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第53話 イース国の太守

「面白い」


 僕の説明を聞いて一番最初に声を発したのは、あの実直そうな将軍だった。


「お、面白いだと……!? こんな作戦、この大将軍のわしでも思いつかん! いや、大将軍だからこそ思いつかん! こんなもの作戦ではない、博打だ! 博打で国を亡ぼす気か!?」


 お、初めてこの大将軍のオヤジに同意する。

 そう、この作戦は博打。というより、奇襲なんてどれだけ練っても博打にしかならないのだ。しかもこの兵力差ならなおさら。


「籠城が不可能。それであれば、賭けに出なければ国は救えないと愚考します」


「ぐっ……ならばお主が行くといい! わしは行かぬぞ! ……も、もちろんあれだ! 兵を集めた上で出陣しなければならないかなら! 本体を率いるのはこの大将軍であるわしだ!」


「…………分かりました」


 もうすがすがしいまでの大将軍の小物ぶりに対し、あくまで実直で冷静な将軍は静かに頭を下げる。

 普通逆……いや、この将軍が上にいたら、この小物は不要だからクビだな。カットだ。


「将軍、勝算はあるのか?」


 次いでインジュインが将軍に聞く。もっと実務的なことを。


「はい。4割がた」


「4割……高くはないが、籠城での戦いを考えれば十分に勝機はある、か……」


 インジュインはしばらく黙りこみ、


「グーシィン」


 父さんを呼んだ。


「これからは一切、私情を捨てて国のために言う。私もお前も国が滅びれば終わりだ」


「私は最初から私情を抜きして語っている」


「ふんっ。ならば話は早い。この作戦、軍部としては承認だ。あとはそちら。国の合意は我ら2名の承認があって初めて可決される。お主はどう思う、自分の娘が立てた作戦を」


 対する父さんは一瞬、目を閉じる。次にその目を開いた時には、すでに決意した大人の男の目をしていた。


「財政観点から見ても、承認するしかあるまい。籠城なんてしたら、仮に勝ったとしてもその後の再建がかなり厳しい。この作戦でもし勝てるなら、遺族に当てる慰謝料を考慮してもそちらの方が安い」


「人の死も金か。ひどい話だ」


「国の財政を預かるというのはそういうことだ。それにこの作戦。立てたのは娘だが、すべての責任は私にある」


「成功すれば娘の手柄、失敗すれば貴様のとがか。そういうところが面白くないのだ、お前は」


「お前に面白がられるために政治をしているわけではない」


「決まりだ、な」


 なんか色々やり取りがあったみたいだけど、僕が一番衝撃を受けたのは、父さんの責任は全部とる、という発言だった。

 思えば失敗すれば本来ならそれは作戦を立てた僕のせいなのだ。僕のせいで何百人、何千人という人が死に、そして国が滅ぶのだ。僕が原因で。

 そのことに今更気づき、そこにのしかかってくる重圧を、怖気を、わずかだがその言葉で救われた気がした。


 ふと肩を叩かれた。


 見ればタヒラ姉さんが僕に向けて優しい笑顔を向けてくれた。その奥のヨルス兄さんも同じだ。


 あぁ、これが家族か。

 一人っ子で親ともそこまで交流のなかった僕にはなかったもの。

 同時に、イリスという子がどれだけ愛されていたかの証明。


 不覚にも涙が出そうになった。


「……ふん、泣くのは勝った後にしろ。とにかく今は今だ。太守様に承認を得る」


 インジュインが空気を読まずに冷たく言い放つ。

 いや、いいんだ。ここは感傷に浸ってる暇はない。今は1分1秒が惜しい。


 けど太守か。

 この国の最高責任者なわけだけど、今まで見たこともないし、どこにいるんだろう。


 だがその答えはすぐに来た。


「それではよろしいですね、太守様」


 インジュインが声を張り上げる。そして視線を僕から逆側。奥にある大きな机――父さんの執務机だ――に向けた。そこには誰もいない。


「……?」


 誰もいない。なのに、なんだこの沈黙は。

 誰もがそれを認識しているようで、何らかの返答があるのが間違いないと考えている。


 え、もしかして透明人間? 馬鹿には見えないっていうのがここに!?


