挿話5 ???(トンカイ軍部隊長)
元々気は進まなかった。
所詮は他国の戦だ。
勝ったところで報酬がもらえるわけでもなく、死んだ兵たちに報いることができるわけではない。
それでも同盟のための戦いというのだから、それは仕方のないことなのだろう。
父が昔よく語っていた。義理堅く同盟を続けるためには、身を粉にして、時には血を流して戦わなければならないと。
『ま、それでもわしは傷1つ負ったことがないがな! ぐわっはっは!』
と、結局は自分の自慢話になるんだけど。
そんな父のことが大好きで、小さいころから仕込まれていた武芸が、こんなところで役に立つとは思わなかった。
同盟国の“ざうす”国が“いいす”国に攻め入る援軍として、部隊を率いることになった。
“とんかい”国の都を出てから約5日。
ここまで来ればあと一息というところで、雨に降られた。
ざうす軍の大将は、濡れるのを嫌って林の方へ雨宿りをしにいったが、私は雨宿りは許さなかった。
雨で体力を奪われるのを嫌うのは十分な理由になるのだが、なんとなく勘がそうするなと告げた。だから簡易的な陣を組んで、布を天幕として使って雨に耐えることにして、斥候も出して周囲の警戒を厳にした。
父から聞いた、かの大戦。
それと同じ匂いをかぎ取ったからかもしれない。
そうこうしているうちに、林の方で歓声が響き、そして遠くに鉄砲の音が断続して響く。
なにが、と思う間にも事態は推移していく。
急ごしらえの陣から遠望すれば、休憩していたはずのざうす軍が大慌てで南に移動していくのが分かる。
いや、単なる移動ではない。
この歓声、悲鳴、鉄砲の音。
すでに戦いは始まっていて、ざうす軍の兵たちが逃げ惑っているのだ。
一体何が、と思う前に部下が一歩前に出てくる。
「カン隊長、いかがしましょうか」
呼ばれ、一瞬自分のことか分からなかった。
ただすぐに今の自分の義父の苗字だと思いなおす。
私には多くの父がいた。
実際の父。
主君としての義父。
自分の夫の義父。
このことは他の人間にとっては幸福なのかもしれない。
そのすべてが自分の結婚の時には存命で、その関係も良好、しかもその誰もが他人が羨むような名将揃いなのだ。
それはこの異なった世界に来ても変わらない。
3人の父はいないようだが、ここで新たな義父を得たのだ。
それは、戦乱が続く世の中においては、やはり幸せなことなのかもしれない。
そう。たとえ世が異なっても、人の争いは止まらなかった。
猫の額ほどの土地を奪っては奪い返し、武士のメンツのために他者と争いを繰り広げ、田畑を焼いては農民を困らせる。
『わたしは、争いは嫌だなぁ。みんなと、こうやってのんびり過ごせる方が、はるかに幸せだ』
私の夫となった人物はそうつぶやいて苦笑していた。
それを軟弱と責めることも出来たが……いや、できるはずもない。
夫は決して軟弱者なんかではなく、代々続く武士の長男としての気概と自負と責任を有している。そしてその武勇も実際に天下に示してきた。
あの人は今、何をしているだろうか。
自分がこんなところで、また争っているのを見て、嘆くだろうか。悲しむだろうか。
「隊長?」
黙りこくってしまった私を不審に思ったのか、部下がいぶかし気に聞いてくる。
「あ、ああ。すみません。状況は?」
「はっ。かの通り、どうやらザウス軍は潰走しているようです」
「ふむ……“ざうす”という軍。いささか情けない」
物陰で雨宿りするのはいい。
だがこうも簡単に奇襲を受けるとは、斥候を全く出していなかったためだろう。
父に言わせれば言語道断。負けて当然の愚行だ。
おそらく、今の義父も怒り心頭に違いない。
そう考えれば、取るべき道は1つしかない。
撤退。
もとより気の進まない戦いだったのだ。不甲斐ない友軍のために兵を死なせるわけにはいかない。
――だが、言葉に出たのは全く逆の言葉だった。
「全軍をまとめ、“いいす”軍の横を突きます」
「し、しかし敵はどれだけいるか――」
「友軍が討たれていて、我らだけ逃げるのか! それが我が義父、関将軍の“義”なのか!」
「はっ…………ははぁっ!」
喋りながら自分の中で論理が組み上がっていく。
そもそも、援軍として出て友軍の危機を見過ごすなど言語道断。ましてや大国“とんかい”の大義名分を失う。
ふっ、義、か。
自分で言っておいてなんだけど、乱世においては顧みることも少なくなった言葉。
父は主君である義父に義を感じていると言っていたが、それはどちらかというえば忠義という言葉に集約されるだろう。
他国の、見知らぬ兵に対する友愛の義とは全く異なる。
それを大真面目に論ずるのだから、今の義父は少し変わり者で……それでいて尊敬すべき人だ。そんな人がかつて存在していただなんて、今は私の義父となっているなんて、驚くべきことであり、同時に誇らしいことでもある。
だから私は今の義父に対し、一片でも裏切るようなことはしたくない。
ならばこそ、取るべき道はやはり1つだ。
「まずは私と500騎兵が続きなさい。そこからあなたは歩兵を伴って敵の横につけるように。まずはあの南西に離脱する1千を叩きます」
「はっ。ご武運を!」
部下は何も反論せずに自分のなすべきことをするために退いた。
前に命令不服従だった者を、徹底的に叩きのめしてからこの隊でめったに異論を挟む者はいなくなった。もちろん、今の義父の影響もあるだろうけど。
昔は馬や薙刀もそれなりに修めたけど、ここまで思う通りに動くほどではなかった。
男子に勝つといっても、父には敵わないし、戦場に出ることもなかったし、兵の指揮なんてしたことがないのだ。
だがこの世界に来て、戦いに出るようになって、なんだか自分の体が自分じゃないくらいに動く。
馬だって騎馬隊の疾駆についていけるほどだし、戦場に出てもいまだに不覚を取ったことがない。
それがなんとも心地よく、気が滾り、心を高揚させる。
私は戦いが好きだったのか。
いや、そうじゃない。
私は守りたいんだ。今の義父を、友を、仲間を。
『わたしは戦は嫌いだ。だが、わたしの今いる土地を、仲間を、家族を奪おうとする者がいるなら。わたしは鬼となり、夜叉になり、戦うだろう。お主も今や真田の家族だ。お主に危機が及ぶならば、わたしは槍を取るだろう。だから安心してここにいてくれ』
あの人が言った言葉が思い返される。
その優し気な瞳の中にある、猛々しく光る炎。
それが私の中にもある。そう信じて。
嗚呼、それでも。
思い出してしまうからやはりそれでも。
もう一度会いたい。
会って、お話をしたい。
夜の上田の郷に輝く、満天の星空を眺めながら。
夜が明けるまで物語りをしたい。
こんな、狂った世界ではなく。
私の生きた世界で。
3人の父のいる世界で。
あなたと一緒に、死が分かつまで生きていきたい。
――信幸様。
11/18
この話を異世界における転換点として、第0話と第1話を変更させていただきました。