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第57話 斥候

 ひたすらに馬を駆っていた。

 昼下がりの草原。少し雲行きが怪しい感じの中。供は1人だけ。


「ちょっと、お姉さん。待ってくれっすよー」


 コタローと名乗った旅人が馴れ馴れしく呼んでくる。

 彼は馬に慣れていないらしく、しがみつくようにして追いかけてくる。この世界に来たばかりのことを思い出してなんだか懐かしい。


 そんなコタローとなぜ2人で走っているかというと、


『馬鹿な、早すぎる! もうこんなところまで来ているとは!』


 コタローの話す、ザウス・トンカイ連合軍の位置。それが僕たちを慌てさせた。

 その距離、わずか5キロ。

 平均的な成人男性の歩行速度が時速5キロほどということを考えれば、あと1時間以内に接敵する。

 いや、相手もこちらに向かって来るのであれば、あと30分後、だ。


 完全に想定外。

 本来なら今日の夜か、明日の朝に来る本隊および他国の援軍と合流し、明日の昼頃の決戦を思い描いていたが、約1日ほど巻かれた形になる。

 なにより、僕が準備できていない。特にメンタル面の。


 ここで僕たちは決断を強いられた。

 500でのゲリラ作戦。それを明日の朝までやり通すか。

 あるいは――ここでの防衛を諦めて撤退か。


『進軍あるのみでしょ! せっかくここまで来てんだから。イケる、イケる!』


『まだ血ぃ、見てないしー。ちょっとぶっ殺すだけだから余裕でしょ』


 という強硬派タヒラ姉さんとクラーレ2人。


『いや、ここまで来られては奇襲もしづらい。この岩山を越えればあとは平地。命惜しさで言っているのではなく、今は500の兵すらも惜しい』


 対する慎重派の将軍という形で意見が真っ二つに割れた。


 そうなってくると、必然的に僕に焦点が集まる。

 多数決でいいなら、その票により方針が変わるからだ。


 正直、迷った。

 タヒラ姉さんたちの意見も分かる。ここで敵を止めなければ、あとは国都まで一直線。大軍を止めることもできず、あとは籠城まっしぐらだ。


 だが将軍の意見も理解できて、ここで奇襲して失敗した場合、撤退にとまどえば敵に食いつかれる可能性がある。深い森や谷があるわけじゃない。広がる平地で追いつかれたら飲み込まれて全滅する。

 そうなると籠城どころじゃなくなる。

 なんてったって籠城の指揮を取るのはあの大将軍を称する愚将だからだ。


 どっちを取っても破滅への道。

 それもこれも相手の進軍速度という1点のみでしてやられた形になる。

 本当に、ゲームと現実は違う。


 というわけで最後の票を求められた僕だが、前述のとおり決めかねている。

 だから逆に提案した。


 敵情視察を。


『へ? イリリが行くの!? ダメダメ! これは身内甘さで言ってるんじゃないよ。あんた初陣でしょ。そんな素人が偵察なんかできるわけない。いい、これは脅しつけようとして言ってるんじゃないの。素人がそんな専門職じゃないことしても、死ぬだけよ』


 と、タヒラ姉さんに厳しくどやしつけられ、将軍とクラーレにも反対された。

 だが、押し切った。

 この斥候こそが大事で、この戦いの今後を左右するものだとこんこんと説いた。


 ならちゃんとした斥候に行かせる、という案も聞かなかった。

 だってそうだろう? ゲームでも地形や兵数、配置など自分の目で見て対応を決めるんだ。そこを伝聞で聞いたところで、ちゃんとした指示を出せるわけがない。

 なら兵を100つけて、ということを言われたが、それだと隠密性がなくなるということで却下した。


 そんなこんなで、道案内としてつけられたコタローと一緒に馬を南に飛ばしているわけだ。


「あ、そろそろですよ」


 コタローがそう言ったのは、遠くに見えていた岩山がすぐ近くになってきたころだ。

 木々のない裸山の岩山。そしてそのふもとには木々生い茂る林がある。

 その反対側が、敵が休憩している地点だという。


「地図で見れば……ここら辺ってこと?」


「そうっすね。自分らがいるここから岩山を挟んで真反対。その林側にザウス軍がいて、トンカイ軍は少し離れた平地部分にいる感じです」


 なるほど。

 確かに煙が上がっているのが林の奥からうっすら見える。

 きっと炊飯の煙で、それがあがっているということは昼飯を食べているということ。まだ休憩中だろう。


「! 身を隠して!」


 遠くに気配を感じた。

 コタローを馬ごと引っ張って岩山の下にある木陰に入り込む。


 すると遠くに土煙が上がるのを見た。うっすらと見える馬影、おそらく斥候だろう。


「あれはトンカイ軍ですね」


 コタローがつぶやく。


「そうなの?」


「ええ、具足の色で」


 そういうものか。ここからじゃそこまでわからないけど、どのみち敵に変わりはない。

 斥候の騎兵は岩山から少し離れた位置で止まる。

 ギリギリ姉さんたちがいる軍が見つかるか微妙なライン。少し迂回するよう移動してもらったけど、大丈夫か?


