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第99話 内乱勃発

 火の手が上がった。


「小太郎!」


「はいはい――行きます!」


 小太郎、いやサラに変化した彼女は僕の声にこたえて、その身を空へと飛ばした。無重力のスキル。便利だ。


 そして数秒して着地したサラは、


「南南西の方角。そちらに火の手があがり、さらに各所で人がぶつかりあっています」


「南南西……僕たちが向かう方角。間に合わなかったのか」


「イリスのせいじゃない。イリス捕まってた。どっちかというとあのだらしないオジサンのせい」


「そうです。イリス殿に過失はありません!」


 そうは言うけど、この乱を起こしたのは僕たちの国だ。お互いを傷つけ、疑心暗鬼にし、煽り立て、そしてくすぶっていた不満を爆発させた。

 周瑜も間に合わなかったらしい。

 きっとこの首謀者は、鎮圧の軍が出るとみて計画を前倒ししたのだろう。いや、それすらも計画の一部ということか。


「とにかく今は坂本さんと合流しよう! 話はそれから――」


「おお、イリス! ここにおったき!」


「イリスくん。無事だったか」


「坂本さん! それに会長!」


 ちょうどそこに駆けこんできたのが坂本さんとムサシ生徒会長だった。

 さらにその後にぞろぞろと続くのは、槍と盾で武装した兵たち。100人ほどか。ただどことなく小柄で屈強そうには見えない。


「ああ、こちらは姫さんの護衛じゃ」


「鶴姫の?」


「はい。我々は鶴衝隊かくしょうたい。鶴姫の警護、そして国都の治安維持を任されております」


 1人が前に出て、仮面を上にあげた。そこにあったのは少女の顔。まさか、小柄なのは――


「ああ、女子おなごの隊じゃ。なんとも姫さんらしくてのぅ」


 確かに巫女である鶴姫を警護するのに、男の護衛だと色々問題があるだろう。だからといって女性ばかりの部隊とは……いや、この世界じゃそもそもか。タヒラ姉さんを筆頭に。それに僕らの歴史の中にも女性だけの隊がいないわけじゃなかったし。


「って、それよりじゃイリス! すまん、もう始まってしもた!」


「とにかく急ごう! 今ならまだ被害は少ない!」


 それから全員で火の上がった方向へ走り出す。


 その最中。そういえばここにいない連中はどこに行ったのだろう、と気になって会長に聞いた。


「会長、カタリアは?」


「ああ、カタリアくんはお姫様と一緒だよ。ユーンくんとサンくんも共にね」


「なるほど」


「姫さんなら、あの火の手を見て駆けつけちゅう! わしらは先に行くぜよ!」


 確かにそうするしかないからいずれ会えるだろう。

 けどなんだろう。この胸騒ぎ。そうするしかない。その言葉。それはつまり相手を誘導するためのもので、そこに罠を張るのは赤子の手をひねるより容易い。そう軍師がささやく。

 いや、今はそんなことより目の前の乱だ。僕がそう思ったからといって確約されたものではないし、向こうにも20ばかりの護衛がついているというから問題ない。問題ない。そう思おうとした。


「見えた!」


 人と人がぶつかっている。戦場だ。


 だがそこにたどり着くにももう1つの障害があった。

 人だ。

 争いに巻き込まれ、火に巻かれて逃げ惑う人たちの奔流がぶつかってくるのだ。


 邪魔だ。


 そう感じてしまったことを、一瞬でも思ってしまったことを恥じた。

 彼らはまったく無関係なのだ。商人同士が争うとも。それとは別のところで生きてきた。もちろんこの世界だ。争いと無縁とはいっても影のように付きまとうのだから甘いことを言ってられるものじゃないとは思う。

 けどこの他国の謀略により起きた内乱に巻き込まれた人たちは、間違いなく被害者。これまでの平穏を壊され、着の身1つで逃げ出さなければならないことへの苦痛。背後で人と人が殺し合い、その余波がいつ自分に襲い掛かるかという恐怖。


 それを受け入れてその場にいろだなんて命令は、仮にイース国がこの謀略に無関係だったとしても言えない。


 逆に彼らの不安を取り除いてやりたいと思う。さらに恐慌が伝播すれば、そこは弱い者が淘汰される修羅の世界になる。それ以前に、こういうのはドミノ倒しになって死傷者が出る可能性だってある。

 だが僕がそちらに手を貸すことはできない。いや、貸してもいい。けどそうなると内乱は止まることなく更なる広がりを見せるだろう。激突が起こっているということは周瑜は間に合わなかったということ。

 ならそれを止めるのは、今ここには僕しかいない。


 だが僕は1人しかいない。内乱を止めるか、避難民を助けるか。究極の二択。

 その時だ。


「イリスくん、ここは私に任せてもらおう」


「会長?」


「すまないが10名ほど来てくれないか。この避難民を誘導する」


 鶴姫の護衛を10人ほど指名して会長は言った。


「任せて、いいんですね?」


「ああ。逆にあちらは不得意分野でね。イリスくんに任せるしかないのが心苦しいよ」


「いえ、会長に背中をお任せします」


「ふふふ。そう言ってくれるのは嬉しい。ああ、イリスくんの背中に指を這わせ、そのなめらかな肌に爪痕を残したい」


 ……最後のがなけりゃあなぁ。いや、逆にわざとやってるんじゃないか? 最近そう思えてきた。


 けど頼もしい。さすがは生徒会長。


「坂本さん、このまま突っ込みます!」


「おぅ、! さぁさぁ道を開けてくれぃ! わしらは軍のものじゃあ! こちらのお嬢さんに従って避難すりゃ間違いない! わしらに任せてゆっくり、慌てず進むぜよ!」


 坂本さんは自分を目立たせて群衆の注意を引きつつ、会長の手助けをしながら前に進む。


 本当に頼もしい。僕の味方はこんなにも。


 だが始まってしまったものはもう取り戻せない。だから僕は行く。

 この何の利益もない、人の悪意が満ちただけの乱を鎮めるために。

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