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第57話 挟撃の策

 1万もいない5千超の人間が走る。騎馬は高杉さんら周辺が少しいるだけであとは全員歩兵だ。


 その横を項羽がすいで駆け、その後ろに合流した10騎ほどが付き従う。

 伝説に聞くすいの速さを考慮するなら、手を抜いているというべき速度ですぐに追いついたわけだけど、それは別に手を抜いているわけじゃないのは分かった。

 高杉さん率いる部隊に単騎で突っ込もうとする動きを見せる時には冷や汗が出た。単騎で5千以上を相手にできる。その自信がその動きに現れていたのだからもう。


 項羽がすいの足を遅らせているということは、僕らも間に合ったということ。だから僕ら3騎は高杉さんと項羽の間に挟まるようにして馬をかけさせて、項羽の進路を妨害する。

 並走しながら馬上で項羽と一騎討ちしようなんてことは露とも思わない。

 けどその進路を妨害して高杉さんの軍を守ることなら、僕と千代女、菊がいればなんとかなる。そう思った。


 相手が速度を上げてもそれにはつられない。最終的に項羽が狙うのは歩兵の群れ。ならば下手に追って離されるよりは、必ず狙って来る歩兵の横についていった方がいい。

 逆に相手が速度を下げれば、それに合わせて徐々に速度を下げればいい。一定の距離さえ保っていれば、こちらが前を取っている状況なだけ、相手が加速をかけた時に対処ができる。

 いかに天下の名馬といえど、ゼロからトップギアにする時間はゼロになるわけじゃない。相応の加速時間がかかる。それが短いから天下の名馬なんだろうけど、それでもゼロじゃない。ならその時間でこちらは対処すればいい。


 さらにそこに千代女の影分身と、菊の磁力による妨害を加えれば、いかな項羽といってもそうそうに近づけるものではなかった。


 とりあえずそれで今はしのげていた。

 だからあとは持久の勝負。相手の動きに合わせて対処に頭を使うけど、今それで膠着が作れているなら、どんなに辛くてもそれは続けるべきだ。ここで欲をかいて項羽を倒そうなんて思った瞬間に、この膠着が破綻して一気にひっくり返される可能性もある。


 ここは勝負するところじゃなく、守るところ。

 守ればこの5千強が横撃としてゼドラ軍を潰走させられる。


 そう思い、辛くてもこのままをキープし続ける。


 やがて前方から喧騒が聞こえてくる。さらに土煙も。戦闘が始まっているようだ。


 それに気づいた項羽は盛大に舌打ちをすると、


「興が覚めた。イリス、次はないと心得ておけ」


 そう云い捨ててコースを変更。


 歩兵から離れるようにして、今度こそ誰にも追いつけないくらいにすいを走らせて駆け去ってしまった。遅れて10騎ほどがついていく。


 すいがあっというまに見えなくなり、ようやくそこでホッとため息。


 けどすぐに気を取り直す。

 すでにスキピオたちの戦闘は始まっている。ここで狙いすました一撃をすることが、この場での勝利につながる。まだまだ気は抜けない。


「イリス、このまま突っ込むか」


 高杉さんが馬を寄せて聞いてくる。


「はい。ゼドラ軍がいるので、そこに。戦ってるのはキタカ軍です」


「キタカ。北方の国だな。そこから連れてきたのか。やるな、イリス」


「……ずるい」


 あれ、なんか聞こえた。


 と見てみれば、高杉さんの横にぴったりと馬をつけている少女。

 あ、あれは確か……。


「マシュー」


「久しぶり」


 無表情に手をひらひらと振るマシュー。

 帝都で出会ったあのお嬢様……えっと、確か…………そう、アイリーンだ。彼女の友達兼護衛兼召使的な3人の少女のうちの1人。ただその他の2人はアイリーンを守るために呂布に斬り殺されてしまい、その中で生き残ったのは彼女1人という境遇。

 その後どうしたかなと思ったけど、なんでここに?


「仇討ち。タカスギ、弟子なった」


 仇討ちって……なんて時代錯誤――ってわけでもないのか。この時代。

 けどまぁ確かに分からないでもない。あの時に死んでいたのがラスとかカタリアだったら……やめよう。


 けど仇討ちのために高杉さんに弟子入りしたって……。


「……」


 僕の視線を受けた高杉さんだが、どうしようもないと肩をすくめるだけだった。

 はぁ。まぁ後でもうちょっと詳しく聞くとして、


「で、ずるいって?」


「イリス。褒められた。だからずるい」


 僕が師匠である高杉さんに褒められたのがずるいってことかな。

 いや、なんて強引な。まぁそれだけ高杉さんを慕っているのかということなんだろうけど。

 うん。納得いかないけど、彼女の小動物みたいな愛くるしさも手伝って、なんとなく許そうという気になる。その目に宿る暗い炎は気になるけど。


「ところでイリス。敵はどっちだ? 僕らはどちらを狙えばいい?」


「どっちって……」


 あ、そうか。高杉さんたち、もとい末端の平氏にキタカ軍のことを言っても分からない。

 しかも状況は混戦。下手をすると同士討ちの可能性もある。


 ならどうする。ここは一旦停止して機をうかがうか。けどその間にスキピオたちが負ける可能性だってある。なんてったって、相手は項羽が戻ったのだ。戦局がひっくり返る必然性は全然ある。


 だがその心配はなかった。3つに別れていた方――おそらくそれがキタカだ。なんで数が少ない方が兵を割ったのかは分からないけど、きっとスキピオに考えがあったんだろう。

 その3つを避けるように動いた2つの部隊。それが合体して大軍となる。

 あれだ。あれがゼドラ軍。


「2つが合体したあっちを狙う!」


「承知だ!」


「ぶち殺す」


 マシュー。物騒な。

 とはまぁ今は黙っておこう。


「全軍、あちらの軍に向かって、突撃! この勝負、すでに勝ったぞ! 維新は目の前だ!」


 この世界の何が維新なのか分からないけど、まぁノリノリな高杉さんに水を差すのも申し訳ない。


 というわけでなんとか無事。当初の予定通り砦の兵を引き連れて挟撃に持っていく策。

 なんか色々あったけど、なんとか完遂……したわけではなかった。


「えぇ……」


 高杉さんが茫然として戦場を眺める。

 僕たちが一気呵成に攻め立てようとしたゼドラ軍。それが戦場にたどり着く前に、今まで夢でも見ていたかのように、きれいさっぱりいなくなってしまったのだ。

 そう、逃げた。逃げられた。


 混戦から抜け出したキタカ軍が陣形を整えるのがもう少し早ければ。あるいは高杉さんの軍にもうちょっと騎兵が多ければ間に合ったかもしれない。


 けどそれは言っても仕方ないこと。


 とりあえず砦を攻めるゼドラ軍を追い払い、無事、ツァン軍と合流できたこと。それをもってよしとしようじゃないか。

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