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第63話 戦後処理

 目が覚めた。


 どうやら僕は今、外にいるようでどんよりとした雲が視界を覆いつくしていて、背中にはチクチクとした草の感触。

 そういえばこの世界に来た時もこんな感じだったなぁ。


 空の様子を見る限り、それほど時間は経っていないように思えた。

 太陽が見えないから分からないけど、この明るさなら夕方かそこらだろう。


 ……うん、頭もしっかりしてるし、視界もはっきりしてるし、何より痛いところもない。両手をにぎにぎして無事に動くことを確認。


「よっと……」


 起き上がる。

 服装は変わらず。口元は血を吐いたにも関わらず、固まった血が残ることもないから拭いてくれたのだろうか。


 変化といえばそれくらいで、あとは周囲の状況。

 何やらざわざわと鎧を着こんだ人たちがしゃべり、あっちいったりこっちいったりで忙しそうに動き回っている。


 まだ頭がぼんやりとして、彼らが何をしているのか分からない。

 けどこんなところで呑気に眠っていたのだから、少なくとも敵ではないのだろう。


「あっ……妹殿が目を覚まされました!」


 ふと目が合った女性の兵が、誰かを呼んだ。

 彼女の視線の先を見る。そこにも多くの兵たちが忙しそうに何かを運んでいる。


 その奥。


「――――――――」


 何かが聞こえた。


 それと同時に、何かがこちらに向かって超高速で突っ込んでくる。


「イーーーーリーーーーーリーーーーー!!!」


「タ、タヒラ姉さん!?」


 鬼気迫る表情で、こちらに走ってくるタヒラ姉さんは、まぁなんというか超怖かった。今すぐ逃げ出したかった。

 けどまだ完全に回復していないのか、足が言うことをきかない。うわぁぁぁ、動け、動け、動け!


「ぐほっ!」


 タヒラ姉さんが減速などまったくしないまま、普通に突っ込んできた。抱き着かれたわけだけど、ラリアット気味に手がのどにクリーンヒット。首! 首が折れるかと思った!


「無事でよかったー!」


「たった今の今まではね!?」


「ん? 何が?」


 うわ、この人。素だよ。まいったな。

 まぁいいや。今のではっきり目も覚めた。


「でも本当に大丈夫? 何かの病気? いきなり血をぶはって吐いて昏倒とか」


 あ、確かにそうだよね。いきなり血を吐いてぶっ倒れたんだ。心配されてもしょうがない。沖田総司かよ。


「大丈夫だよ。たまにそんな感じになるんだけど、いたって健康体。ちょっと咳で喉を切っただけだよ」


「そんなわけないでしょ!? だってぶはっ、よ、ぶはっ! お父さんにも説明して、それで――」


「タヒラ姉さん。お願いだ。このことは、家族には言わないで」


 それは家族に心配かけたくないから、というだけではない。

 きっとあの心配性の父親のことだ。もしこのことを知ったら、きっと自宅療養を強制させられるだろう。入院ということも十分ありうる。


 けどそれじゃダメだ。

 何もできないまま、僕は来年死ぬ。


 それは、御免だ。


「でも……」


「お願いだよ」


 ジッと見つめる。

 こちらの本気を分かってもらうために。


 タヒラ姉さんも見返してくる。

 真剣な表情で、混じりけのない、純粋な瞳で。


 そしてようやく口を開き、


「キスしていい?」


「は?」


「あ、ゴメン。分かった、の言い間違い!」


「どんな言い間違い!?」


 てかキスしていいとか言わなかったか?

 どこが真剣で純粋だ。煩悩丸出しじゃねーか!


