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第52話 イリスの憂鬱

「おお、来おったか2人とも」


 合流したスキピオの元へと行くと、彼は小難しい顔で出迎えてくれた。


「来おったか、じゃないわよ。もっとちゃんとした伝令送りなさい」


「すまんな、ギンチヨちゃん。私も状況が分かったのはたった今なのだからな。文句はあのガリアに言ってくれ」


「あの男は?」


「ああ、あそこだ」


 そう指し示す方向に目を向けると、数百メートル先に見える黒い影。あそこに固まっているのがウェルキンゲトリクスだろう。


「今、あそこで敵に対しておるわ」


「敵はやっぱり?」


「ん、イリスの想像通りだよ。ゼドラ軍とやらだ」


 やっぱりそうくるか。

 ようやくというか、早かったというべきか。再びめぐり合う相手にめぐり合った。


「敵は? 呂布? それとも為朝? あるいは……白起?」


「そうがっつくなイリス。まだ分かっとらんわ。ただ相手は2万ちょい。砦を攻めようとどかどかやっておる」


「2万以上ね……」


 誾千代が難しそうな顔で顎に手を当てる。


「こちらは1万5千。船の護衛と警備に3千ほど残したからな。数の上では劣勢だ」


「けどあの砦にこもってる連中と示し合わせれば同じくらいになるんじゃないか?」


「ああ、イリス。それを考えてはいるが、1つ問題があってな」


「問題?」


「私らが行ったところで、それが本当かどうか信じてもらえないってことだ」


「あー」


 なるほど。確かにウェルキンゲトリクスにせよスキピオにせよ、誾千代にせよ、彼らが救援に来ました、と言ってあそこに籠る帝国軍だかツァン軍が信じるかどうか。

 こんなことなら師直に手形でも発行してもらえばよかったかと思ったけど、それもまたどこまで効果を発揮するか。


 それに難しいのが、あの砦の状況を知れないこと。

 発見した時にはすでに戦いが始まっていたというけど、じゃあそれがどれくらい続いたか。1分なのか1時間なのか1日なのかあるいは数日なのか。落城寸前なのか、まだまだ頑張れるのか、兵士の気力はどうなのかなどなど。


 それによっては力を借りようと思っても、何もできない可能性がある。

 そうなれば2万以上の圧力を完全に受けるわけで。

 さらに相手が呂布だろうが項羽だろうが源為朝だろうが、野戦では絶対に真っ向勝負したくない相手。一騎当千の猛者相手に野戦を挑むなら、策か地形、せめて2倍の兵数は確保したいところだけどそれもなし。


「困ったな。相手は今、大事を取ってか様子見してくれるけど、こっちが寡兵だと分かったらすぐに襲い掛かってくるに違いないよ。なんてったって、相手には一騎当千が3人もいるんだから」


 そう時間はない。すぐに決めて動かないと、刻一刻と時間はこちらに不利になる。


 だが、


「ふむ。私はそんなに困ってないがな」


「奇遇ね、若ハ――スキピオ。私もよ」


 スキピオと誾千代はさして切羽詰まっていない顔でそう答えた。


「え、なんで?」


「考えても分からない、イリス?」


「うむ。てかギンチヨちゃん。さっき若ハゲって言おうとした? 私、そんなハゲてる? ねぇこれファッションだからね? ちょっとここらへんを刈り上げてイイ感じに見せようっていう――」


「だって、私たちにはあそこにこもってる連中に連絡する手段があるんだから」


「無視ってヒドイ!」


「連絡できる手段?」


「こっちもフォローなし!?」


 うるさいなぁ、スキピオは。はっ、いかんいかん。ローマ救国の英雄だぞ。


「やれやれ、その自覚症状のなしはどこから来るの」


「ま、それは同感だがな。イリス、お前はもう少し自信を持て。あとこれは若ハゲじゃないからね?」


 そう言ってこちらを見る2人。その視線にこもった熱に、数秒してさすがの僕も気が付いた。


「…………僕?」


「そういうこと。じゃ、いってらっしゃい」


「敵中突破しろっての、誾千代!?」


「安心せい。突入の際には少しだけ攻めかかって相手の注意を惹き付けてやるわ。少しだけだが」


「もっとちゃんと……ってそれは無理なのはわかるけど……はぁ」


 けど確かにこの状況。そうしないといけないのは分かってる。

 野戦最強に対し兵力も劣っているこの状況。少しでも何か有利な点を発掘しないとここで僕たちの旅は終わる。ここまで来たのに。ラスにもまた会えずに。


「分かりました、分かりましたよ。行ってきます!」


「よかった、ビリビリなお願いしないで済んで」


「おお、イリスならできるぞ。私が保証しよう!」


 やれやれ。他人事だと思って。


 ま、それでも僕にしかできず、もしかしたらあそこにラスがいるかもしれない、そう思うとやらないといけないわけで。


 仕方ない。ここはいっちょ無理を通すか。

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