 気まずい時間が流れ、その斥候が動くには、


「戻った、か…」


 ドッと疲れが出た気がする。

 あそこで見つかっていたら奇襲も何もない。

 とりあえずはこの幸運を味方につけるべきだろう。


 あとはーー


「敵の配置と向こう側の地形も見ておきたいな……」


「へ!? まさか向こう側に行くって!? 無理無理無理無理! 見つかりますよ!? 殺されますよ!?」


 まぁそれはそう。

 けどこの状況、地形が僕らに味方する。


 僕らはゆっくりと、敵の斥候が来ないことを注意しながら南下。

 そして岩山の近くで馬を近くの木につなぐと、さらに移動した。


 といっても一直線に、じゃない。

 僕と敵の間に挟まる、岩山を登るのだ。


「ひぃ……ひぃ……ま、待ってくだ……」


 10メートルほど下を、肩で息をしながらコタローがついてくる。


「ついてこなくていいって言ったじゃん」


「そ、そういう……わけ、には……任され……ましたから……」


 なんともまぁ。

 危険はないって言ってるのに、律儀な人だなぁ。


 対する僕は平気だ。息が弾む程度で動けなくなるなんてことはない。

 基本引きこもりの僕がここまで動けるのは、この体がスタミナあるからか、あるいは『軍神』スキルのおかげか。


 そういえば。人がいないところだし、少し聞いてみたいことがあった。


「コタローさん」


「へ、へい……」


「コタローって本名?」


「……は? そりゃ、はい」


 そっか。そうだよな。

 なんか他の人と比べて和名っぽいなと思ったけど。そういうのもあるのか。


「な、なんすか?」


「いや、なんでもないよ。ちょっと先に行ってくる」


「はぁ……」


 きょとんとした様子のコタローを置いて、そのままぐんぐんと登っていく。

 正直、コタローを待っている時間がないからだ。


「……これか」


 ようやく着いた。

 敵を見下ろせる位置に、腹ばいになって眼下を見下ろす。


 標高30メートルくらいか、ずいぶんに高く感じるのは他に高層ビルなど比較対象がないからだろう。

 そんなところに、ぽつんと人が1人いても、下からは気づかないだろう。立ち上がらなければなおさらだ。


 そこで敵の配置を見た。

 確かにコタローの言う通り、敵は2つに別れている。

 1つは岩山のすぐ下、林に近いところにザウス軍。先日見た、軍装や旗も同じ。

 もう1つが少し距離がある。といっても1キロも離れていないところ、草原のど真ん中に5000程。これがトンカイ軍だろう。


 その軍にはあからさまな違いが2点ある。


 1つが警備。

 真下のザウス軍がただただ思い思いに昼食を取っているのに対し、トンカイ軍はただの昼食にもかかわらずちゃんと柵を立て、歩哨ほしょう(警備の兵)を各所に置いて、周りを警戒している。


 もう1点が軍規。

 ザウス軍が思い思いに昼食を取っているということは、軍がまとまっていないということ。

 対するトンカイ軍は5000もの兵を柵の中、一か所にまとめているので、多分、ぶつかっても崩すのは難しいだろう。


 もう勝った気でいるザウス軍と、油断をしないトンカイ軍。

 それはきっとトップに立つ人間、将軍の差だろう。


 そこに勝機を見た。


 この戦い、言ってしまえばザウス軍がメインで、トンカイ軍は援軍、サブの立ち位置だ。

 トンカイ軍を壊滅させても、まだザウス軍が攻めてくる可能性はある。

 対してザウス軍を壊滅させれば、トンカイ軍に大義名分はなくなる。他国の戦いに無理な出血をするはずがないのは、トントだろうがノスルだろうが、ウェルズだろうが、敵のトンカイも変わらない。


 だから狙うのはザウス1つ。

 しかもそっちの方が容易なのだ。

 ゲームで言えば、ザウス軍が統率50の凡将、トンカイ軍が統率90の名将。

 どちらかを倒せば勝ちなら、確実にザウスを狙う。

 そして先述の通りザウスを倒せば勝ちなのだ。


 この事実に、正直僕は興奮した。舞い上がった。

 勝てる。生きれる。助かる。

 その想いがどくどくと沸いて来て体を火照らせる。


 そこにさらに、もう1つ勝機が舞い込んだ。

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