第54話 VS項羽With…
まさかの初手から項羽かよ!
いや、ゼドラ国のイレギュラーの陣容を見る限り、どれを引いてもババなんだけど、
それにもまして辛いのが、ほぼ項羽とタイマンの状況にあるということ。
直接的なバトル要員ではない千代女と菊を考えれば、マジで無理ゲーに過ぎる。
いや、逆に考えよう。
呂布や項羽は、乱戦の中で戦っちゃだめだ。この男1人で、1千もの味方が死傷すると考えると、スキピオたちの戦いは結構優位になるんじゃないか。見事項羽を引き出したと考えれば……いや、ないな。だからって僕が苦しいのは変わらないし。
よし、前向きな現実逃避はここまで。
現実を認めれば、項羽が単騎――後ろに10騎ほど来ているけど、騅の速度に振りほどかれて距離があいている。だから当面はこの項羽をどうにかすればいい。
ただ先もあったように千代女と菊を出すわけにはいかない。
直接的なバトルタイプではない2人を出せば、一瞬で惨殺されることは想像に容易い。悪いけどそれは事実だ。
なら僕しかいない。
一応軍神をスキルとして持つ僕なら、覇王・項羽にも勝てずとも即死は免れるはず。それは半年前の帝都での戦いでもそうだった。
そうだ。僕は一度、項羽から逃げ切っている。だから自分を信じろ。
「千代女と菊は近寄るな!」
中途半端な援護は邪魔になる。だから2人を置いて前へ。
赤煌が短い。それを意識してやらないと間合いでやられる。
「笑止!!」
項羽の叫び。どこか溌溂として嬉々とした音階を奏でているようで、この男の底知れない力強さに怖気づきそうになる。
その恐怖をぐっと腹の底に押し込め、行く。
項羽。その瞳に僕は映っているのか。それとも何も見ていないのか。分からない。荒ぶる騅のいななき。間合い。まだ。いや、来る。槍。感じた。この距離、届く。
もちろんこっちは範囲外。受けるしかない。
赤煌を振った。ギィン! 激しい金属音と共に、腕に衝撃が走る。
間一髪で項羽の一撃を弾いていた。いつの間に槍を伸ばしてきたのか分からない。それほどの無駄のない洗練された一撃。
項羽といえば膂力に任せた粗暴なパワータイプと思ったけど、こうも芸術的に美しく槍を使えるものか。
「防ぐか! そうでなくてはなっ!!」
すれ違い、騅を振り向かせて再び項羽が来る。
くそっ、対策を考える暇もない。
再び槍。
間一髪で赤煌で弾く。弾けた。どうする。逃げるか、反撃か。その迷い。圧倒的に遅い。すでに引き戻した槍を再び項羽は突き出してくる。
再び赤煌で、いや、軌道が変わった!
「くっ!」
途中で軌道を変えるなんて、滅茶苦茶な!
「これも防ぐか!!」
項羽が恐ろしいほど巨悪な笑顔を浮かべ、さらに槍が来る。
速すぎる! 次は真っすぐか。それとも変わるのか。
分からない。
その迷いが致命傷。
「あ――」
死んだ。
項羽の槍。それが僕の胸のど真ん中に吸い込まれるように飛んでくる。赤煌での迎撃は間に合わない。回避も無理。
まさかここで。
あまりの突然の展開に、何が何だかわからないまま死ぬ。それもまた人生なのか。なんてちょっと達観したことを思いつつ、その穂先が僕の胸を貫く――
「ぐっ!!」
ことはなかった。
いや、切り裂いた。僕の右脇。学園の制服を切り裂く。おそらく皮一枚だ。
けど何故? 仕損じた?
まさか項羽が手を抜いたわけじゃないだろう。
「なんだと……」
彼自身も外したことに愕然としている。外すわけのない必殺の一撃。それが何の因果か、薄皮一枚のところを貫いたのだ。
何が起きたか、少なくともお互いにはっきりとした理由がわからない状況に、その答えが来た。
「てめぇ、イリス様になにしやがってる!!」
「菊!!」
右を見れば、少し離れた位置で菊がこちらに向けて手を伸ばしている。
それだけで何をしたか分かった。
菊のスキルだ。
磁力を使うスキル。それで項羽の穂先の鉄を引き寄せた。だから項羽も知らずに狙いがずれたのだ。
助かった。
そう思うのもつかの間。
「女! 邪魔をするな!!」
項羽が槍を横に振る。それで僕の体は押されて、油断していたこともあり簡単に馬から落ちた。
まずい。菊が狙われる。
いくら磁力があるからといって、相手は覇王。もし上からたたきつけられでもすれば、どれだけ磁力が強いか分からないけど項羽ならそれを突破していく可能性もある。
というか槍を捨てて肉弾戦されたら菊は勝てない。
だから僕は馬から落ちた瞬間には、受け身を取ってすぐに再び馬に飛び乗ろうとして――見た。
「それはおかしい。イリスも女」
声が響く。
すぐ近く。菊に振り向いた項羽の背後。影から現れたかのように、突如として項羽に斬りかかる。
「それも分からない馬鹿は……死んで」
「何がだ!!」
さすがの項羽だった。
完全な死角からの暗殺者の一撃。それを感じ取ったのか、振り向きざまに槍を一閃。
「千代――」
悲鳴をあげる間もない。背後から襲い掛かった千代女が、地面にそのままたたきつけられた。
死んだ。
あんなゴミでも潰すように、簡単に。なんで……。
「こんなものか」
項羽の履き捨てる物言いに、答える者は――
「うん、こんなもの?」
いた。
「っ!!」
千代女だ。
項羽の真横。そこに叩き潰されたはずの千代女がいる。
「貴様!!」
再び項羽が横なぎの一閃。それをわき腹に受けた千代女は、確実に胴体を真っ二つにされ――
「外れ」
「惜しい惜しい」
「本体はこっち」
目を疑った。同じ格好、同じ巫女服、同じ顔の千代女が、項羽の周囲に群がるようにして囲んでいる。
そうだ。こっちもスキル。
影分身を生み出す、千代女のスキル。本物の忍者スキルだ。
「物の怪か!」
「違う、武田」
わけのわからない返答のまま、千代女の1人が項羽に切りつける。それを項羽は余裕で防ぐが、あまりの出来事に動揺は隠せていない。
これは好機だ。
項羽といえど、突然の出来事――しかも普通じゃあり得ないことに困惑している。
そこに隙があるはずだ。殺すことはしない。けど、相手を再起不能にするくらいにできれば。あるいは!