 だが、それはもちろん違ったわけで。


「ふぁぁぁぁ。なんだよー、起こすなよインジュイン」


 大きな机、そこに隠れるようにしてどうやら寝ていたらしい、男が大きく伸びをして起き上がった。


 男は眠そうな顔を隠しもせず、もう一度大きくあくびをすると、父さんの椅子にどかりとだらしなく座った。


「はっ、申し訳ありません。ですが決まったら起こせ、と」


「それは要約すると『オレ様が起きるまで決めるな』だよ。分かってないねぇ。忖度そんたくだよ、忖度」


「はっ、申し訳ありません」


 言葉を反復しつつ、頭を下げ謝罪するインジュイン。

 同時、他の全員も謝罪するように頭を下げたので、僕も慌ててそれにならう。


 ここにいる国の重臣が全員で頭を下げるって……もしかしてこの男が。


「で? どう決まったの?」


「はっ、城の外で迎撃をすることに決まりました、太守様」


 やはり、この男が。

 この国で一番偉いとされる太守。


 ……こいつが?


「ふーーーーーん。いいね」


「え?」


 男の目が光り、にやりと不敵に笑って見せた。


 まさか僕の策を一瞬で見抜いたってこと?

 こいつ、まさかデキるタイプなのか。


「それって籠城しないってことだろぅ? つまりワーワーうるさくないわけだ。つまり夜は安眠、そしてどんちゃん騒ぎしても怒られないってこと! うぇーい」


 あ、ダメだ。この男。

 頭の中がパリピだ。この世界にもパリピがいた。


「んじゃ、オレの安眠のために頑張ってー。あ、オレはこれから皆と飲み会だから―、じゃーねー」


 再びあくびしながら、だるそうに立ち上がると、太守はそのままふらふらとした足取りで部屋の外に出て行ってしまった。

 それを僕らは叩頭こうとうして見送るしかない。


 ぎりっ、と何かが握りつぶされる音が聞こえた。

 見れば将軍の握りこぶしが、怒張して真っ赤になっている。


 それは太守の言動に対する怒りによるものだ、とすぐに察しが付いた。

 当然だ。初対面の僕からしても、あんなのに好印象を持てるはずがない。

 国が滅びようって時に、なんら自発的に動こうとせず部下に丸投げ。さらに籠城するのが城に住む人たちが可哀そうとかいう理由じゃなく、ただ自分の楽しみのために、というのが気に食わない。

