挿話12 高杉晋作(ツァン国大将軍)
「やれやれ、やってきていきなりこれだものなぁ……」
キョウシュにたどり着いてギリギリ1か月もないころだ。
砦の外は2万のゼドラ軍にすっかり囲まれてしまっている。
敵は2万。対するこちらは1万かそこら。
我ながら馬鹿なことをしたものだと思う。
敵軍発見の報告に、引き連れてきた1万5千を全て出したわけではない。砦に3千、近くの街に2千の兵を配置して1万で迎え撃つことにしたのだ。
兵を分けるなんて、さらに少ないこちらがさらに兵を減らすなんて愚策に聞こえるだろうけど、ここの守りというのは砦と街の2つを守ることによって成し遂げられる。
どちらかが奪われれば、そこを足場、橋頭保としてもう一方を攻め立てられる。
まったく、本当に貧乏くじを引いたものだ。
ツァン国軍のほぼ全軍を連れてきたのに、それでもなお敵の方が多いとか。これで土方の方にも兵を向けているのであれば、無理な徴兵でもしたのかと思えるほどの肥大化ぶりだ。
まぁそんなわけで戦いも劣勢で始まり。
というかなにあれ。項羽? バカじゃないの? 反則でしょ、あれ。イリスやら岳飛将軍から噂は聞いていたけど、聞きしに勝る無双ぶり。
一瞬で1千が溶けましたが。
というわけで戦うが早いが全軍撤退。
鉄砲隊と砦からの援護射撃。それと僕の奇策縦横という指揮ぶりに、なんとか撤退した。相手も到着して早々だったから、完全に追いきれはしなかったのも幸運だった。
とはいえ、1万で出て7千くらいに減った。もちろん全員死んだわけじゃなく、怪我で動けなかったり、砦に入れず街に向かったり、どこか逃げ出したりした者もいるだろうけど。
それでも兵数は1万まで減った。
敵は最初の銃撃と撤退時による援護射撃で数百は倒したつもりだけど……まぁこちらに比べたら微々たるもの。
そういうわけで籠城戦になったわけだけど、古来より援軍のない籠城戦は負けでしかない。
こっちより兵数の少ない、そしておそらく今まさに敵襲を受けているだろう土方の援軍は期待できない。というかあいつに頭を下げるのは嫌だ。
さてさて、どうすべきかな。
幸運なのは、相手の攻城への意欲がどことなく乏しいこと。あの項羽とやらも戦陣に出ていない。どうやら覇王様は城攻めにはあまり積極的ではないご様子。
とはいえ相手はこちらの倍。3倍の原則より劣るけど、野戦で負けたこともあり、こちらの士気は下がっているから一概に悪いとは言えない。
砦に入った3千も、こちらの圧倒的な負けを見て野戦を挑もうとする愚は犯さない。というか僕がそう命じた。出て行った瞬間にあの覇王に皆殺しにさせられるのが目に見えているから。とりあえず街の壁を盾に耐えてもらうよう手紙を送った。
「大丈夫。シンサク、守る! ふん、ふん!」
なんて僕の横でマシューが鼻息を荒げているけど、悪いけど彼女1人でどうこうなる問題でもない。
「いや、マシュー落ち付こうか」
「落ち着いてる。ゼドラ、倒すまで、死なない」
うーん。この子はまだそれを。
師直は良いみたいなこと言ってたけど、どうも僕は好かない。
確かに人間にはやらないといけない時というのはある。けどそれは情勢と運気と全てが合わさった時にこそ発揮されるべきであって、それ以外はただの蛮勇。無謀でしかない。
彼女のことは同情するけど、それに引っ張られもしない。引っ張らさせもしない。
ただなんというか彼女の目を見ていると、最近思い出す。
あの……なんて言ったかな。僕の周りにうろちょろとついてきて、何かと世話を焼かせようとする彼女。果てには奇兵隊にまで入ってきて、ただその膂力で他の皆を黙らせてたけど……。
そもそも僕は女性にそんな危うげなことはしてほしくない。
どうやら最近、というかこの世界では女性も一線に出て戦うことは当然という気風になっているけど、それでも僕は嫌だ。
なぜなら僕は女子が大好きだからだ。この世の何よりも、自分よりも女子が好きだ。攘夷の熱に浮かれたのも、正義派を名乗って立ち上がったのも全て女子のため。女子とうつうつだらだらと過ごして酒をかっくらい、好きな都都逸の1つでも謳ってはしゃぐ。それがしたいがために戦っているのだ。
なのにその守るべき女子が前に出るのは好ましくない。傷ついてほしくもないし、死ぬなんてもってのほかだ。
つまりそれだけ僕が埋もれる先がなくなるということだからな!
