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第96話 策謀の糸

 それから僕と坂本さんは政庁に向かった。

 鶴姫のことが心配だったけど、今起きたことはこの国の今後に関わる重大事。そちらが優先された。


「反乱が起きる? どこでです?」


 清盛と周瑜は同じ部屋にいた。どうやら清盛の執務室らしく、そこに2人がいる瞬間を捉えられたわけだ。運が良い。


 そこで僕は喋った。いや、最初に説明したのは坂本さん。それから暗殺事件とその相手の話になって僕が補足説明をした形だ。


 僕らの説明が終わると、清盛も周瑜も眉間にしわを寄せて考え込んでしまった。事の重大性を認識してくれたようだ。


 そして先に口を開いたのは周瑜だ。


「実は先ほど早馬が来ました。なんでも御用商人が数名、何者かに襲撃されたということです」


「まさか河上彦斎!?」


「いえ、1人ではなく集団ということです。そもそも距離の離れた数か所で同じ人間が出現することはできませんから。ごろつき集団でも雇ったのでしょう」


「で、で、公瑾さん、死者は……」


「安心してくださいというべきか、0です。そして賊どもも全員捕縛しております」


「ふぅぅ」


 坂本さんはそれに安堵したけど、僕としては冷や汗ものだった。


 これは発火装置だ。


 誰が死のうが生きようが関係ない。襲われたという事実が重要。

 そして賊はきっと言ったはずだ。自分らは殺された豪商たちの無念を晴らすべく襲った、と。


 絵図を描いた人間の底意地の悪そうな顔が浮かぶようだ。

 こうしてまんまとゴサ国の内面にくすぶっていた火種が無事発火した。


 御用商人と豪商の対立。一見すればただの商人同士の争いだろうと思うが、彼らは護衛――つまり武装集団を有する力を持っている。さらに今回あったように、金で雇ったごろつきで兵力を増すことができる。

 しかもその渦中にいるのは、この国で最も金を持った連中。


 ましてやこの国は商人で成り立っているような国だ。

 つまり商人同士の戦い、つまりはほぼ全国民同士の戦いにまで発展する可能性がある。


「人を集めて武器を集めて……激突するのは……早くて明後日ですかね」


「いや、公瑾さん。武器なら奴らがたんまり持っちょる。商品をそのまま使えば立派な武装集団の出来上がりじゃ。じゃから明日にでも全面衝突が起きる可能性はあるぜよ!」


「いえ、それでも今日明日は無理でしょう。つまり明後日。それまでになんとかしなければ……」


 思考が沸騰する中、1人、しんと静まり返っている男がいる。


 平清盛だ。


 彼は腕を組みながら目をつむり、何かを考えている。眠っているわけではないのは、ふとした拍子に、


「で、だ。その黒幕とやらはどこの奴だ、イリス?」


 そうつぶやいたからだ。


 急に水を向けられて僕としてはギョッとした。さらにその言葉の内容にもギョッとした。

 まるで僕が黒幕のような言い回し。鋭い目つき。


 とてつもない嫌な予感がした。

 だから少し考えて答える。


「それは…………分からない。おそらくゴサ国に恨みを持つ連中。あるいは御用商人と豪商が共倒れして得をする――」


「違うだろ、イリス」


 僕の声を遮って清盛が言い切った。その瞳、視線、声。すべてが僕を抑え込む。

 これが平清盛。これが一代で太政大臣に上り詰めた男。これが平家の礎。


 その圧は一瞬にして僕の言葉を失わせ、抵抗する気すらもくじくに十分なものだった。


「利口なお前なら分かっているはずだ。何も考えてないわけがない。そして答えを得た。そうじゃねぇか?」


「ち、ちくと待つぜよ、清盛さん! イリスもまだそんなことが分かるわけ――」


「分かるさ。それに俺は個人を断定しろと言ったわけじゃない。“どこの奴”、つまりどこの国の人間がこの絵図を引いたか。イリス、お前なら分かるだろう、いや、分かってここに来たんだろう?」


「ほ、ほんまか……?」


 坂本さんが僕を見る。けど僕はそれを見返す勇気がなかった。


 そう分かっていた。

 ここに至って、誰がこの謀略の絵図を引いたか。その黒幕は彦斎を送ったっきり、何もしてこないのか。

 いや、違う。してきている。これも僕の暗殺の一環。僕の抹殺のついでにこうなったのか、これが目的で僕の抹殺がついでなのか分からないけど、結果として起きる事象は変わらない。


 果たして僕が死んで誰が得するか。

 トンカイか、ザウスか、ゼドラか。あるいは旧デュエンやノスル、ウェルズ、トントの人たちか。それとも実は帝国が狙ったのかもしれないし、あの高師直のツァンならやりそうな気もする。