 将軍の怒りも分かるというものだ。


「将軍、抑えよ。あれでもこの国には必要な方だ」


「……はっ」


 将軍はインジュインに慰められるものの、それでも完全には納得いってなさそうだ。仕方ない。


「えー? 本当に必要、パパぁ? いつも言ってるじゃん。あんなのはいっそ――」


「ばっ、そんなことは言っておらん!」


「ふーん? ま、いいけど。じゃ、さっさと出陣の準備しなきゃね」


「待て、クラーレ。お前、何をする気だ……」


「言わなきゃわからない、パパ? もちろん、将軍と一緒に奇襲しに行くの」


「だ、ダメに決まっているだろう! お前は我がインジュイン家の跡取り! 勝率4割の作戦など――」


「えー、でもー。そっちも行くんでしょ、タヒラおばさん?」


「あんた、戦闘中に背中に気をつけなさいよ?」


「あはは、嘘嘘。でもね、行くのはやっぱり、楽しそうだから! 奇襲で逃げる敵兵を背中からぶすりって……あぁ、想像しただけで、濡れるわぁ……」


 そう言ってケタケタと笑うクラーレ。

 本当、怖すぎこの人。


 でも――


 ちらと視界の端で将軍が目礼をしたのが見えた。成功率4割。普通に考えたら全滅する作戦に志願してくれるのだから、感謝の気持ちがあるのも当然だろう。


「待て、タヒラ。まさかお前も行くつもりか?」


 さらっと流されそうな内容を、父さんがすくって姉さんに質問をぶつける。


「え? それが?」


「そ、それがって……」


「今はあーだこーだ言ってる場合じゃないでしょ。それに、将軍には日ごろお世話になってるし」


 父さんもタヒラ姉さんの軽い返事に言葉を失っている。

 嫡子ではないとはいえ、姉さんも国の重臣の娘だ。それを死地に送り込むなんてナンセンスだろう。


「タヒラ、すまんな」


 ヨルス兄さんがタヒラ姉さんに頭を下げる。


「いいって。ヨルにぃは事務方なんだから。てか、そのひょろひょろでついてこられても足手まといっていうか?」


「お前な……言い方ってものがあるだろ」


 タヒラ姉さんがからから笑い、ヨルス兄さんが苦笑する。


 そんな2つの家族を見ていて、胸がうずく。

 彼女たちは、家庭を持ちながらも死地に赴く。否定するだろうが、彼女らの胸の中にあるのは家族への想いに違いない。


 正直に言おう。

 僕と彼らは他人だ。同じ国の人間でもないし、義理も人情も薄い。

 そんな人間を、これまで何人、何十人と切り捨ててきた身としては、まったくもって他人事。


 けど――


「僕も――行きます」


 そう、言っていた。

 言っていて、途端に全員の視線がこちらに向く


「何を言うか! 戦場は子供の遊び場ではないのだぞ!」


 大将軍が顔を真っ赤にして怒鳴る。

 じゃああんたが来いよ、と言ってやりたいが無視。


「何を言っている、イリス! お前が行く必要はあるまい!?」


 父さんが唾を飛ばして反論するが、僕の中では決まっていた。


「けど父さん。作戦を決めたのは僕です。実際に現場で細かく修正していかないと」


 それはずっと思っていたこと。


 作戦は立てたものの、それを実行するのは僕じゃない。

 つまり、作戦の進行ルートだけ決めてあとはCPUにオートに任せるというタイプ。


 正直、そんなゲームも腐るほどやって来た。やって来た――が、どうしても慣れない。もちろんCPUは指定したルートをしっかり通って進軍してくれる。当然だ。そう指定したんだから。


 だが戦場では何が起こるか分からないのだ。

 というか、大体何かが起こる。行軍に手間取ったり、罠があったり、計略に引っかかったり、敵が迂回したり。

 それで行軍が合わずに一部隊だけが突出して袋叩きにされたり、不利な位置で敵の反撃を受けたり、あるいは足止めされた隙に味方の本拠地を狙われたり、退路を断たれて全滅したりする。


 それがあまりにストレスな僕はどちらかといえば苦手で、基本、現場で指示しないと気が済まないのだ。


 だからこうして同行を願い出たわけで。

 ま、戦場に出てもスキル『軍神』があれば、危険はないだろうし。


 特に今回は兵力でも負けていて、一か八かの奇襲に頼るところが大きい。

 だからせめて軍略を描ける人間が現場にいないと、せっかくの機を逃すことが考えられる。


 それに何より――


「僕にも、国を、家族を守らせてください」


 この世界に来て10日くらいしか経っていない。

 けど、その間に交わった人たちは、人生30年生きて交わった人たちよりも、遥かに濃い交わりをしたと感じた。


 要は、この世界が、この人たちが(もちろん一部例外はいるが)好きなんだと思う。

 だから今、外敵からの侵攻を受けて守りたいと思ってしまうのも僕で。覆ることのない決意なわけで。


「誰に何を言われようと、僕はついていきます」


 その断言に父さんは困ったように頭を抱え、ヨルス兄さんは小さくためいき、タヒラ姉さんはぐっと親指を立てて、インジュイン派どうでもいいように鼻を鳴らし、大将軍は顔を真っ赤にしてわななき、クラーレはにやにやとして舌なめずりをし、将軍は深々と頭を下げた。


