挿話17 周瑜(ゴサ国総督)
夜のうちに軍備を整えた。
といっても集められたのは200ほどで、兵というよりは警備の者だ。
ゴサ国の国都だけあって、警備の人数は1千はいる。だがさすがに国都中に散らばらせていることもあり、さらに水路でつながっているためすぐに終結させることが難しかった。
それ以外のゴサ国軍は北と南の海岸線に展開している。ゴサは水軍の国。だから軍も政庁付近ではなく、港に常駐してそこから船で戦陣に出るのが通例だ。
もちろん陸戦を行う歩兵隊もいるが、それはイース国を牽制するために西側に展開している。
だからすぐに動かせるのは200。
それでこの騒乱を未然に防ぐしかない。
だがそれが可能だと見たから宰相は私に鎮圧を命じた。
この私とて、呉国の柱石とはいかずとも軍を率いていた男だ。人数が少ないからといって、何もできないでしたではいられない。
だから200人が集まった時点で出撃を命じた。
目指すは政庁から南西に向かった商業区域。そこが今回、問題となった豪商が集まる地域だった。そこにまず200で強襲。豪商連中を抑えてから、各地より呼び寄せた警備兵で取り囲む。
そうすれば鎮圧は簡単だ。
所詮は戦の素人が考え出した反乱。そう少し高をくくっていたところがあったのかもしれない。
「止まれ!」
先頭を走る足を止め、そう後続に命じた。
目的地まであと100メートルほど。その地点で足を止めたのには理由がある。
我々の行く先を汚らしい身なりをした男女が塞いだのだ。その数、100ほど。いや、後ろにも気配。合わせて200。こちらと同数。だが完全に挟撃を受ける。
「ふへへ、残念だがここで通せんぼだ。ゴサの提督さんよぉ」
前方の中央辺りから声。そこにいる、他より少し大柄の男が勝ち誇ったように言う。
「どうか通していただきたい。今、まさに火急の刻。一刻も早くしなければ無用の血が流れてしまうのです」
「そうはいかねぇんだよ。俺の役目はお前らにここで死んでもらうことだからよ」
男が1人前に出てきた。醜い。引きつった笑みにだらしなく開いた口、歪んだ顔。体格だけは立派だが、着ているものはボロに近く正視に耐えない。
「お互い、ゴサの国の民ではないですか。どうか、退いてもらいたい」
「げひゃひゃひゃひゃ!」
男が笑う。下品極まりないその。音階も滅茶苦茶で耳に障るその声は、もはや耐えがたいほどに耳障り。
「お願いってか? ゴサの大都督様が! けどざぁんねん! 俺ぁゴサの民でもなんでもねぇ! あんたに敬意もなけりゃ、この国がどうなろうとしったこっちゃねぇ! なんてったって俺ぁ、大盗賊のギューニさまの大幹部、その名も――」
「あ、そうなのですか」
「え?」
「では、鏖も構いませんね」
「は?」
男の首が飛んだ。いや、飛ばした。
抜き放った剣で、一足飛びに男に近づいて刎ねたのだ。
何の手向かいもなく、何の抵抗もなく、大盗賊の大幹部とやらの首が飛んだ。
それが合図だった。
「全員、剣を抜きなさい。そしてこの賊どもを皆殺しにせよ!」
喚声があがる。
それで兵たちは火が噴いたように敵に攻めかかる。
警備兵と言っても、私が直々に選び、そして鍛え上げた精兵。そこらの賊どもに劣っていると思われては心外だ。
対する賊どもは頭を失ったからか、挟撃の形の敵から仕掛けてきたからか、狼狽して剣を抜く前に斬られていく。応戦する者がいたが、それも我が軍の前には蟷螂の斧だ。
私も自ら剣を振るい、敵の首をさらに2、3飛ばした。
ああ、伯符。我が永遠の友・伯符よ。
頭が討たれただけでこの有様のこの賊どもは、醜悪極まりないことこの上ない。だが我が孫呉は、たとえ支柱を失おうとも倒れることなくより激しく燃え上がるのだな。
