと受け流して報告を終えた千代女。
ふむ。とりあえずは悪くない内容そうだ。
万が一の仲間割れは問題なさそうだし、敵もそれだけ離れていれば今夜は戦いはないと見ていい。
あとは明日だけど、明日には姉さんたちも合流するはずなので、砦と街を死守しておけば敵は撤退するしかなくなる。
しかも項羽という野戦最強を、攻城戦に引きずり込むことができれば、あの脅威も半減するはずだ。
そうなればここにツァン、キタカ、エティン、そしてイースの4か国軍が集まることになる。滅亡寸前の帝国も、どうにかなるというものだ。
そう考えれば小さく、けど深くため息が出る。
それを見た千代女がベッドに近寄ってきた。
「というわけでイリス」
「ん?」
「ぎゅ」
「は?」
抱き着かれた。千代女に。
あまりのことすぎて脳がフリーズ。
「ご褒美のなでなで」
「え、いや、あの!?」
「ああー!! ずるい! てかそういうのアリなら早く言って! はい、イリス様! 菊もギュッとなでなでを求めます!」
妙なテンションで飛び込んできた菊にベッドに押し倒され。
2人分の女の子の体重と匂いを引き受け、僕はまた女であることに感謝しながらも後悔するのだった……。




