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挿話12 風魔小太郎(イース国間諜)

 ふぅ。間一髪だった。


 手に入れた各国の情報を千代女に渡して、一度イース国に戻った。

 そこに送られた情報にも有意義なものがあると思ったからだ。


 結論から言うと、集まった情報に新規性は認められなかった。だが1つだけ怪しいものがあった。新規性はないが、新しいもの。それはイース国の事実上の宰相、キース・インジュインと、引退した大臣のカーヒル・グーシィンのことだ。いわばイリスとカタリアの親父さんたちのこと。


 その2人が犬猿の仲で、カーヒルの方が去年のテロで負傷して事実上引退したことにより、キースの天下となった。あの自分を痛めつけたこの国の太守は暗愚。実質、この国はキースが支配しているも同然だ。


 その2人がキースの屋敷で密かに会った形跡があるという。しかもその後、カーヒルは屋敷から出てきていない。


 何かが起きている。それを感じた時にはもう遅かった。

 何者か、同業者だろう。闇の軍団に襲われた。力も技も速さも自分には敵わない稚拙なものだったけど、相手は組織で動いていた。それが厄介だった。


 死に物狂いで包囲を突破し、そして足は自然とゴサへと向かっていた。


 千代女が言うには、イリス殿たちは船でゴサへと向かうという。

 ならこのままゴサ国へと向かった方が、色々都合がいい。イリスとカタリアの親父さんのことを調べるのはそれからだ。


 そして昨日、ゴサ国に入ってぶらぶらと歩いていると、すさまじい殺気が空気を打った。


 何があるだろうかと野次馬根性で見に行った時には目を疑った。まさかイリス殿がその渦中にいて、しかも殺されそうになっているなんて。


 距離は遠い。だからクナイを打って相手を牽制。間に割り込んで、なんとか忍刀で一閃を受けたわけだけど……。ぷぅ、この剣筋。タダ者じゃない。今、自分が忍刀で受け止めているのもまぐれみたいなものだ。姿勢が崩れたことで両断する力が失われた。そういうことだと思う。


(ちょっと小太郎、イリス殿が死んじゃうじゃない! あんたじゃ無理、代わって!)


 やれやれ。自分の中にサラがいるのがこんなにもうっとおしいとは。つか下忍が上忍に口答えして言いわけないってのに。

 始末したいが、それは自分の体。この手出しができない安全なところにいるサラに苛立ちが募る。


「ま、その鬱憤はあんたで晴らさせてもらうけど!」


 刀を忍刀で受け止めたまま、左手を外して素早く懐に入れる。そこから出したのは、小さな鉄の塊。まきびしだ。それを相手の顔面目掛けて放る。本来は追撃阻止用の道具だが、鉄でできていて棘もたくさんあるので普通に顔に投げられればそれだけでひるむ。


 案の定、敵はそれを嫌って距離を取った。


「こ、小太郎……」


「イリス殿、もうちっと辛抱っすわ。大丈夫。自分が来たら、こんなやつちょちょいの――」


 あ、やば。変わ――


「よくもイリス殿をぉぉぉ!!」


 許せない。

 自分の大切を。一番をこんな血だらけに。


(勝手に入れ替わるなよ。どっちが主人格やら……)


「小太郎はうるさい!」


 本当はこんな口答えなど、始末されても仕方ない暴言だ。けど自分の主はこいつじゃない。人格最低で容易く主君を売って悪びれ1つもしない最低最悪の男。

 でもイリス殿は違う。友達になってくれようと言ってくれた。自分の生きることに意味を与えてくれた。だから。


「イリス殿を、やらせはしない!!」


 闇に紛れ、殺す。それだけ。

 逸る気持ちを抑え、殺意だけを秘めて動く。敵の背後。とった。だがくるりと男が振り返り、回転しながらの一撃を見舞ってきた。当然、死地に留まる自分じゃないから瞬時に飛びのいてその一閃を回避する。


「闇に生きるは貴様だけではない」


 ちっ。こいつも見えるやつ。

 この暗闇でも。しっかりと、わたしを狙って刀を振った。


(ほらー、だから言ったじゃんか。自分に任せろって)


 黙ってて!


鳳仙花ほうせんかを使うわ」


(は!? ちょっ! それはやめて。自分の体が、てかマジやめろ!!)


 腰に付けた小太郎の革袋から2つの丸いものを取り出す。それは小型の炮烙玉。それでも火薬の量は十分で、1人を爆殺するには十分すぎる威力を持つ。

 もちろん相手に避けられては意味がない。この相手は間違いなく気づく。気づいて無力化する。


 だからこそ忍術、鳳仙花。

 相手に取りつき、炮烙玉を爆発させる。つまり自爆だ。


 それをやればもちろん自分は死ぬ。けど、それによってイリス殿を狙う刺客が1人、しかもかなりの手練れを殺せるなら十分だろう。


(十分なわけあるか! やめろ! 自分はまだ死にたくない!)


 これだから金持ちのおぼっちゃまは。

 自分の命なんて安いもの。それで大切な人と、気にくわない相手を葬り去れるなら、自分にも生まれた意味がある。


 炮烙玉に火を入れた。そして駆けだす。


(おい、マジでやめろ! 頼む! なんでも言うこと聞くから……やっぱダメ! くそ、なんでお前の行動を奪えない!!)


