挿話16 平清盛(ゴサ国宰相)
自分から見て父は偉大だった。
そもそも宋との貿易は、父が先に手掛けたもので、それを受け継いで力を入れただけ。
土地だ名誉だと言い続ける武士や公家より、銭の方が何倍も力があると父は気づいていたのだ。
だからこそ武士にして昇殿を果たし、武士にも公家にも一目置かれる存在となった。
だがそれは単に公家にとって都合の良い存在を作り上げるだけの方便でしかなかった。官位という餌をちらつかせて、武士を使いぱしりのように使う公家の手だった。
それでも父は国のため、朝廷のため、身を粉にして働いた。そして、死んだ。
父はその最期に満足していたようだが、自分にはそれが朝廷に殺されたとしか思えなかった。だから自分は武に頼った。朝廷にはない武士の力。そこに経済力を合わせて力を持つようにした。
それはこの世界に来ても同じだ。
力とは武と銭。それを支配した者が勝つ。
世界が違っても、国が違っても、人が違ってもそれは同じだった。
だからこそ。このゴサという国は俺が作リあげた国。飾り物の太守などというのは公家のひとかけらにもならない。
その国を、作品を壊されるのは決して許されることではない。たとえそれが誰であろうとだ。
イリス。確かグーシィンといったか。
あの者はやって来たイース国の使者3人の中で、唯一毛色が違った。ほかの2人もそれなりだったが、今はまだ小娘。しかもそこらにいる貴族階級の十把一絡げの者でしかない。
その中でイリスは自分を値踏みし、何かを感じている瞳を自分に向けてきた。さらに少し話をしただけで分かる英邁さ。何よりゴサ国の強みを瞬時に理解し、これから行おうとしている経済封鎖について多くを語らずとも理解した。
それほどの逸材。逆にどこかこの世と浮世離れした彼女は、イース国などに置いておくのはもったいないと思ったほど。現に今は国の宰相に冷遇されているというのだから、引き抜いても問題ないだろうと考えたわけで。
だがそれは間違いだった。
故意か偶然かあるいはそれが目的だったのか。イース国によるゴサ国に対する破壊工作が発覚。それの対処を考えると共に、あのイリスのことも放っておくわけにはいかなくなった。
すなわち、イリス・グーシィンの処断である。
欲しいと思ったというほどは有能で、有能であることは味方ならば頼もしいが、敵となればそれは脅威でしかない。
帝都で呂布と一騎討ちをしたとか、軍勢3万を指揮したとか話は流れてくるが、所詮は浮説(根拠のないうわさ)。あの華奢な肉体にそれほどの武が宿っているとは思えなかった。ただ、頭の回転と物おじしない胆力は相当なものだと直接見た自分がそう断定する。それだけでも処断する理由にはなった。
だから周瑜に捕縛させた。
即時に処断しなかったのは、あるいは自分の甘さか。
乱を鎮圧した後にもう一度機会をやろうとでも思ったのか。
あるいは単に子供を殺すことにためらいを覚えているのか。
自分でもその心は分からない。
ただ、もう一度腹を割って話をしたい。そう思える何かが彼女にはあった。
周瑜に鎮圧を命じ、政庁で一晩過ごし、夜も明けたころだ。
「おじ様!!」
鶴が駆け込んできた。
「鶴。この世界にはノックというものがあると教えたはずだぞ」
「おじ様、そんなことよりもです! 兵を止めてください! それからイリスを解放してください!」
やはりその話か。
「それはできん。すでに矢は放たれている。朝令暮改。一時の私情で命をひるがえせば、そのものの言葉など誰が聞こうか?」
「おじ様は間違っています!」
「何が間違っている?」
「えと、その……軍を出しました!」
「武をもって国を騒がせようとする輩だ。武で制圧するのは当然であろう?」
「なら、イリスを捕縛しました!」
「暗殺の計画犯と同じ国の者だ。何より彼女の自身もそれに気づいている」
「しかし被害者です!」
「被害者のふりをしているのかもしれんぞ。それでこの国を破壊しようとしているかもしれん」
「憶測で人を殺すのですか!?」
「憶測で国を亡ぼすつもりか?」
「っ!!」
鶴姫は黙ってしまった。
呆れた。その程度の覚悟でしか言葉を吐けないのか。