 そしてゴサ国。仲間にならなければ殺す。それくらいはありえなくもない。


 あるいは――国とかそういうものじゃない。一個人として、イリス・グーシィンが殺した人間の遺族が僕を狙ったという点もあり得るのかもしれない。


 けど違った。

 今回の件の黒幕はそんな甘い人間じゃない。


 まず僕を狙ったのはトンカイ国の港町。そこで狙撃と浴場での襲撃に遭った。

 それからゴサ国。そこでカイユと河上彦斎による襲撃で命を落としかけた。

 その流れからのこれだ。ゴサ国の内乱。それは僕にとってはあくまでも対岸の火事でしかない。ゴサ国は居心地はいいとはいえ、僕の故郷ではないし、極論を言えば守るべき存在ではまだない。


 けど今。


 ここで今。


 平清盛という巨人に、この黒幕の狙いがバレて、その奥に眠る意味を悟られたなら。いや、間違いなく悟っている。そして“ここまでが黒幕の暗殺計画”。


 己の駒を動かすことで、直接ではなく間接的に僕を殺そうとする計画。


 ここまで考えればもう分かる。

 僕を殺し、ついでにゴサ国の内乱で“隣国”の脅威が減り、なおかつ“帝都救援などという無駄なことを根本から潰す”ことで得を得る人物。


 汗が頬を伝う。

 それなのに体温は一気に下がって身震いするほどの寒気を覚える。


 そう、この一連の事件。その黒幕は――


「イース国。それがこの黒幕のいる場所だ」


「なっ!!」


 坂本さんが顔色を変える。


「国が、国民を殺すと?」


「何があったかは知らん。だが、おそらくことのついでだろう。我々の弱体。そのついでに役立てそうだから邪魔者も消すことにした。それだけのこと」


 やっぱり分かっている。平清盛はこの裏にある黒幕の意図をしっかりとくみ取っている。


「そ、そんだけのことじゃと……」


「龍馬、国を収めるとは、何百、何万、何十万という人間の命の尊厳を守るとはそういうことだ。たとえ心を鬼にしても、邪魔なものは切り捨てなければならない。大を生かすために小を殺す。それが国を守るということだ」


 その言葉は一代にして武家政権のトップに上り詰めた男の矜持が詰まっているように見えた。一体、彼も何を切り捨ててきたのだろうか。そう思えるほどの実感の籠った言葉だった。


「じゃ、じゃけど……」


「ふむ。違うか。違うのだな。ならなぜ――貴様は釈明しない、イリス?」


「っ! イ、イリス? そうじゃ、なぜ反論せん? おんしなら今頃何百っちゅう言葉を並べて反論しとるじゃろ。何故じゃ、何故それをせん!」


「…………」


 僕は答えない。

 答えられない。


 おそらく彼の言っていることは当たっている。

 僕を殺そうとしたのはイース国。詳しくは、カタリアの親父さんだ。


 国を出て勝手なことをして、目障りになったから殺そうとしたのだろう。そのついでにゴサ国も弱体出来るならさせる。

 それがあの男の狙い。


 本来なら白を切ることもできた。

 けどこの男。さらに先ほどから静かな佇まいの中に燃える炎を押しとどめている男――周瑜の前でそれをできる自信が僕にはなかった。


「つまりそういうことだ。公瑾殿――いや周瑜。戒厳令を敷け。それから全軍に出動準備。この国を乱す馬鹿どもを鎮圧しろ」


「御意」


「それからそこのイリス、そして鶴の屋敷にいるお仲間を拘束。どっかに閉じ込めておけ」


「ま、待ってくれ清盛さん! なぜイリスを!?」


「この国を乱そうとした敵国イースの間者だ。この国は俺が規則だ。沙汰は追って出す。やれ、周瑜」


「分かりました、宰相殿」


「公瑾さん! そがなんこつしちゃいかん! イリスは無実じゃ! 命を狙われとるんじゃ! ほいだら間者のわけがなかろう! 推測で拘束なんていかんこっちゃ!」


「宰相の決定はこの国の決定。武を司る私はそれに従わなければ、さらなる無用な混乱が起きる。それだけのことですよ」


「いかんいかん! 2人とももっと大局を――」


 3人の話し合い、いや、言い合いを聞きながら頭が真っ白になっていた。

 どうしてこうなった。何が間違ってこうなった。

 確かにそこまで親密になれたとは思っていないけど、少なくとも友好を築けそうな関係ではあったはずだ。


 なのに……。


 ダメだ。ここで捕まったら、今度こそ何もできないまま終わる。弁解もなにもないまま、永遠に地下に閉じ込められるか、あるいは敵国の反乱分子として処分される。

 それくらいのこと、この平安の巨人ならする。仲間になれといったその口で、平然と僕の死刑宣告をする。


 だからここで捕まったらすべてが終わる。

 カタリアたちも、イース国も。何より、まだ頑張ってくれてるだろう、ラスたちのことも。


 だから――


「っ!!」


 3人の意識は互いに向かっている。その隙間。今僕への警戒は薄い。そう思った。そう思ったから逃げられる。


 だから僕は一瞬の隙を突いて3人から背を向けて部屋のドアへ――


「残念ですが、今の私ならあなたを制圧するのはたやすいのですよ、イリス」


 瞬間、周瑜の声が聞こえた。


 逃げられる。

 そう思った。

 否。そう思わされていた。


 そうなった時にはもう、全てが遅かった。


 僕の意識は衝撃と共に暗転して消えていった。

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