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挿話4 マッケロー・ニュゲル(ザウス国将軍)

 変化は一瞬だった。

 腹ごしらえが済んで、雨脚が弱まってきて、そろそろ出発の号令をかけようと思った時に喚声が聞こえたのだ。


 最初は兵たちのいさかいかと思った。恥ずかしい話だが、我が軍はそれほど強くはない。

 だから何かと不満も多く、この雨中行軍にも不平が出たのだと思った。


 だがすぐにそれは違うと気づかされた。

 それは聞こえてきたのが悲鳴であり、


「敵襲ーーっ!」


 一瞬で頭が真っ白になった。


 敵? 敵とはどの敵だ?

 敵などいるはずがないのだ。イース国は怯懦きょうだで国都に引きこもるに違いなく、トント、ノスル、ウェルズの援軍が来るには早すぎる。だから敵など来るはずがない。


 だが敵襲という言葉と、林の奥から聞こえてくる絶叫と剣戟の音は、確かに戦闘がある事実を示唆しさしている。


「しょ、将軍、いかがしましょう」


 側近の1人がうろたえた様子で聞いてくる。


 不愉快だった。それを考えるのが側近の仕事であり、何よりそのうろたえた様子を兵が見れば、より兵はうろたえる。

 それすらも分からない側近の頭の回転の鈍さに辟易する。


 だがそれを今、あげつらっても仕方ない。


「敵の数は?」


「それが、分かりません。林の中でのことなので、兵数までは……」


「敵はイース国か?」


「それも分かりません。旗もなく、目印となるものは鎧なのですが、どうも情報が錯綜しているらしく」


 まったく。ならば何が分かるというのか!


 無能すぎる側近の言葉を斬り捨て、思考をまとめにかかる。

 だがそれすらもさせない事態が起きた。


「ぎゃあああああ!」


 悲鳴。林の奥ではなく逆。

 ここから近い、林の外だ。


 おそらく一部の兵が逃げ出したのだろう。

 混乱が起きている林の中ではなく、林の外へ。


 だがそれを敵は手ぐすね引いて待っていた。

 もっとも最悪な形で。


 悲鳴が聞こえる前。戦場全体に響き渡る大音量が大気に響いた。

 それは断続的に聞こえた、爆発する音であり、それが何を意味するかはこの場にいる誰もが即座に理解した。


「鉄砲、か……!」


 間違いない。

 敵は外に鉄砲隊を配置していた。

 数はどれくらいか分からないが、音を聞く限り数丁ということはなさそうだ。この小雨の中でも撃てるという点を認めても、なかなかに熟練した射手に思える。


 林の中にとどまれば敵が迫り、林の外に出れば鉄砲に狙い撃ちされる。

 押しても引いても地獄。


 なんだこれは。


 この戦いは数による圧倒的な暴力で、圧勝のうちに終わるはずだったはずなのに。


 なんだこれは。


 なぜ数に勝る我々が、こうも狙われる立場になる。

 なぜ正義に寄る我々が、こうも襲われる立場になる。


 ザウス国による地方の統一。

 トント、ノスル、ウェルズ、そしてイース。

 それらを統一すれば、我々も大国の1つとしてこの乱世に君臨できるのだ。


 そのために宿敵ともいえるトンカイ国に腰を低くして講和を求め、援軍を取り付けた。

 そして手始めにイース国を潰すため、大使館を襲い、そのまま奇襲という形で国都に攻め込む。


 その予定が、なぜかついえた。

 大使館から逃げ出したイース人が、逃げ切って本国に我々の動きを伝えたのだ。

 それにより、イース国都への奇襲という、一番簡単に終わる手立てがついえた。


 許せなかった。

 それがなければ、もっと犠牲が少なく終えることができたのに。


 なにより盟友のシノウ将軍が討たれたのが許せなかった。

 あの男は戦を狩りのように楽しむところがあったが、決して悪い奴ではなかった。友人とも思っていた。

 それがたった数十人を取り逃がし、自らの命を失うことになるとは。太守をはじめ、議会ではシノウ将軍を悪しざまになじる風潮が生まれているも悲しいことだ。


 だからこの一戦は、先の戦いの報復であり、シノウ将軍の仇討ちであり、ザウス国が他国に一目置かれるようになる大事な一戦なのだ。


 なのに――


「なんだというのだ、これは!!」


「しょ、将軍!」


 側近が泣きそうな顔で訴えてくる。

 もう何も考えられず、私にすがるしかないということか。本当に頼もしい限りだ。


 舌打ちしたいのを我慢して、必死に頭を巡らせる。

 そして1つの解を導き出す。この場を切り抜けるための。


「全軍、ここに集まれ!」


 まずは統率を取り戻す。逆襲に移るのはそれからだ。

 敵がどれだけいるかは分からないが、こちらより多い数がいるとは思えない。大動員するには日数が足りなすぎるし、何より奇襲は数が劣る方が行う戦術だ。

 だからまとまってしっかり防げば耐えられないことはないだろう。


 さらに我々には強力な援軍がいる。6千もの兵力を持つトンカイ軍がそばに陣取っている。

 彼らにはまず外にいる鉄砲隊を排除してもらい、そこに合流すれば少数の敵など鎧袖一触がいしゅういっしょくだ。


 だからまず兵を落ち着かせ、トンカイ軍に連絡をする。

 それだ。それしかない。

 そしてそうなってしまえば、もはやイース国のあがきは終わりだ。イース国は滅び、我々ザウス国が一気に大陸中央部を制圧する。そうすれば強国ができる。他国との駆け引きをする余力が生まれる。


 そう考えた。


 そう思えた。


 その夢が粉々に砕かれたのは、戦場に響く、誰かの叫びによるもの。

 そしてそれは、これ以上ないくらい最悪の一手だった。


 つまり――


「トンカイ軍が裏切ったぞ!」

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