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第62話 VS本多小松

 小松姫の薙刀が走る。

 まともに受けられない。あのクラーレのノコギリ剣を両断したほどだ。

 だから狙うは柄の部分。そこを弾く。


 そんな神業に等しいことなんて素人の僕にできるはずもないが、今の自分は軍神だ。針に糸を通すくらいの精密な動きも、セミオートで実現する。


「くっ!」


 弾いた。

 跳ね返された薙刀。だが安心するには早い。小松姫は石突き(薙刀の刃がある穂とは逆の部分)を突き出してきた。

 斬られはしないが、一点に集中された破壊力を受ければそれだけで一撃KOほどの威力はあるだろう。


 だが逆に弱点としては、その一点さえずらせば破壊力は無に帰すということ。

 だからまた柄を横に叩いて軌道をずらす。


 大丈夫だ。イケる。気を付けていれば直撃は食らわない。

 次の攻撃も、その次の攻撃も、馬を操り回避に専念すれば当たらない。

 まずは受けに専念して逆転の機会を狙う。


 だが先に業を煮やしたのは僕よりも相手だった。


「なぜ反撃しない! 私が女だからか!?」


 いや、そりゃ今は受けるので精いっぱいだし。

 てかまぁそりゃ女の人を攻撃するのも抵抗あるし……って、そういや自分も今は女の子。だったらありじゃね? とはならないな。うん。


 というより、その答えは簡単だ。たった1つのシンプルな答え。


「意味がないから、だよ」


「意味?」


 測りかねた様子で小松姫が眉をひそめる。


「僕らはザウス軍を撃退した。ザウス国のイース国占拠が不可能になったわけだから、そっちもこれ以上進軍する意味はなくなったと思うけど違うかい? というかそっちが言い出したと思うんだけど」


「む……」


 小松姫が言葉に詰まる。

 まぁ本来はそうなるところだったのが、クラーレが血気に逸って突っ込んだことからねじれたわけだけど。


「だからここで僕と君が戦うことは無意味。下手にどっちかが死んだりもすれば、それは国際的に大問題じゃないのかな。だから反撃はしない。できればそっちも撤退してほしいんだけど。こっちももう追わないからさ」


「…………」


 小松姫は答えなかった。

 殺気が、こちらを攻撃しようとする意志が萎えていく。


 小松は少し考え込むようにうつむき、やがて視線を上げる。


「私としたことが熱くなってしまったようだ。1つ聞かせてほしい。何故助けに入った? 自分が死ぬかもしれないという思いはなかったのか?」


 何故って……。


 クラーレ。

 彼女は言ってもまだ出会って数日のほぼ他人だ。

 けど彼女は助けてくれたし、なによりカタリアの姉だ。彼女が死んでしまえば、きっと気落ちするだろう。


 だから――


「守りたかった。それだけだよ」


 その言葉に、小松は小さく息を呑み、


「信幸様と、同じことを言うのだな」


 そう言って、笑った。いや、微笑んだ。

 それはこれまで荒涼としていた大地に、パッと一凛の花が咲いたような美しさだった。


 信幸?

 あぁ、真田信幸か。あの有能だけど、弟のせいで影が薄い可哀そうな人。

 つかこんな可愛い嫁さんもらってたのか、リア充め、爆発しろ。


「分かった。こちらは軍を退く。そちらも追撃は無用だ」


「5千もの敵に1千で突っ込む自殺志願者はいないよ」


「ふっ、違いない。やれやれ、なんとか軍師殿に小言を言われないで済むかな」


「軍師?」


 なんか聞き覚えがある言葉だ。

 ……あぁ、そうか。あのこの世界に来たばかりの時、あの黒衣の騎士が言ってた言葉だ。


「我が国の軍師殿はすごいぞ。この戦いも8割で失敗を予知していた。その際の撤退のし方もすべて想定済みだ」


「え、それ誰?」


 あるいは今後の戦いで一番の敵になるのはその人物かもしれない。そんな気がして聞いてみた。


「ふっ、教えるわけがなかろう。領土は隣り合ってはいないとはいえ、我々は敵だぞ」


 ま、そりゃそうだよな。

 敵とか言ってここで雑談している奇妙な光景なわけだけど。


「そういえば、あの黒衣の騎士もトンカイだったよな」


 この世界に来たばかりの時。国境に向かって逃げる最中に出会ったのは、トンカイの騎士だ。

 あれもただ者ではなかった。


「知っているのか。高長恭こうちょうきょう殿を。ふん、私はあやつは嫌いだな。伝え聞く伝説とはまるで違う。すがすがしさの欠片もない。あの仮面だけだ、逸話と合っているのは」


 ん? 高長恭?

 どっかで聞いたことがあるようなないような……伝説、仮面…………。


「あっ! まさか、蘭陵王!?」


 それだ。間違いない。

 中国の北宋時代の名将だ。皇族の血を引いているがあまりに強すぎたために冷遇され、最期は皇帝に嫌われ殺された。

 美しすぎる顔は敵に舐められ味方の士気を下げると、仮面で顔を隠したというのは有名な話。

 パラメータで言えば、統率と武力は90台だろう。逆に政治力はないに等しいな。


 って、え?