だからこのマシューにも、名前は忘れたが奇兵隊の彼女にも。
そしてなにより、ここに援軍を連れて来るといって旅だったイリスにも。どこか平穏無事なところで過ごしてほしいわけで。
……いや、彼女の采配に助けられた僕が言うことじゃないんだけどね。
それでもそれはそれ。これはこれ。
というわけでこの子にも奥に引っ込んでてもらいたいんだけど。
「ん、敵、動く」
「あん?」
マシューの声に意識を現実に戻す。
すると、確かに動いていた。敵が引いていくのが見える。
「今日のところは終わりってことだろ。よし、見張りだけ厳重にして休める者は休め! 引いたと見せて攻めかかってくることもあるから、陽が落ちるまでは気を抜くな!」
そう兵たちに通達して、自身は矢倉の上から敵の動きを見続ける。
「退いた、が、なんだ。本陣も動いてる?」
敵の動き。どこか不自然だ。
この砦から逃げるように距離を取っている。といっても完全に逃げようとしているわけじゃないらしい。彼らが向かっているのは南東。街のある真南でも、ゼドラ領のある西でもない。逆。
この場合、どうなるか。
分からない。
もしかしたら逃げたと思い込ませて、僕たちをおびき寄せる策かもしれない。なんせ野戦ではあの覇王がいるのだ。うかうかと外には出れない。
あるいは今までの攻城戦が目くらましで、僕らの背後から襲い掛かる集団を迂回させていたのかもしれない。
「偵察! すぐに出ろ! 四方にも何かあるか分からんから厳重に!」
とりあえず敵の動き。それから伏兵の有無を見ない限りは外に出れない。
まったく、ここで平素の怠慢が外に出るか。
こんな開けた場での野戦など、僕の軍略の中にはなかった。僕がしていたのは、あの山と海に囲まれた長州で、寡兵でいかに敵に勝つかだけだった。だから兵略の基本は奇襲、陽動といったものが主となる。
数万の軍がぶつかり合う野戦なんてあったものじゃないのだ。
という言い訳をしつつ、偵察が戻るまでの時間がじりじりと過ぎていくのを苛立ちながら待つしかない。
「シンサク、怖い?」
「ん……はっ、馬鹿をいうな。この僕だぞ。怖いものなんかあるものか」
「なら、出る」
「待てマシュー。ここは守りだ。外に出たら――」
「それでも」
「っ!」
「それでも出るから。出ないと、勝てないから」
その言葉が僕の胸を打った。
はっ。高杉晋作。いつから僕はこんな情けない男になった。
分かってる。あの覇王。あの圧倒的な武に、心が縮こまっていた。
けどこの子は、このマシューは戦う者としての気構えを前に揺るがない。僕より断然、侍に近い。
やれやれ。それをこんな子に気づかされるとは。
情けないにもほどがあるぞ。
「そうだな、ここまで来たらやるだけか。あるいは面白い方へ」
「頑張る……ふん!」
相変わらず謎の鼻息のマシューの頭に手をのせて撫でると、猫のように気持ちがっている。ふふ、こう見れば可愛い奴だな。
「将軍! 東の方から近づく騎兵が!」
「数は!?」
「1……いえ、3騎ほど!」
「3騎?」
なんだ。何が起きてる。
「あ、南からも騎馬の集団が。こちらは10騎ほどです! あ、先頭が加速! 先ほどの3騎に襲い掛かっております!」
敵襲? いや、何かあるその3騎。位置的には南からのがゼドラ臭いが……。
「シンサク」
「……ふっ、迷うことではないな。出るぞ! 全軍に通達! 僕が出る! 後から追ってこい! 負傷者は街へと移動して大人しく療養すること! この砦に兵を残す必要はないぞ!」
「は、はっ!!」
どこへ向かうか分からない敵。
急に現れた数騎。それが戦っている。
何が起こっているか分からない。その時は待つのも手だけど、あえて飛び込むのも手。
そうですよね、松陰先生。