 それで決まりだった。


「ええい! 国を守るその心意気やあっぱれ! ならば将軍と共に未だ精鋭500で敵を足止めするがいい! わしは大将軍として、各地の兵を募って後から参るぞ!」


 大将軍様のありがたい言葉を聞き流して、僕は父さん、そしてインジュインに向き直る。


「最後に1つだけ」


「なんだ?」


「勝った後のことを決めてほしいんです」


「勝った後、だと?」


「ええ。この戦い、4割は勝てる。けど、その後の勝ち方が問題なんです。勝った後、ザウス国に侵攻するべきか否か」


「ザウスに侵攻!?」


「はい。さっき言った通り、この作戦は東のトントと、西のウェルズとの連携が重要です。そして流れ次第では、おそらくザウス国への侵攻が必須になってきます。しかしこれは今後のイース国の方針を変える大事。現場の判断で行ってはいけないと思いまして」


「む、むむむ……そんなもの決まっている! 背徳のザウス国など攻め滅ぼしても構わん!」


「インジュイン、お前……」


「その言葉。この場にいる皆が証人ということで良いですか?」


「かまわん、なら行け!」


 うん、その言葉を待っていた。

 まぁそう簡単に滅ぼせるとは思っちゃいないけど。僕にも時間がないわけで。少しでも領土拡張を狙えるチャンスがあるなら活かしていきたい。


「イリス、大丈夫かい?」


 ヨルス兄さんが不安そうな様子で聞いてくる。

 心配しすぎ、とはいえ、まぁまだ15かそこらの小娘が戦場に出たいというのだから心配なのだろう。それが家族ならなおさら。


「ん、大丈夫だよ。これでも前は生き残ってるんだから」


 スキルのことは言えないよな。


「そう、か……私はそういう荒事には向いていないからな。手伝えないのは心苦しいが……」


「そんなことないって。ヨルス兄さんの民政の腕は皆が認めてることでしょ。父さんの下でしっかりやってるってことは。ならそっちでサポートしてよ」


 人には得手不得手があって当たり前。

 いくら知力や政治のパラメータが高くても、武力1の武将を戦場に出すかといったら絶対にノーだ。

 適材適所。おススメ配置。それが戦略シミュレーションの鉄則です。


「ん、そうだな……」


「大丈夫だって、ヨルにい! あたしがついてんだから、イリリに何かあるわけないじゃん!」


「お前が一番不安なんだが……」


「あっははー! ヨルにいは冗談がうまいなぁ!」


 なんてことない掛け合いなんだけど、こうも仲が良い感じだとなんだか心が和む。


「イリス」


 と、2人の間を縫って父さんが近づいてきた。


「父さん」


「まさかこれがお前の初陣になるとはな」


 初陣。そうか。これから戦いに行くんだ。

 お父さんに言われて、改めてそれを強く認識した。


 するとお父さんは自分の首に手を回すと何やらもぞもぞと動かす。


「これをやろう」


 そう言って取り出したのは、銀色のネックレスだ。何やら葉っぱみたいなものがついているだけのシンプルなデザイン。今まで自分がつけていたものを、取り外して僕に渡してきたのだ。


「アイシャからもらったものだ」


「母さんから?」


 ヨルス兄さんが驚いたように聞く。

 アイシャというのがお父さんの妻、つまりイリスたちのお母さんってことか。


「あー、いいなー、あたしも欲しいー!」


「お前には指輪をやっただろう、タヒラ」


「あ、そっか。これだー、えへへー」


「……とにかく、それは縁起物でな。魔除けにもなるものだから、きっとお前を守ってくれる」


 お守りってことか。

 お父さん自身も国の重鎮だから、国都を離れるわけにはいかない。

 旅立つ娘にせめてもの餞別ということか。


「ありがとう、もらいます」


「うん。しかし、まさかあのイリスにこんな日が来るとはな。いつの間に軍略を学び、軍議では私たちの反対を押しのける強さを見せた。子供の成長は早いものだ。だから……気を付けて行ってこい」


「うん」


 父さんは切野蓮ぼくじゃなく、イリス・グーシィンに言っているんだろうけど、それでもなんだか本気で心配してくれるのが、とてつもなく嬉しい。


 帰ってこよう。

 勝って、この素晴らしい家族にまた会えるよう。

 絶対に、勝って帰ってこよう


 そう、心に決めた。

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