もはや賊どもはその数をみるみる減らし、潰走に入る。
――その時だ。
何かを感じた。同時、咄嗟に剣を振っていた。
混戦の中。味方を斬ってしまうとも思える一撃。だがそんな気遣いも何もなかった。何かが来る。そう思ったから斬った。だが斬れなかった。
衝撃。金属音。
斬れない。いや、こちらが押し切られる。そう思った刹那、思い切り剣で弾くと同時、後ろに飛びのいた。
支えを失った相手の剣は、そのまま振り切られて近くにいた賊の背中を斬りつける。
男がいた。
どこか他の族とは違う。薄汚れてはいるが、その放つ気配は賊よりも禍々しい。醜悪さによる吐き気ではなく、胃の底をずんと重くするような吐き気。
自分の中にあるほんのひと欠片の怯懦心が醜く泣きわめくほどに、この男から発せられる禍々しさが癇に障る。
「なるほど。さすがは三国の英雄、周瑜。病み上がりとはいえ我が剣を捌くか」
「何者だ」
「河上彦斎。お前を殺す者の名だ」
「!」
その者。確か坂本くんやイリスが言っていた。
暗殺者。闇より出でて将を殺す者。その言葉に腹の底に眠っていたものが起き上がる。
「貴様がっ!!」
斬りかかった。
抑えきれぬ激情。
伯符。ああ、伯符よ!
なぜ先に逝った! 私と共に生き、共に死ぬ約束ではないか!
それがこのようなまつろわぬ者の凶刃に倒れるとは!
暗殺。なぜ殺す。なぜ死なせる。なぜ奪う。
正々堂々ではなく、闇より出でて闇に消える。そのような卑怯千万の戦い方で、何故伯符が死ななければならない!
「何故、何故! 何故だ!!」
「くっ……」
相手がひるむ。
口ほどにもない。
「ふっ。さすがは、ということか。役目とはいえ私がこうも押されるとは」
「案ずるな。貴様にはそのまま死なせることはない。その腕を、その足を、その舌を切り落としてから全身を切り刻んで殺してやる……」
「だがもう遅い」
「なに?」
次の瞬間、激しい爆音がした。
視線がそちらに向く。炎が上がっている。このゴサに。国都に。
その刹那。死を感じた。剣。来る。受ける。折られたら、斬られたら死ぬ。その思いが爆発して敵の剣を弾き飛ばした。そして距離を取る。
左手。およそ1キロ。私が目指した豪商のいる地域ではない。どちらかといえば御用商人どもの地域。まさか始まったのか。この私が動く前に。この私が駆けつける前に。
「ふっ……惜しい」
「貴様、なにをした」
「私は何もしていないよ、大都督。だが急いだほうがいい。我が主は、そう。あの医者坊主より悪辣だ」
「そのものの名は?」
「言うわけがなかろう。一応、今の雇い主だからな」
「そうか、なら――」
「悪いが時間切れだ。次の獲物が待っている」
「待て!」
一歩踏みよる。だがその刹那。悪寒を感じた。これまでにない、圧倒的なもの。
足を止めた。それが皮一枚、命を救った。
風が薙いだ。
ただの風。そのはずだ。
だがその風が斬った。私を。いや、私の上着の前面を。
相手の剣は届いていない。だが確実に何かに斬られた。
「そう命を捨てるな、大英雄。またしかるべき時に遊ぶ時が来る。ではな」
それだけ言うと河上彦斎とやらは後ろを向き、悠々と、だが迅速にその場を離脱していった。
それを私は追わなかった。追えなかった。
どれくらいそこに佇んでいただろう。いや、時間にすればほんの1分に過ぎなかったのだろう。周囲の掃討は止んでいた。
「都督様! 敵は潰走。半数以上は討ち取りました! ……都督?」
部下の1人が声をかけてくる。
だが今の私にはそれに返している余裕はなかった。
今、私のすべては見知らぬその雇い主の方へ、この反乱の首謀者へと向いていた。
「……どこの誰かは知らんが、この周瑜をコケにした罪。あがなってもらうぞ」