「えっと、あー、分かりました! 父さんには言わないし、ヨルにいにも言わないから」


「……本当?」


 ごまかすために、仕方なく言ってるんじゃないか? と疑う。疑いたくもなる。


「本当だっての! 少しは姉を信じなさい!」


「いきなりキスしていいとかいう姉はなぁ……」


「しょうがないでしょ! イリリが可愛かったんだから!」


「真顔で言うな!」


 せっかくのシリアスモードを返せ。


「とにかく、分かったから。色々イリリも考えることがあるんでしょ。言いたくないことも。もう子供じゃないからね」


「タヒラ姉さん……」


 その言い方は、酸いも甘いも知りぬいた大人の言い方に思えた。

 というか、僕の方が年上なんだけど。乱世は早熟させるのだろうか。


「けど1つだけ言わせてもらうわ。二度とあんな真似はしないで」


「あんな真似?」


「クラーレを助けに1人で突っ込んだことよ。ったく、人には出るなとか言っておいてさ」


「あー……」


 そういえばそんな感じだったっけか。いっぱいいっぱいであまり覚えてない。

 他人には出るなと言っておきながら、自分は吶喊とっかんするなんて、説得力ないよな。


「イリリ、どんだけヤバい橋渡ったか分かってる? クラーレはね、まぁ正直認めるのはすんごい不愉快で舐めんなよって感じなんだけど、あれでもあたしと同じくらい強いんだからね。それを一撃、いや二撃か、で倒しそうになった相手はすんごいヤバい相手だったってこと」


「え?」


 クラーレの実力がタヒラ姉さんと同レベル? 英雄ともてはやされてるこの人と?

 それを本多小松が一撃で屠るとか、どういうことだ。


 本多小松は武闘派とはいえ、名将の部類ではない。だって姫だからね。一度も戦場には出ていないはず。

 それでもゲームとかでゴリゴリの武闘派で出てくるのは、父親の本多忠勝が訓練したり、「私より弱い人には嫁ぎません」発言してみたり、義父の真田昌幸を追い返したり、というエピソードがあるからで。

 だから武力も70台、80あれば御の字レベルだろう。女性武将というボーナスも合わせて。


 そんな本多小松相手に一撃で負けるってのを考えると、クラーレの武力は30とかそこらってことになる。

 でもそれはおかしい。

 だってイリス(ぼく)でさえ武力が40とかあったんだ。タヒラ姉さんたちがそれ以下ということはないと思いたい。


 そうなるとおかしいのは小松姫の方か。


 気になるところだけど、あの死神をとっちめるのは後回しだ。

 まずはなんで関羽とか張良とかが出てくるのかを、じっくり逃がさず聞き出そう。


「分かった、イリリ?」


 思考の海に埋没しそうになる僕の意識を、タヒラ姉さんが一気に引き戻す。

 そうだ。今はここ。この返答。


 とはいえ、まぁ無為に返答をごまかす必要はない。

 今回のは確かに無謀だった。怒られても仕方ない。


「分かりました」


「ん、よろし。でもお姉さんとしてはちょっと感激したかな。イリリったらいつの間にかあんな軍略を描けるようになって、しかもクラーレがぼこされた相手と堂々と渡り合えるなんて、さ。別人みたい」


 別人です、すみません。

 しかもスキルでのチートブーストしてるからなぁ。


「冗談じゃなくイリリは国を救ったんだよ。だから先に言っておくね。ありがとう」


「ど、どういたしまして」


 こうも自分がやったことでお礼を言われるなんて、もしかしたら人生初だ。胸の底からじわっと熱くなってきて、歓喜の雄たけびでもあげたくなる。

 しかもその相手がタヒラ姉さんというところが、なんかむずかゆい。


「じゃあもうちょっと待ってて。仕事済んだら、国境沿いまで出て休めるから」


「そうだ、状況は?」


 あの後、気を失った後に何が起こったか。

 ここでタヒラ姉さんがのんびりしているから、状況は悪いはずはないけど、結果がどうなったかは確認しておくべきだ。


「そうね。ザウス軍とトンカイ軍は完全に撤退。今は将軍とクラーレが国境付近で念のため張ってるけど、多分、今頃攻め込んでるんじゃないかな。イリリが最後に言ったように」


 言ったっけ?

 兵を退いて、ってお願いしたつもりだったんだけど……。


 まぁ、そもそも追撃を主張したのは僕だ。

 状況を見て、ザウス国の領土を奪えればと思ったけど、まさかそれが現実になるとは。


 今頃、ザウス国は上を下への大騒ぎだろう。

 意気揚々と送り出した軍が負け、カウンターで3か国から同時侵攻されているのだ。

 一手間違うと一気に滅亡の危機を迎えることになる。

 そしてその一手とは、トンカイ軍の援軍への対応。小松姫率いる援軍がザウスから帰れば、最悪滅亡することになる。


 とはいえトントもウェルズも、まさか国都まで攻め込まないだろうから、今回の戦いはこれで終わりのはずだ。


 それを思うと、虚脱感が襲う。

 やり切ったという歓喜も湧いてくる。


 そんな時だ。


「やー、どーもどーも。なんとか勝ったみたいですねー」


 これまでどこにいたのやら、コタローと名乗る旅人がこちらに向かって歩を進めていた。

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