「民を殺すこと! それは自らの手足を食するがごとく、愚行ではありませんか!」
一理はある。だが一理だけだ。
「手足が重い病にかかった場合、生きるためには切り落とさなければならない。それ以上でも以下でもないわ」
「…………」
鶴姫は何か言おうとして失敗し、それでも顔を真っ赤にして口を大きく開けて、
「おじ様の分からず屋!」
「分からず屋で結構。これが家を、国を守るということだ」
「もういいです! 鶴は自分のしたいことをします!」
そう言って肩を怒らせて部屋を出ていく鶴。バタンと激しく閉じたドアが彼女の怒りを示しているように見えた。
彼女が動くことによって、混乱は加速するに違いない。
だから止めるべきだった。だが止めなかった。
『鶴は自分のしたいことをします!』
したいことか。
自分のしたいことは何だろうか。
ゴサの国を守る。それがしたいこと。そうなのだろう。だが本心からそうなのか。そう思い込んでいるだけではないのか。
あるいはそれも自分の甘さか。
自嘲する。
だがすぐに笑みを引っ込めて、視線を部屋に走らせる。
「で、俺に用か?」
闇に向かって声をかける。
何もいない。だがそこから反応が来た。
「あら、わらわの気配に気づいていたとか」
女だ。暗闇に映る女の姿が
「妖。鬼か狐の類か……ふっ」
「あら、何かおかしなことでも?」
「別に。ただ知り合いの馬鹿に、友切を持つ者がいてな。その元をたどれば名を髭切、かの茨木童子を斬ったという渡辺綱の名刀だ。鬼退治にはもってこいだと思ったがな」
あの源義朝も、もう少し利口になれば俺の政権に加えられたものを。
惜しいという気持ちはある。だが、だからといって手心を加えるつもりはなかったが。
「知っているか? 訪いも入れないまま部屋に入ることは失礼だと」
「先ほどの彼女も訪いを入れているようには見えませなんだが?」
「あれは別だ。失せろ。俺は今忙しい」
「わらわの贈り物を楽しんでいただけたようで何より」
「貴様の仕業か」
この女が画策したのか。
「ええ。それよりなにより、かの平相国様にお会いできて光栄ですわ」
「貴様もか。しかも未来の」
「いえ、わらわは過去の者。それでありながら未来でもあるのですわ」
「世迷言を」
「いかがでしょう。わらわと組めば、イリスやイース国などどうにもならない絶大な力が手に入るかと」
「貴様はイース国の者ではないのか?」
「わらわは陛下のものでございます。イース国など行きかけの駄賃というもの」
どの陛下か。分からないがそれを聞くのはなんとなく憚られた。
どちらにせよこの女は敵だ。俺の作った作品を壊そうとする許しがたき敵。敵は滅ぼす。たとえ友であろうと。敵対したならば討ち滅ぼす。それが武士。それが平家。
躊躇はない。
椅子から飛び上がり、腰に差した刀を抜き打ちにして女に斬りつける。女は動かず、その口を三日月にゆがめて、
「いやぁん、わらわ斬られてしまいましたわ」
手ごたえはあった。
女の体は地面に真っ二つになって転がっている。だがそこから流れるべき血は一滴もなく、女の笑みはさらに醜悪さを増してこちらを見上げて来る。
「……やはり狐の類か」
「いえいえ、わらわは人間ですわ」
「戯言を。真っ二つになって生きる人間などいるか。あるいは式神というやつか」
「うふふ。晴明に力を与えたのもわらわならば、それもまた真なり、ということですわね」
晴明。安倍晴明か? 渡辺綱のことを考えたからそう思いついた。
「うふふ。まずはわらわの贈り物を楽しんでいただきますよう。手を組むかどうかはそれからでも遅くはありませんでしょう」
「ふざけるな」
「またいずれ」
その言葉を最後に、女の姿は影も形も消えていた。気配もない。
「消えた、か」
日の本からこの珍妙な世界にやってきた。乱れに乱れた世界が嫌で、まとめているうちに国ができた。それがこのゴサ国。俺が作った、俺のための国。上から抑圧もなく、俺が俺であるためにある国。
それが外部からのちょっかいで崩れようとしている。それは許されることではない。
だから俺は滅ぼす。
敵は全て。それが、たとえ誰であろうとも。




