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第94話 動乱のはじまり

 坂本さんが護衛を増やし、自分もこの屋敷に泊まり込むと決めたその日。


 坂本さんが敵じゃないと分かって少しホッとした僕の耳に飛び込んできたのは、この混迷の世の中をさらに加速させる出来事だった。


 廊下をバタバタと鳴らして誰か来る。さらに声も聞こえる。鶴姫だ。鶴姫が大変大変と騒ぎながら走ってくる。

 何か起きたのだろうか。と坂本さんと目を合わせて首をかしげていると、まさかの足音は僕の部屋の前で泊まり、


「大変よ、龍馬のオジサン!」


 バンっと勢いよくドアを開いて鶴姫が入って来た。


「おお、姫さん。わしゃ決めたぜよ。今日からここに――」


「そんなことより大変なの!」


「そ、そんなこと……」


「ゲーリンのおじさんが亡くなったの!」


「なに!?」


 坂本さんが目を見開く。どうやら知っている人だったらしい。


「そりゃ大変じゃ。いや、ご愁傷様じゃの」


「それだけじゃないの!!」


「え」


「ワイアームのお兄さんも、ミストレッチの姉さんも、ケルジンのおばあさまも亡くなってしまったの!」


「な、なにぃぃ!?」


 今度こそ坂本さんは、仰天してのけぞってしまった。


 正直、僕には誰のことを言っているのか分からない。

 けど立て続けに人が亡くなる。しかも鶴姫の関係者。そこに違和が出る。


「じゃ、じゃき、ワイアームにはわしゃ一昨日会うたがや! 病気もなんもない、えらい元気じゃったぜよ!?」


「それが……」


 鶴姫が声を落とす。

 その雰囲気が、なんとなくその次に起こることを予測させた。とてつもない嫌な予感を。


「亡くなった、って言ったけど本当は違うの。殺されたみたいなの。街で公瑾様に会った時に、坂本のオジサンにも伝えておいてくれって」


「っ!!」


 絶句とはこのことか。

 あまりにドンピシャすぎて言葉が出ない。


 それは坂本さんも同じで、何か難しそうな顔をして考え込んでいる。きっと僕が考えたことと同じことを想像しているのだろう。


 殺された。

 このタイミングで何人も。


 それを行うことができる人物を知っている。

 いや、今まで話の俎上に上がっていた人物。


 河上彦斎。

 そしてカイユ。


 現場を見たわけじゃない。

 何か証拠があるわけじゃない。


 けど間違いなく、ほぼ断定的に彼がやったことだと僕は直感した。それは軍神の直感で、おそらく外れてないだろう。


 だけど1つ問題がある。

 いや、問題というか疑問。というか不可解すぎる疑念。


「あの人が……でも、なぜ?」


「そこに行きついたか、イリス」


 坂本さんが僕を見る。やっぱり彼も同じことを考えていた。


「そうじゃ。理由がない。わしらの考えとる奴の犯行なら、あん人らを殺す理由がない」


「だけど一晩でそんなことができるのは他に考えられない。タイミング的にもおかしい」


「あのー」


「ちなみに坂本さん。その人たちはどなたです?」


「商人じゃ。わしらとはそれなりに交流もあったし、儲けておった。じゃからか、御用商人の奴らには嫌われとったな」


「おふたりさーん?」


「だとしたら雇ったのは御用商人側?」


「いや、商人同士で殺しはご法度。そんことしたら、信用はがた落ち、誰も相手してくれんくなる。それに儲けとったっちゅーても、奴らにとっては小規模。危険を冒してまでやる理由はなか」


「だとしたら一体……」


「あのっ!!」


 と、耳をつんざく鶴姫の声に、ハッと我に返る。


「もう、鶴をのけ者にして。ひどい!」


 ぷくっと頬を膨らませてそっぽを向く鶴姫。可愛い。


「あー、すまんの。ちっくとイリスと相談せにゃいかんことじゃった」


「だとしても鶴が知っちゃいけないことです?」


「う、うぅむ……」


 どうする? と坂本さんが目で聞いてくる。


 僕は反射的に目で拒否した。

 彼女を巻き込みたくない。僕がここにいる時点でそれは矛盾したように思えるけど、彼女の生い立ちと悲劇を知れば、それとは関係なく、楽しく過ごしてほしいと思うのは人情だ。


 けど鶴姫の激情はそれを上回る。


「どうして! ゲーリンのおじさんにはいつもよくしてくれた! ワイアームのお兄さんも、鶴を妹みたいだって言ってくれた。ミストレッチの姉さんはちょっと冷たかったけどなんだかんだで色々教えてくれたし、ケルジンのおばあさまはいつもお菓子をくれたのよ! そんな人たちが殺されて、鶴だけのけものにされて、何もできないなんて無理!」


「じゃけどなぁ、姫さん」


「しかしもかかしもありません! もしどうしても教えてくれないなら、鶴は1人で事件を解決してみせます!」


 そう言い切った鶴姫は、鉄の意志を思わせる瞳で僕らを見据えてきた。


 ため息をついた坂本さんの目からは、「これは無理ぜよ」という言葉が聞こえてきそうだった。


 仕方ない、か。

 ここで暴走されて、1人で河上彦斎らとかち合うよりは断然マシだ。


「実は鶴……」


 というわけで僕が知っている先日の暗殺についての情報を教えた。もちろん僕が未来からの転生者ということは伏せて。


「河上彦斎……」


「そう、それがおそらく犯人。色白で背丈は僕より少し大きいくらい。それで袴とかはいてるからすぐ分かると思うけど、それには絶対近づか――」


「許しません!」


 僕が鶴姫をなだめようとした瞬間、火が吹いた。


「おじさんたちを殺しただけじゃなく、イリスも殺そうとしただなんて! 鶴の大事な人を、これ以上失わせるわけにはいかないわ! 大祝の名において、三島大明神による神罰をその男に下しましょう! さ、行きますよイリス、坂本のオジサン!」


「え、行くって、どこへ……」


「もちろん現場です! 捜査の基本は現場百辺! 事件は現場で起きてるのよ!」


 そんな言葉、どこで覚えたんだよ……。


 なんて思っている間に、鶴姫は僕の部屋を出ていってしまった。


 それを見て坂本さんは頭を掻きながら盛大にため息を漏らし、


「はぁー、仕方ないのぅ。イリスはここで待っちょれ」


「いや、僕もいく」


「無理しちゃいかんちゃ」


「戦闘は無理だけど歩けはする。それよりあのまま鶴を放っておくほうが今は危険だよ」


「……やれやれ、どうもうちの姫さんたちは気がつようてたまらん。気の強い女子おなごは乙女姉さんでこりごりじゃ」


 そう言いつつも、なんだか嬉しそう微笑む坂本さんだった。

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