 関羽に小松姫に超有力な軍師に高長恭?

 馬鹿なの? 強ぎじゃね? てかなんでいるの? もう訳が分からん。


「ほぅ、なかなか博識だな。あるいは我が国の“ちょうりょー”殿に匹敵するのかもしれんな」


「…………え? ちょうりょ? ちょうりょう? 張良ちょうりょう? 張良って、あの張良? 楚漢戦争の?」


「…………あ」


 どうやら自分の失言に気づいたらしい。教えないとか言っておきながらうっかり漏らしてしまうとか。さてはおっちょこちょいだな?


「違う! ちょうりょー殿はただの軍師なのだ!」


「あ、やっぱり軍師なのね」


「え!? あ! ち、違う! えっと、ちょうりょー殿、じゃなく、軍師殿は! その、頭が良くて! ちょっと頭がいいのをひけらかして近づきづらいけど、すごくて、それで、えっとー!」


 顔を真っ赤にして身振り手振りで打ち消そうとする小松姫は、なんだか年相応の女子みたいで可愛い。何歳か知らないけど20になっていないんじゃないか?


 てか張良って、あの張良?

 始皇帝を暗殺しようとして失敗して、劉邦りゅうほうの麾下に入って秦を滅ぼし、果ては項羽こううを打ち破って劉邦に天下を取らせたあの名軍師の? 諸葛亮をして天才と言わせたあの? 知力100確定のあの?


 いや、これ天下取れるわ。

 ちょっとトンカイ国との外交を一から考え直さなくちゃいけないみたいだ。

 幸い、今はザウス国がクッションの役割を果たしているから、直接侵攻はしてきてないけど。


 たとえば、今回の軍が全部トンカイ軍だったら終わってた。

 関羽と蘭陵王に率いられた1万の軍。副将に小松姫がいて、軍師が張良。そんな軍に2千でカチコミしろなんて言われても、瞬で壊滅するのが目に浮かぶ。てか関羽に殺される。

 いやー、良かった。マジで良かった。危うく死ぬところだった。


 そんな僕の動揺に、慌てふためいた相手は気づかない様子。

 だからようやく落ち着きを取り戻した小松姫は、


「ふぅ、も、もういいな。そもそも貴様とは敵同士なのだ。こんなところで雑談をしている暇はない」


 いや、最後の話はそっちから振ったんだけどね。


「では私は行くぞ」


「ええ」


「では、行く」


 それだけ言って、くるりと手際よく馬を返すと、小松はこちらを顧みることなく走っていく。


 それに続いてトンカイ軍もこちらから距離を取る。

 ウェルズ軍を追った軍と合流してザウス国を通り、トンカイ国に戻るのだろう。


 ふぅぅぅぅぅ。


 大きくため息。スキルも解除。

 今更ながらに体が震えてくる。


 一歩間違えれば、僕もクラーレも死んでいた。いや、あのまま歩兵がなだれ込んで来れば、僕らは全滅の可能性もあった。

 それに本多小松。あれは強かった。軍神スキルを最大に利用してなんとか負けなかっただけで、肌が粟立つほどの殺気は初めてのものだ。


「イリリ!」


 ふと、声がした。

 顔だけ振り向けば、タヒラ姉さんがこちらに馬を走らせてきている。

 その顔には、困惑と憂慮の表情が張り付いていて、近づくと同時に、両方の肩を掴まれた。


「イリリ、大丈夫!? 怪我はない!?」


「ん、ああ。大丈夫、だと思うよ」


「本当!? 実はどっか致命傷とか負ってない!?」


 そんなのあったら今頃死んでるわ。

 まったく。この人は。けど、なんか憎めないんだよな。


「だから大丈夫だって。相手も話の分かる人だったし」


「でもクラーレを一撃で……いや、あれはクラーレが最弱だっただけだし。あたしなら勝ってたし」


 なんでここで意地の張り合いを。

 けど、まぁらしいといえばらしいな。


「――――っ」


 そこで来た。

 体の底からこみあげる炎のような熱気。体中の神経を針で突き刺すような鋭い痛み。『軍神』の代償。

 頼む。あと少し。あと少しだけ待ってくれ。


「ね、姉、さん」


「どうしたの、イリリ!? イリリ!?」


 タヒラ姉さんが血相を変えてこちらに体を寄せてくる。

 いや、今は心配とかどうでもいい。これからのことを告げないと。


「ぜ……の……、たい、を……」


 全軍の撤退を。早く。

 そう言おうとして声が出ない。空気が吸い込めない。

 逆に何かが来る。吸い込むとは逆の、吐き出すためのものが。


「……がふっ!」


 唾を吐いた。それはタヒラ姉さんの服を黒く染める。

 なんで唾にそんな色が? せき込む。右手で口を抑える。唾が飛んだ。いや、唾じゃない。この粘り気。温かみ。そして赤い色。


 血だ。


「なんじゃこりゃあ」


 いや、そんなべたなモノマネしてる場合じゃない。

 体が動かない。手足に反応がない。


「イリリ! しっかりして! 軍医! 軍医を!」


 タヒラ姉さんが本気で心配の表情でわめき散らす。

 それを子守歌に聞きながら、意識は沈み――そして消えた。

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