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第58話 合流

「おう、イリス。戻ったか」


 慌ただしく戦後処理をしているキタカ軍に近づくと、スキピオが手を挙げて迎えてくれた。

 その横には誾千代とウェルキンゲトリクスもいる。


 ウェルキンゲトリクスは僕を見つけると、豪快に笑みを浮かべて、


「へへ、悪ぃなイリス。美味しいところは俺が全部いただいちまったぜ。まぁ俺様の独壇場だったな。行く先々に敵はなく、もはやこれぞ王のぐ――ぐほっ!?」


 そんなウェルキンゲトリクスに、誾千代のアッパーとスキピオのフックが入った。


「て、てめぇら。王である俺様に、手を出す、だと……」


「雷落とされなかっただけ感謝しなさい。作戦全部パァにして」


「そういうこと。まったく。ガリアの連中は考えなしの野蛮人しかいないのか」


 何やら色々大変なことがあったみたいだな……。


「それはそうと、ちゃんと連れて来られたみたいね。えと、そちらはツァン国の?」


 誾千代が僕の隣にいる人物――高杉さんに視線を移し聞いてくる。


「ああ、こっちはツァン国の大将軍。高杉晋作さん。皆と一緒……ちょっと、いや、かなり先のイレギュラーだよ」


「長州の麒麟児、高杉晋作だ。よろしく頼む。そちらが立花誾千代に、スキピオ、ウェルキンゲトリクスといったか」


「え、ええ……」「う、うむ」「…………」


 背筋を伸ばして爽やかな笑顔と共に手を差し出す高杉さんに、3人は微妙な反応を返す。


 まぁそうなるよなぁ。


 僕も分かってしまうその微妙な空気。その発生源となるのは高杉さん――の足元。というか腰らへん?


 そこにあるのは――


「あぁーん、高杉さまぁー。むふふ、久々の高杉様のにおいー」


 なんというか、見ちゃいけないというか。この状況でもなお動じていない高杉さんが凄いというか。

 腰にしがみついた物体。それは高橋菊という女性で、さっきまで僕らと項羽に対して奮戦していた人物と同一人物で……。どうしてこうなった?

 そういえばあのしんちゃんとかいうぬいぐるみどこやった? 僕も補修にかかわった力作なんだけど。


「もちろん持ってますよ! でも高杉様がいる時はもう高杉様をちゃんとめででたいので! しんちゃんは後で痛いほどに可愛がるので、今は本物の高杉様で栄養分補充です!」


 いや、もういいや(どうでも)。


「ああ、これはこういう生き物だから放っておいてくれ。正直、僕もよくわからん」


 これをそうも簡単に言ってのける高杉さんは大物だよ。いや、実際大物だけど。


「はぁ……」


「じゃあ、遠慮なく……って、できるか!! おい、イリス! こいつ、ほんとに役立つのか? その青びょうたんみたいのが」


 真っ先に正気に返って噛みついてきたのはウェルキンゲトリクスだ。

 一応、菊とはここに来るまで一緒だったけど、船でも軍の移動でもウェルキンゲトリクスは違うところにいたからなぁ。

 誾千代は菊のビフォーアフターは知ってるけど、ここまでべったりなのは初見だからか、言葉もない。


 その菊が、一応、一国の軍の代表という人間にこうもなっているのに対する当然の抗議だったわけだけど、その噛みつき方は良くない。


「あ、てめぇ。高杉様がなにびょうたんだって?」


 いや、青しかないだろ。てかひょうたんなのはいいのか、という感じの菊だった。

 これやばいぞ。下手したら国際問題……ってか菊って今、どこに所属してるんだ? 一応、僕にまとわりついてからイースになるのかと思ったけど、この高杉さんへの引っ付き具合からツァン国になるのか? そうなるとツァン国とキタカ国の問題で面倒になるんじゃないのかと思ったけど。


「菊、少し大人しくしてるんだ」


「はーい、高杉様! 好き!」


 おお、猛獣使いがいた……。


「ま、僕は荒事は苦手でね。座敷で女と飲み交わしながら都都逸を歌うのが好みの男だ」


「それでも俗論派をねじ伏せる高杉様は天才です!」


「なんだ、てめぇもそういうタイプかよ。ったく、ローマのジジイといい、ここにいる奴らもだ。軍略だか戦術だか小難しい理屈をこねやがって。アレついてやがんのか? 男はがっつり、腕の力こそ正義だろうが」


「は? てめぇなに言ってやがるんですか? 高杉様が正義に決まってるでしょう? 正義派ですよ?」


「腕力が並みでも、女を抱くその腕が力強ければそれでいい。そんなもんだろ」


「ああ……高杉様のたくましい腕に抱かれるなんて、菊は、菊は……もう……」


「はっ、そこは同意するがよ。だがよ、女ってのは強い男に惹かれるもんだ。男は強くなくちゃダメだ。強くなくちゃ、女も子供も、仲間も守れねぇからよ!」


「あ? だから高杉様は強いっつってんだろうが。ぶっつぶすぞ」


「ああ!? てめぇ、いい加減にしやがれ! ごちゃごちゃとうるせぇんだよ、表出やがれ!」


「はいはい、ストップ、ストップ!! それとウェルキン。ここは表だから。あと菊はやっぱり黙ってて」


 一方的に難癖つけつつもどこか一本筋の通ったウェルキンゲトリクスに、それをひょうひょうとかわす高杉さん。そしてそれぞれに反応する菊のめんどくさい会話に、僕は2人の間に割って入った。


「おい、イリス。俺様のことはウェルルと呼べと言っただろ」


「はいはい、ウェルル。分かったからそれ以上、高杉さんに因縁つけないで」


「別に因縁つけてるつもりはねー。ただ、この男の実態を知りたかっただけよ」


「えと、一応聞くけどなんで?」


「あ? んなもん、一緒に戦うためだろうが。背中預けるやつの中身も知らねーで、どうしろっつんだよ」


 おお、なんだかんだ言ってそんなこと考えてたのか。

 ここに来るまでに、そこそこ状況とかは話し合ったけど、ここまですんなり受け入れられるとは思ってはいなかった。

 いきなりやってきて味方です。一緒に頑張ってゼドラを駆逐しましょう。なんて受け入れられるはずないと思ってた。だから僕が緩衝材になるために、こうして高杉さんを連れてきたんだけど。


 スキピオと誾千代はどうだと視線を向けてみれば、


「ま、それがガリアの理屈らしい。こっちとしては味方は多い方がいい。厄介そうな敵を相手にするなら猶更な」


「別にどうでもいいわ。さっさとやってさっさと帰るだけだし」


 どうやら杞憂だったらしい。

 さらにその言葉に安堵を覚えたのは僕だけじゃなく、


「ツァン国として、危地に救援に来てくれた貴軍には感謝する」


 高杉さんが深く頭を下げた。

 菊は高杉さんが下手したてにでるのが不満そうで口を膨らませていたけど。


 とにもかくにもこれでツァン国とキタカ国の即席連合軍が無事誕生したわけで。

 あとは遠くに陣を構え直しているゼドラ軍。それにどう当たるかが協議されればいい。


 敵は2万弱。こちらも合わせて2万弱。


 数の上では互角。

 さてさて、どうするか。もとい、相手はどう出るか。

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