 それは覚悟が違うから。

 自分が生きる意味。そして死ぬ意味。


 それはすべて我が主のため。

 そう思っていた。


 ――あの時までは。


 敵の剣士が納刀した刀に手をかける。あと2歩。踏み込めば相手の刀が来る。だからその手前で跳躍する。愚かな。そう相手が言ったような気がした。空中に逃げれば回避不可能の袋小路。あとは相手になます斬りにされるのを待つだけ。


 自分は生きる。自分が生きて、イリス殿も生きる。それが一番の道だと彼女に教わった。

 だからこんなところで、無駄な死に方をするわけにはいかない。


 相手の居合切りが来る。


 その直前に私は、手にした炮烙玉を、相手との間。その地面に向かって叩きつけた。

 瞬間、爆発が起きる。周囲3メートルは跳び散った破片による死の嵐が吹き荒れる。


 これで殺れていれば楽だろう。だが、あの尋常じゃない刀の使い手がこんなことで死ぬとは思えない。そして自分も。


 爆発と同時、自分の体が大きく跳ね上がった。異能で自重が限りなく無に近づき、爆風で一気に上空へと飛び上がったのだ。


 そこで見た。爆発から逃れた剣士の姿を。煙はかぶったものの、それらしい手傷は見えなかった。化け物め。


 だからこそ、今ここであいつは殺す。


 空から見下ろす。相手の頭頂部。

 いくら剣士とはいえ、いくら闇の者とはいえ、頭上からの攻撃には対応できない。

 しかも爆炎で闇すらも隠した。


 相手に気づかれずに、死角から圧倒的物量で殺す。

 それが今のわたしの戦い方。


「風魔流、闊殺術かっさつじゅつ鳳仙花ほうせんか・嵐!」


 手にした手裏剣とクナイ、そして残った炮烙玉を一斉に剣士に向かって投擲。爆発と刃の嵐が相手の頭上から降り注ぐ。普段ならそれだけで十数人を殺傷できるが、今回の相手は1人。けどそれで十分どころか不安なのは、対する相手が化け物だからか。


(おおおお、やめろぉぉぉ。あれどれだけ金がかかったと思ってる! そんなばらまいたら……赤字が、赤字が……)


 死ぬよりマシだろうに。こういう器の小ささが嫌なところだ。


 激しい爆発が周囲に響く。爆炎と黒い煙がもうもうと立ち込める。

 それでも安心しない。奴の死体を、イリス殿を狙ったあの不届き者のはっきりとした死を見るまでは。


「これで――」


 中の火薬も炸裂弾の数も最高峰のとっておき。それで一気にかたをつける。


「とどめ!」


 投擲した。

 それは外すことのない必殺の攻撃。だが次に起こったのは、


「外した!?」


(違う、斬られた! 爆発の前に、火元を斬られた)


 小太郎の声が響く。

 その証拠に、必殺の炮烙玉の爆音が響くことなく、1つの影が立ち込める煙の中で動き、こちらとは反対側に駆けていくのが見えた。


「……逃げられた」


 着地した途端に悟った。

 取り逃がした。殺せなかった。いや、まだ!


(おい、待て! 深追いはするな!)


 だからってイリス殿を傷つけた奴を野放しにできるか。あれは危険だ。だから今のうちに――


「風魔!」


 途端、体に衝撃が来た。軽い。そして小さい。


「あなた……千代女」


「その声、小太郎じゃなくてサラ。止まって」


 甲斐の山猿が腰に抱き着く形で私を止めていた。力は強くない。振り切ろうと思えば振り切れる。けど止めようとする力――思いが彼女の腕から熱として伝わって、私を冷静にさせた。

 けどそれが彼女によるものだと分かって、なんだか不満だ。


「ふん、あんな奴。別に後回しでもいいし。てか主の危機に自分の楽しみを優先させちゃうとか。さすが甲斐の山猿さんは忠誠心が高い」


「なにそれ。私をあの山県昌景ねっけつバカと一緒にしないで。川中島でお屋形様を放って一騎討ちするような」


「いや、完全にそれと同じことやっちゃってるじゃん」


「ぐぅ」


(よし、いいぞサラ。もっと言ってやれ)


 あなたはうるさい。


「おーい、てかこのままじゃイリスが死んじゃうんじゃないかなー。んー……いや、凄い。切り傷がパックリだ。あの男。とんでもねーな」


「あなた……」


 振り返って見れば、謎の大男がイリスを抱き起そうとする。それを見てカッとなった。


「不浄な手でイリス殿に触るな!」


「おいおい、俺はただ彼女に死んでほしくないだけだってのに」


「イリスを殺そうとして何を」


 千代女が詰め寄る。この男、千代女が戦っていた男か。


「それは見解の相違ってやつだ、お嬢ちゃん。俺はイリスを殺したい。けどそれは真剣勝負の果てに俺の手で殺すことで、この状況は不本意なんだ」


「どのみち敵。なら今のうちにお前を殺す」


 千代女が男に対し、クナイを構える。


「珍しく意見が一致したわね。山猿のくせに」


 こいつはイリス殿を殺そうとした。それは許さない。今のうちに危険な芽は摘んでおくに限る。


「おいおい! 物騒なことはよしてくれ! あー、分かったよ。退散するよ、退散。けど、いいのか? ここから宿まで結構あるぜ? 男手が必要じゃないのか?」


「ぅ……」


(あ、ちなみに自分に力仕事は無理だから)


「あんたは黙って!」


「え? あー、じゃあ俺は本格的に退散――」


「あ、いや、そうじゃなく……えっと」


 ちらりと千代女を見る。彼女も仕方ないと感じたのか、肩をすくめる。


 まったく。戻ってきて早々、変な事態に巻き込まれるとか。けどそれでイリス殿の危機に間に合った。それはとてもよいことだ。そう思った。

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